第二節『旅立ち』③ ・親友の決断・
懐かしい香りがする。
昔から知っていたようなこの匂いは、どこか心を落ち着かせる。
徐々に意識が戻り始め、程なくして俺の脳は完全にこちらの世界へ帰ってきた。
瞼を被ったままの目は、微かに周囲の光を感じ取る。
そのままゆっくりと目を開いた。
「……知ってる天井だ」
どこかで似たようなセリフを聞いたことがある気がするが、きっと気の所為だろう。
知ってるも何も、ここは我が家、更に言えば自分の部屋だった。
つまり俺は今、自分のベッドに横になっている事になる。
どれくらい寝ていたのだろう、どうやってここまで来たのか思い出せない。
頭の中の一番新しい記憶を探る。
しかし、どこかのタイミングで意識を失ったようで記憶が曖昧だ。
しばらくぼうっと天井を眺める。
おでこに違和感を感じるが、その正体を確認する気力すら起こらない。
……とりあえずベッドから体を起こそう。
「いだっ!」
力を入れた瞬間、全身に痛みが走った。
唐突な痛みにしばらく硬直してしまう。
痛みのおかげで頭がはっきりしてきた。
そうだ、俺はティリアという男と戦ったんだ。
あの時の戦いを思い返す。
いや、戦闘と言うにはあまりにも一方的過ぎるか。
本当に死んでいてもおかしくなかった。
「大怪我にしては随分と身体が楽だな」
そんな呑気なことを考えながら、痛みを少しだけ我慢して上体を起こす。
それと同時に、濡れた布が布団に落ちてきた。
「おでこの違和感の正体はこれか」
どうやら丁寧に看病されていたようだ。
「目が覚めた様だな、ボウズ」
「え?」
そう言って部屋にぬっと入ってきたのは見知らぬ大男だった。
前屈みになって部屋を覗き込むようにしていても扉の枠からはみ出していた。
あれは最低でも2メートル半はあるな。
……いやいや、冷静に分析してる場合じゃない!!
「な、なんですかあなた!なんで俺の家にいるんですか!誰ですか!不審者だぁ!!」
ワーワーと騒ぎ立てられているのを気にも止めず、大男はどしどしと歩いてきて俺の肩に大きい手をドスンと載せた。
その衝撃でまた全身に痛みが走る。
「あんまり元気なようだと、傷に響くぞ」
大男はその強面からは想像できないくらい優しい態度で俺をなだめた。
いやあんたの……手の方がよっぽど痛いわ……
バレないように静かに体をプルプルと震わせて痛みを堪える。
大男は近くにあった椅子に腰を掛けた。
いつも俺が使っている椅子だが、男が大きすぎて子供用に見えてしまう。
「よかった。目が覚めたのね、シェイム」
大男を訝しげに睨んでいると、今度は部屋の前で一人の女性が胸を撫で下ろしていた。
安堵の表情を浮かべているこの人は、俺の母親だ。
短く切られた青い髪と両耳に下げている深い青色の丸いピアスが特徴的だと、昔マーラが言っていた気がする。
「ごめん母さん、心配かけて。この人は?」
俺は横に居る大男について尋ねる。
「この人はゼノアさん。道端で大怪我をして倒れてたあなたをここまで連れてきて下さったのよ」
何と、あの時助けてくれたのはゼノアさんだったのか。
じゃあこのゼノアさんも俺の命の恩人だ。
もちろん、もう一人の恩人は夢の中の少女だ。
あの時、俺に生きる活力を与えてくれた。
「お前が襲われているのが見えてな。少し首を突っ込ませて貰った」
「おかげで助かりました。ありがとうございます」
たまたま通りかかったのがゼノアさんで良かった。
最後の攻撃、ティリアでさえも動けていなかった。
あれ程の【魔力】を使うのだ、きっとゼノアさんはかなり強い。
……運が良かった。
今日の学園での模擬戦を思い出す。
あの時勝てたのも運だった。
また、俺は運に助けられたのか。
「酷い襲われようだったが、何があったんだ?」
「それが、心辺りが全く無いんですよ。この腕輪を見た途端に襲いかかってきて……」
困ったようにそう言うと、ゼノアさんは腕輪に視線を落とす。
彼は一度深く呼吸をしてゆっくりと立ち上がった。
その動作はまるで、何かの覚悟を決めたようにも見て取れた。
「なるほど。心当たりは、無いんだな」
ゼノアさんは俺の目を真っ直ぐ見て言う。
途端に妙なプレッシャーを感じる。
「……はい、そうです」
俺も真っ直ぐに目を見て返した。
「そうか。ならボウズ」
ゼノアさんの雰囲気はどこか重々しく、ただならぬ緊張感を生み出す。
「お前の父が残した意志は、責任を持って俺が受け継ごう」
○
材質が木である事を存分に主張したテーブルを、俺とゼノアさんの二人で囲んでいた。
先程ゼノアさんは、父さんが残した意志を継ぐ、なんて突拍子もない事を言い出した。
全く話が見えて来ないのだが、ゼノアさんが俺と二人で話をしたいと言ったのでとりあえず話を聞くことにした。
母さんは今別室に居る。
俺と二人でしか話せないことってなんだ……?
ちなみに、ゼノアさんは怪我の酷かった俺に【最高級回復薬】を飲ませてくれたらしい。
そのため傷が全回復回復し、2時間ほど眠ってから目を覚ましたのだそうだ。
【最高級回復薬】は【回復薬】の中でも驚く程に希少価値が高く、一般人が持っているような代物では無い。
ましてやそれを通りすがりの他人に使ってやる人など世界のどこを探しても居ないだろう。
強力な【魔力】を持っている事といい、【最高級回復薬】を気軽に他人に使うことといい、彼は一体何者なのだろうか。
「ボウズ……いや、名前はシェイムだったな」
あれ、俺まだ名乗ってないよな?
「俺の名前を知ってるんですか?」
「お前の父から聞いていた」
「父さん、から……?」
ゼノアさんは間髪入れずに回答する。
どういうことだ?
父さんは俺が生まれて間もない頃に死んだと聞いている。
つまりゼノアさんは、俺が産まれてから父さんが死ぬまでの間に会っていたということになる。
「父とはどういう関係だったんですか」
「お前の父とは古くからの友人だった。お互い心から信頼しあっている数少ない一人でもあった」
「父の意志とはなんなんですか」
頭の中が整理できない。
答えの出ていない問いがあるのに、次々と疑問は浮かんでくる。
「まあ落ち着け。今は知りたいことが山ほどあると思うが、とりあえず俺の話を聞け」
ゼノアさんになだめられ浮いていた腰を下ろす。
「……シェイム、お前は【天才】について、どう思ってる」
唐突にゼノアさんはそんな質問をしてくる。
その顔は何故か強ばっているように見えた。
しかし、そんな問いに対する答えなど聞かれずとも決まっている。
「そんなの、憎いとか、最低な奴らだとしか思ってませんよ。彼らは人類の害、そんなの常識ですから」
【天才】の話をする為には、数千年の時を遡らなければならない。
遥か昔、まだ世界に【魔力】が存在していなかった時代に人類は転機を迎える。
【魔力】を宿した人類が誕生したのだ。
それも、世界で四人同時に。
彼らが成長し、【魔力】を意のままに操るようになると、人々は崇拝と恐怖の念を持って彼ら四人を【天才】と呼ぶようになった。
それから【天才】が死ぬと、何年かの後に再び四人の【天才】が誕生した。
彼ら【天才】は、そうして時代と共に移ろっていた。
【天から才を授かりし者】、【天才】。
彼らは時に人間を支配し、時に平和をもたらし、時に争いの火種となった。
そして、人類は再び転機を迎える。
突然人類の半数以上に、【魔力】が発現した。
それによって世界は混沌と争いに満ちた。
力を手にし好き勝手暴れる者、【天才】に一矢報いようとする者、【天才】を擁護する者。
この混沌は当時の【天才】によって収束に至った。
しかし、歴史と共に積み上げられた「天才至上主義」という世界の理は、一瞬にして崩れ去った。
それから200年以上の時が経ち、今から19年前。
【天才】が撒いた火種によって、再び全世界を巻き込む戦争が勃発した。
これが世に言う、【最終戦争】だ。
世界が少数の【天才派】と大多数の【反天才軍】に二分化し、争った。
この5年間に渡る戦争で、人類は初めて【天才】を四人とも討ち取ることに成功したという。
そして世界は大戦を引き起こした【天才】を憎んだ。
【天才】はまだ自分達が特別な存在だと勘違いしている。
【天才】は人類に災いをもたらすだけの不要な存在だ。
【天才】が新たに誕生した時はすぐに殺してしまえ、と。
残念ながらこれは世界の総意だ。
俺の友人にも家族が【最終戦争】の被害を受けているやつが沢山いる。
到底【天才】を擁護する気にはなれない。
「……そうか。なあ、少し腕輪を見せてくれないか?」
ゼノアさんは優しい口調でそう言う。
俺は言う通りに左腕を机の上に乗せ、腕輪を見せる。
ゼノアさんは突然腕輪に右手をかざした。
彼から少しの【魔力】を感じる。
しばらくして、徐々に腕輪が光を放ち始めた。
「うっ」
余りの眩しさに思わず右手で光を遮る。
次の瞬間、暖かい何かが流れているような違和感が駆け巡った。
その違和感は頭の先からつま先まで、全身を隈なく循環する。
ゼノアさんが手をかざすのを止めると、腕輪は光を失った。
同時に、全身の違和感も瞬く間に消えた。
「やはり、腕輪の封印がほとんど解けてしまっている。まあ、これ以上抑え込むのは無理なんだろう」
「ふ、封印って、なんですか」
この腕輪は父さんの形見だ。
母さんからもそんな効果があるなんて聞いたことが無い。
「シェイム、今から俺が言うことは紛れもない事実だ……だから、しっかりと受け止めて欲しい」
ゼノアさんが真剣な表情で俺を見る。
その眼力に心臓はとくとくと動きを速くする。
何かただならぬ事を言いそうな雰囲気だ。
ゴクリと唾を飲み込む。
「シェイム、お前は、この時代に生まれた【天才】だ」
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