第一節『出会い』④ ・セルスへ・
誰かが、体を揺すっている。
以前にも感じたことのある揺れだ。
いや、違う。
これは馬車の揺れだ。
「うっ……」
俺の意識はうめき声と共に現実へ引き戻される。
目を開けるとそこには広大な空が広がっていた。
「頭がぼーっとするな……」
そのまましばらく呆然と空を眺める。
体が炭酸のようになって空へ吸い込まれていくようだった。
「良かった!目を覚ましたんだな!」
声を掛けてくれたのはダルタさんだった。
馬車を進ませながら顔をこちらに向けている。
意識は戻ったが、脳が働かず言葉が出てこない。
「まだ本調子じゃないよな、そりゃあ。おれが持ってた【中級回復薬】で傷は塞がったが、なんせ血を流しすぎだ」
どうやら、キュルネルラにやられた傷を手当してくれたらしい。
……この間から誰かに助けて貰ってばっかりだな。
「無理するなよ?もうすぐセルスだ。まだ寝てな」
本音を言うと、まだ体を起こせないでいた。
ダルタさんの言葉に甘えてしばらく休もう。
俺は再び目を閉じる。
さっきまで意識を失っていたのにも関わらず、眠気はすぐにやってきた。
どうやら先程まで夢を見ていたらしい。
さっき見た夢の景色は、まだ鮮明に思い返すことができる。
夢の中、水の中でまた彼女に会ったんだ。
そういえば、最後に彼女はなんて言ってたんだっけ。
ああ、そうだ。
俺の事を許さないと言った彼女は、最後にこっちを見て言ったんだ。
――すぐに会えるわ――
おかしいな。
あんなに憎しみしかぶつけてこなかった彼女は最後、微かに笑ったように見えた。
きっと気の所為なんだろう。
だけど、そうだったら、どんなに素敵だろうか。
○
「おおー、すげー!」
「おいおい、そんなに乗り出すと落っこっちまうぜ」
目の前に見えるのは高くそびえ立つ壁。
立派に【セルス】を覆う防衛壁に感心していた。
あの後数時間眠って目を覚ますと、体は何事もなかったかのように回復した。
ほんと、【魔力】って凄いよな。
俺たちの目的地【セルス】は今いる平原の中央に位置しているらしい。
この平原には魔物が多く生息している様で、この街は高さ15メートル程の防衛壁によってぐるっと囲われている。
キュルネルラの様な魔物がうじゃうじゃ居るのなら納得だ。
ちなみに、俺が今いる荷台にはあの10メートル級のキュルネルラが同席している。
死んだ際に脚を折りたたんで随分コンパクトになっているものの、その存在感は凄い。
体を起こしてこれが目の前にいた時は、軽いパニックを起こしてしまった。
キュルネルラの爪は高値で扱われているらしく、このサイズだと良い値がつくらしい。
他にも使える素材が多く取れるようなので、これを売って資金にするといいとダルタさんが教えてくれた。
この魔物の処遇については後で決めようと思う。
お昼になった頃、俺たちはセルスの防衛壁の前にある列に並んでいた。
街に入るためには軽い検問を受ける必要があるようだ。
高いアーチ状の入口に、どんどん人が流れていく。
しばらくして、俺たちの番が回ってきた。
ダルタさんは荷馬車を止める。
「荷物の確認をする。布を取ってくれ」
検問員はそう指示をした。
荷台には大きな布を掛けてある。
もちろん奴が居るからだ。
ダルタさんと2人で布を剥がした。
「こっ、これは?!キュ、キュルネルラなのか?!」
検問員は訝しげにそれを見つめると、目を閉じて深呼吸をする。
「いや、何年も検問をしているが、このサイズで、しかもこんなに状態がいいのは初めて見たよ」
検問員は被っていた帽子のつばを掴んでキュキュっと被り直すと、高値で売れるといいなと声を掛けて通してくれた。
なんだよ、めちゃくちゃいい人じゃないか。
あの人の態度が良いだけでこの街が好きになれそうだ。
入口をくぐると、そこに広がるのは見たこともない景色。
俺が住んでいた街とは様相がかなり違っていた。
建物は朱色のレンガを基調としていて、武器や防具に関連する建物が多く見られる。
また、街の中には緑が多く残されており、まるで森と街が共存しているかのようだった。
街には呼び込みの声や鉄を叩く音などが飛び交い、どこもかしこも活気に溢れている。
建物が太陽の光を目一杯に受けて、輝いていた。
「ここが【始まりの街】、【セルス】か!!」
ダルタさんは何度も訪れているからか驚いた様子もなく、興奮する俺を見て笑っていた。
商人用の広場に馬車を停めると、荷台から降りてセルスの地を踏みしめる。
ダルタさんは二頭のネルホースに、よく頑張ったなと声を掛けていた。
「ダルタさん、長い間お世話になりました」
改めて礼を述べ、頭を深く下げた。
感謝してもしきれない。
本当に、いい人に巡り会えた。
「おいおい、よしてくれよ。さぁもう行きな。良い冒険者になれよ」
ダルタさんは照れくさそうに頭を掻くと、別れを告げた。
どうやら感謝されるのは苦手なようだ。
「最後に一つお願いがあるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
「ああ、いいぞ。なにか必要な物でもあるのか?」
そう言ってダルタさんは荷台を漁り始めた。
これは使えそうにねえなーと言って物を退けていく。
「このキュルネルラ、引き取ってください」
突然の提案にダルタさんは目を丸くする。
そして、引きつった笑顔を浮かべた。
「おいおい、何言ってるんだ?!こいつの価値は散々説明したろ?!こんなサイズは滅多にお目にかかれねえ。コイツを倒したのは紛れもなくシェイムだ。所有権はお前にある」
ダルタさんは必死に俺を説得しようと試みる。
ごめん、ダルタさん。
もう決めたんだ。
「俺、コイツの処理の仕方も知らないし!」
それだけ伝えると、その場から駆け出した。
ダルタさんは本当にいい人だ。
人類の敵である俺にも、こんなに優しくしてくれる。
きっとこれくらい強引じゃないと引き取ってくれない。
後ろから、ダルタさんの声がする。
「おめーならきっと、いい冒険者になれる!」
小さくなったダルタさんを見ると、彼はグッドマークを突き出していた。
ありがとう、ダルタさん。
旅の初めに会ったのがあなたで良かった。
何となく、俺は頑張れる気がするよ。
大きく手を振り、振り返るのを止めて歩み出す。
目から溢れ出た感情を、見られたくなかった。
○
「どうだい兄ちゃん、いい装備があるんだ」
「冒険者を始めるなら俺の店さ。なんでも揃うぜ」
「ちょっと見ていかないかい?」
「まだ装備揃えてないのか?ラッキーだな。俺の店に寄っていきな」
ダルタさんと別れた後、街の大通りを歩いていた。
流石は冒険者で盛り上がる街【セルス】。
この通りにあるのは殆どが装備に関するお店だ。
そして、その呼び込みが元気すぎる。
少し進めばすぐ別の店に捕まってしまう。
道行く人々は鎧を身につけ武器を携えている。
国境を超えるだけで世界はこんなにも表情を変えるものなのか。
「ま、また今度にしますぅ!!」
街の人々の熱量に圧倒され、大通りから外れる。
すると、先程と打って変わって静かな通りに出た。
道をひとつ出ただけで、冒険者たちの賑わいが遠くに感じられた。
どうやらここには飲食店が並んでいるようだ。
オシャレなカフェのテラスでは、落ち着いた雰囲気の熟年夫婦がお茶を楽しんでいる。
少し進んだ先の噴水広場で、噴水の縁に腰を下ろして一息つく。
ふと顔を上げると、「ようこそ、セルスへ!」という文字が目に入った。
その文字は街の全体図と共に看板に描かれている。
新たに街を訪れる人が多いからか、親切にも解説してくれているようだ。
案内板によると、この街には8つの大通りが存在するらしい。
そして、その道は全てひとつの場所に繋がっている。
街の中心に位置し、この街の象徴。
一際高いその建物は、街のどこからでも姿を見ることができる。
看板から視線を添わせてその建物を見上げた。
「あれが、冒険者ギルド」
壁は石造りで、朱色の屋根は長く尖っている。
正面には大きなバラ窓が構えていて、建物全体に豪華な装飾が施されている。
まるでひとつの城を思わせるような風貌だ。
この街にいる人のほとんどがあの建物に足を向ける。
ある者は依頼を受けに、ある者は依頼結果の報告に。
そして、ある者は冒険者としての人生を踏み出すために向かう。
「冒険者、なぁ」
俺の夢は【政魔】の兵士になる事だ。
しかし、それは以前の状態だからこそ目指せた事。
今の俺には到底叶えられそうにない。
そんな場所に行けば確実に【天才】だと気づかれ、殺される。
それならば、冒険者として生計を立てる方が良いのではないか。
むしろ、これからの生活を考えるとその方がいい気もする。
ただ、小さい頃からの夢をそう簡単に諦めることも出来ない。
「せめて何かきっかけでもあれば考えるんだけどな」
難しく考えるのをやめ、重い腰を上げた。
「とりあえず、もう少し街を見て回るか」
ゆっくりと歩き始めた瞬間、後ろで何か爆発音のようなものが響いた。
振り返るよりも早く、何かが背中に勢いよくぶつかった。
突然の事で抵抗ができず、その場に倒れ込む。
なんだ、何が起きたんだ?!
慌てて起き上がろうとするが、背中に何かが乗っている。
「痛ったたた……」
上に乗っているのは、どうやら人間のようだった。
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