第二節『旅立ち』④ ・真実・
世界は、こんなにも静かな場所だったのか。
世界は、こんなにも色のない場所だったのか。
目に映る景色は色を無くし、音は遠ざかっていく。
頭の真ん中あたりがじんと痺れて、身体は平衡感覚を失う。
心臓はドクンドクンと強く激しく脈打っていた。
理解するのを頭が拒んでいるせいか、先程の言葉が頭の中で何度も反響する。
俺が、【天才】……?
世界も、そして俺自身も憎んでいる、あの【天才】……?
額から汗が滲み出る。
「いや、いやいや……何言ってんだよ。俺は【天才】なんかじゃねえよ……」
正体の分からない焦燥感が胸を締め付け、呼吸を荒くする。
「そんなわけないだろ……そんなわけない!だって……ほら、そうだ。俺は【魔力】を使えない!!」
気がつけば、机を叩いてその場に立ち上がっていた。
その勢いで椅子はガタガタと音を立てて後方に倒れる。
ゼノアさんは、黙って俺を見ていた。
「そんな突拍子もないことを言われて、信じられる訳ないだろ……!」
普段なら悪い冗談だと流すこともできるのだろう。
しかし、彼の表情が余りにも真剣なため、俺も冗談では済ませられない。
「お前は【持たざる者】じゃなく、【魔力】を使える。いや、正式には持っているが使えなかっただけだ」
「は……?ど、どういうことだよ!」
また一つ衝撃の事実が判明する。
彼は、俺が【持たざる者】ではないと言うのだ。
俺は【持たざる者】で、人よりも弱かった。
だからこそ必死で努力をしたし、その結果が今の自分だ。
そういう意味では【持たざる者】であることに誇りすら感じている。
それを軽々しく否定されるのは癇に障る。
「お前が付けているその腕輪、それにはお前の【魔力】を抑え込む特殊な封印が掛かっている。そして、それを掛けたのは紛れもない、お前の父親だ」
なんで、なんでここで父さんが出てくるんだよ。
「だったらなんだ、父さんは俺が【天才】だって事に気づいてたっていうのかよ。なんでそんなことしたんだよ、なんで教えてくれなかったんだよ!!」
今までの苦しかった日々が脳裏に過ぎった。
「父さんが俺を【持たざる者】にしなければ、余計な苦しみを味わうことは無かったんだぞ……!【持たざる者】として、俺がどんな扱いを受けてたと思う、これまでどれ程の劣等感を植え付けられてきたと思う!!俺だけじゃない、母さんだってこれまで散々な目にあってきたんだ……!!」
俺と母さんは昔、今よりも都心に近い郊外に住んでいた。
しかし、俺たちに対する差別が酷くなり、都心から遠く離れたここに引っ越してきた。
いじめられてボロボロになって帰ってきた俺を、母さんはいつも優しく抱きしめてくれた。
でも、俺は知っていたんだ。
無数の怪我と泥に塗れて帰って来た時の、一瞬見せる母さんの苦しそうな表情を。
夜、声を押し殺して一人泣いていたのを。
俺が、母さんを護ると誓った。
そして、誰かを護れる強さを持つ兵士に憧れ、今日まで必死の思いで鍛錬を積んできた。
「俺が努力して手に入れたと思ってたこの力も、【魔力】が関係してるって言うのかよ」
この力こそが俺の努力の結晶であり、生きた証だ。
これを否定されたら、俺は――
「……シェイム、お前が成長するにつれて身体能力が上がったのは、その腕輪の封印が弱まっていったからだ」
その場に膝を着いて崩れた。
「ならもう、なにも信じられないじゃないか」
俺は今まで自分が何者かさえ知らなかった。
なのに、なのに自分で手に入れたと思っていた力さえも、偽物なのか。
俺が今まで生きてきた世界は偽物だった。
そんなの、俺まで偽物みたいじゃないか。
俺の本当は、どこにある。
「全部……全部偽物だったんだ」
自分が世界の敵だと知らされて、偽物の俺はどう生きていけばいい。
俺がこの先、生きていく意味はあるのか。
「その腕輪にはな、紛れもなくお前の父の『愛』が込められているんだ」
ゼノアさんは絶望する俺の傍に寄り、両手を肩に乗せる。
「【天才の魔力】は特殊でな。【魔力】を持っている者ならば【天才の魔力】は本能的に感じ分けられるんだ。お前もこの時代の人間なら、【天才】がどんな扱いを受けているか知っているだろう」
はっと、気付かされる。
【天才】は人類の敵、【天才】は殺せ。
そうだ、簡単な事じゃないか。
【天才】だと周知されれば、間違いなく殺される。
ならば気づかれてはいけない。
だから父さんは、俺に腕輪の封印を。
「お前の父も苦渋の決断だったのだと思う。【天才】として命を狙われ続けるか、【持たざる者】として差別され続けるか」
なんて不幸な選択肢なのだろうか。
自分が逆の立場であれば、残酷すぎてどちらも選べない気がする。
「父さん……」
左腕の腕輪に右手をそっと重ねた。
そうか、ずっと傍で守ってくれてたんだな。
冷静になったからか、気がつけば涙が溢れていた。
【天才】だと知って、それでも父さんは俺を見捨てなかった。
俺が生きる未来を望んでくれた。
父さんは俺を、愛してくれていたのだ。
ゼノアさんは俺の頭にドシンと手のひらを乗せた。
今度はそこに痛みなど無かった。
「さあ、少しこれからの話をしよう」
ゼノアさんは俺の気を紛らわすように明るいトーンで話題を変えた。
その気遣いに涙を拭って答える。
倒れていた椅子を立て、再びゼノアさんと向き合った。
「これから俺は、どうすればいいんですかね」
真実を知って、これからどう生きればいいのか分からなくなってしまった。
腕輪の封印が解けているのなら、これまでの生活には戻れない。
「そうだな、取り敢えずこの街を、いや、この国を出ろ」
ゼノアさんの提案は、俺の想像のスケールを遥かに上回っていた。
「国を、ですか」
冗談かもしれないと確認するが、ゼノアさんの顔は真剣そのものだった。
「そうだ。お前を襲った【闇の一族】は、現在も【天才】排除に向けて大きく活動している組織だ。しかも【十八将】が出向いてきたということは、奴らはシェイムが【天才】だと確信を持っているということだ」
「【十八将】って、そんなに特別なんですか」
「【最終戦争】で生き残っただけでなく、多大な武功を挙げた者たちが多いと聞く。かなり強いだろうな」
どこから仕入れたのか、ティリアは腕輪の事についても知っていそうだった。
間違いなく奴らは俺が【天才】だと確信している。
「【闇の一族】はまた刺客を送るだろう。この国に留まれば、また直ぐに襲われることになる。そればかりか、腕輪の封印が解けた今、他に【天才】だと勘づく者も出てくる。そうなれば、お前やその周りの人を狙うのは【闇の一族】だけじゃない。このままでは多くの人間に被害が及ぶ」
【天才】だとバレるのは最早時間の問題。
【闇の一族】だっていつ襲ってくるか分からない。
嫌だ、俺が【天才】だからと言って皆が傷つけられるなんて許せない。
「誰も傷つけたくない」
「そうだ、だからお前は旅をするんだ」
「……旅?」
話が更に大きくなる。
いや、確かにこの国を出ても同じ場所に留まれば、そこにいる人に気づかれる危険性が高い。
常に命の危険が伴う。
「つまり、お前の父が選ばせなかった道を歩む事になる。幼いお前にはそんなことは不可能だった。だが、お前は成長し強くなった。そして、これからも強くなり続ける。大丈夫、お前ならやれる」
ゼノアさんは強い言葉で背中を押してくれる。
きっと父さんも、腕輪の封印が解ける日が来ると分かっていたんだ。
そして、父さんは託した。
真実を話すことをゼノアさんに。
強く生きることを俺に。
だからこの封印はあくまで旅の始まりを遅らせるものだ。
俺が一人で生き抜く力を手に入れるまで。
「ありがとう、ゼノアさん。ちゃんと父さんが託したもの、受け取ったよ」
そう言うと、ゼノアさんは心底嬉しそうな顔をした。
そしてすぐに照れ隠しの咳払いをすると、元の強面に戻る。
「俺の役目は終わったようだな。じゃあ、しっかりやれよ」
そう言うと、ゼノアさんはドスドスと家を出て行った。
俺はすぐに自分の部屋へと向かった。
○
部屋に着くと、直ぐに旅の支度を始めた。
いくらなんでも決心が早すぎるって?
いやいや、気持ちの整理なんて着いているわけが無い。
むしろ、普段汚いと怒られる俺の部屋よりも散らかっていると思う。
幸い、掃除をしたばかりで今は片付いているんだけど。
何日か考える時間も欲しかったが、腕輪の封印はもうほとんど解けているらしい。
そんな状態で学園に登校するほど、俺も馬鹿じゃない。
それに、もし一度でも友達に会えば、旅に出る気なんて簡単に失せてしまいそうだ。
だから、明日の朝には旅立つことにした。
決して今日貰った大量の課題から逃げる訳では無い。
そう、断じて。
コンコン、と扉を叩く音がした。
そして、ゆっくりと半分ほどドアが開かれる。
そこには俺を心配そうな顔で見つめる母さんの姿があった。
「シェイム……あのね、母さん――」
「俺、大丈夫だから」
母さんの言葉を遮った。
そして、とびきりの笑顔を向ける。
「大丈夫だよ、母さん」
きっと母さんも真実を知ってたはずだ。
だけどそれがなんだ。
今だからこそ、それが優しさなのだと分かる。
親から口にするには重すぎる事実。
だから父さんは信頼しているゼノアさんに頼んでいたんだろう。
「いやあ、旅行みたいなもんだろ。世界の色んな景色を見て、美味しいもん食べて。俺さ、結構楽しみだよ」
そう言うと、母さんはぎこちない精一杯の笑顔を浮かべた。
そうだ、これでいいんだ。
誰も傷つけるわけにはいかない。
これで第一章は完結です。
次から第二章『初陣』に入ります!
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