七話
数日後、国王と愛し子、重臣や神官たちを集めた神託会議が改めて行われることになった。
会議には当然カインたちもいた。次の世代を担う者たちがどういう案を出すのか、期待が込められていた。
大きな円卓にそれぞれが着席し、現国王と重臣、シルヴィアと神官、カインとレオナの提出した対策案が手元に置かれた。
「……王太子殿下、これはどういう意味でしょう」
カインの政策案を読んでいたシルヴィアはあえて王太子殿下と呼んだ。
王と重臣だけではなく、愛し子とタート神官長もいる会議である。次期王となるカインの力量を図る場でもあるのだ。
なのに王太子が提出した案は聖女まかせ。もちろん文章はそれらしく取り繕ってあるが、ようするに丸投げである。宰相など頭を抱えてしまっている。
「どういう、とは? レオナがいれば事足りるだろう」
パパが心底呆れた声で言った。
『こいつら、アホだな』
まったくもって同意ですが、国としてはアホで済ませられる問題じゃないんですよ。
「聖女一人に国の全責任を負わせるのですか。主はそんなことのために聖女を遣わしたのではありません」
『うんうん。シルヴィアの味方にならない聖女なんかいらないよね』
カインの返答に王と重臣が沈痛なため息を吐きだしている。だめだこりゃ、と思い知ってしまったらしい。親御さん、製造者責任をとって。救いを求めるようにタートを見れば、聖女をなんと心得ると憤っていた。
「魔力を持たない人が、偉そうに」
レオナが軽蔑を隠さずに吐き捨てた。
シルヴィアが驚いて彼女を見る。
「事が起きるのを待つより、起こらないようにする。わたくしならできますわ。神託しかもたらさない愛し子様は教会に仕えたほうが良いんじゃありません?」
余計なことは言うなと焦るシルヴィアをよそに、レオナはしなだれかかるように隣のカインの手を取った。パパの気配が呆れから怒りに染まっていくのをひしひしと感じる。
撤回して謝罪しろとシルヴィアが口を開くより早く、愛おしそうにレオナに微笑んだカインは指を絡めた。
「レオナの言う通りだ。精霊を従えた聖女と、無力な愛し子。……どちらが国の役に立つか、考えなくともわかるだろう」
終わった……。シルヴィアは顔を覆って天を仰いだ。
王と重臣はあまりの言い草に真っ青になり、ハッとなったタートが立ち上がった。
『言ったな?』
パパの怒りの声が会議の間の空気を震わせる。
『何が国の役に立つだ。パパは娘に役に立てなんて言ってない! 今度こそ幸せになれると信じて送り出した娘が不幸になるとわかって手放す親がいるか!!』
グレイスが目に涙を溜めてシルヴィアに縋りついた。
「シルヴィア、どうかわたくしも。どこまでも連れていって!」
『君に娘はやらーん!!』
グレイスとパパの声が重なった。次の瞬間ドォンと空が光り、王宮の庭に雷が落ちた。
タートが窓に飛びついて叫んだ。
「神の怒りだ! 伝承の通りだ!」
「待て。いや待ってください!」
「シルヴィア様、どうか」
国王と重臣が慌ててシルヴィアを引き留める。その叫びにも似た声にハッとタートが振り返った。
『もういいだろう。シルヴィア、パパのところに帰っておいで!』
「グレイス、本当にいいの? ご家族は?」
「あの人たちに必要なのはグレイスではなく、都合よく使える魔力の持ち主よ。わたくしを嫌っているのに愛し子と親しいことを利用して横暴に振舞っていた。何度諌めても無駄でした。言葉の通じぬ、心を通わせることのない家族は家族ではないわ!」
「グレイス」
シルヴィアがタートを見た。幼い頃から彼女を守りそばにいた彼は、絶望した瞳でシルヴィアを見ている。
グレイスを抱きしめ、こつんと額を合わせた。
「私を諦めなかったのはあなただけ。愛しているわ、グレイス」
「私もよ、シルヴィア」
シルヴィアが叫んだ。
「パパ、迎えに来て!!」
その瞬間、精霊たちが舞い降りた。
人の目に映らない彼らはきらきらと舞う光となって抱き合うシルヴィアとグレイスを取り囲み、天の国への道を開いた。
『シルヴィアー!! グレイスちゃんもようこそ! パパだよ!!』
親友の前で親バカはやめてパパ。
どうか聞こえていませんようにと祈りながら、シルヴィアはグレイスと共に天へと昇っていった。




