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五話



 シルヴィアは常に微笑みを浮かべている。彼女は愛し子として、自分が幸福であらねばならないことを嫌というほど自覚していた。


『ああやっぱり今からでも聖女の証を取り上げたい! くっそー、さっさと王太子と一発やっちゃえばいいのに!!』


 下品です、パパ。というか、パパが適当に選んだ結果がレオナなんだから諦めて。どうせならグレイスにしてくれれば良かったのに、貴族は平民の愛し子を虐めるからなんて、そんなの人によるでしょう。平民出のレオナだってあの調子なのだ。


「シルヴィア、レオナを放っておいていいの?」


 気安い口をきいてくれるグレイスは得難い親友だ。グレイス自身ぼっちなので、おしゃべりに飢えている。


「いいのいいの。カイン様といると疲れるんだもの」

「王太子殿下相手にずいぶんね」

「王太子殿下だからよ。わかるでしょ」

「わかる。粗相があってはいけないし、礼儀に外れたら周りがうるさい。極めつけは取り巻きよね」

「それよ。向こうは愛し子相手に気を抜けないと思ってるんでしょうけど、こっちだって同じだわ」

「面倒ね、婚約者なんて」

「本当よ。私に恋愛できないって思ってるのかしらね」


 事実だけど。うっかり恋に落ちようものならパパがうるさい。


「でも、レオナって面白いくらいカイン様狙いよね」

「いっそのことくっついちゃえばいいのにー」

「いくら聖女でも平民は無理でしょ」

「おっと、それは平民の愛し子への挑戦かな?」

「馬鹿。シルヴィアが平民だろうと愛し子だろうと関係ないわ」


 グレイスはいつだって平民に降る覚悟でいる。唯一の理解者を貴族の見栄で失うくらいなら、平民として下働きでもしていたほうがましだ。


『うんうん。グレイスちゃんはホントに良い子だね! いつでも歓迎するからね!』


 パパは黙ってて。


「魔力の調整ができるようになっても、お父様もお兄様も魔力の無駄遣いですって。戦争なんかないほうがいいのに」

「平和が一番よ。それに、戦争が起きたらグレイスが真っ先に矢面に立たされそうだわ」

「あらやだ厄介払い?」


 魔法がその威力を発揮するのは戦場だ。魔導士同士の争いは国が壊滅するほど凄まじい被害が出る。だからこそ、抑止力ともなる魔力の持ち主は優遇され、血統が重視されていた。


「もう家に住んじゃえば? 部屋は余ってるし、王家に借りてるだけだけど自由に使っていいと言われてるもの」

「いいの? 本気にするわよ?」

「もちろん! メイドだって本物の貴族令嬢がいてくれたほうが張り合いがあっていいんじゃないかしら。あ、あとはタート様がしょっちゅう来るけど、グレイスとは顔馴染みだから大丈夫でしょ」

「タート様は嫉妬しそう。あの人、愛し子命だものね」

「みんなの愛が重いわー」


 その筆頭はパパだけど、神官長のタートも負けず劣らず重い。はじめて神託をそのまま聞いた時はがっくりきていたが、どうやら例の秘宝を読んでいたらしくこれこそ真の御言葉と次の瞬間感激していた。あれくらいのメンタルでないと神官長などやっていられないのだろう。


「真面目な話だけど、レオナにはカイン様のそばにいてもらわないと困るのよ」

「……暗殺者ね」


 シルヴィアは重々しくうなずいた。

 カインがいなくなれば、愛し子の婚約者の座が空くのだ。どこの国も愛し子は喉から手が出るほど欲しがっている。カインを暗殺してシルヴィアを攫おうという国はあるだろう。


『パパとしてはやっちまえと思うけど、国が乱れるとシルヴィアのせいにされちゃうから悩ましいんだよ』


 その通りです、パパ。


「ここでカイン様がうっかり殺されて、私がフリーになったらそれこそ愛し子を巡って世界大戦よ。冗談じゃないわ。愛し子どころか魔女じゃない」

「それをあの方たちは理解しているのかしら?」

「カイン様と側近たちはしてるでしょう」


 むしろ理解していないほうが問題である。本来なら愛し子を守るための聖女をカインに付けたのは、邪魔だからという理由だけではないのだ。


「レオナはラッキーくらいにしか思っていなさそうだけど」

「調子に乗らせておけばきちんと仕事をしてくれるんだもの。安いものだわ」

「ひっどい女!」


 あまりの言い草にグレイスが吹きだした。王太子の隣にいるのが安いのなら、何が高くなるのか。言いすぎたと自分でも思ったのかシルヴィアがちいさく舌を出した。


「……結婚は、無理でも、好きな人のそばにいられるのなら幸せでしょ」

「シルヴィア……」


 シルヴィアには恋はまだよくわからなかった。カインは好きだが面倒が多くて積極的に会いたくはない。グレイスと遊んでいる方が楽しいのだ。

 だから、素直に恋をしてその人のそばにいられるのは純粋に羨ましかった。シルヴィアにとって恋はまだ見ぬ遠い憧れなのである。


『シシシ、シルヴィア? 好きな人がいるのかい? 誰? パパより好きな人?』


 ……パパ。私にも見栄ってものがあるのよ。


「失礼いたします。シルヴィア様、グレイス様」


 そこにタートがやってきた。青灰色の髪をした神官長はやや扱けた頬をした、神経質そうな男性である。


「神官長、何かありましたか?」

「はっ。過去の文献を調べてみたところ、どうやらブシート山の噴火には予兆があるようです」


 庭でのお茶会の準備をしていたシルヴィアはタートの席も用意した。メイドにお茶を淹れてもらい、聞く体勢になる。


「数日間にわたって地震が繰り返し起こり、後に噴火……。最近ブシート山付近では地震はありましたか?」

「いいえ。念の為ブシート山のある領の教会に問い合わせてみましたが、地震は感じられないとのことでした」


 渡された資料を読んでいたシルヴィアは、タートの返事にほっと息を吐いた。

 グレイスが口を挟んだ。


「今回の神託ですが、災害と見てよいのでしょうか。戦争の可能性は?」

「戦争はまず考えられません。神託で戦争が告げられる際は『北の国が東の国とぶつかりあう』『よからぬ企みをしている国がある』など、はっきり国と言っています。そして愛し子のいる時代で戦争を起こした国は、必ず滅んでいます」


 今さら愛し子を巡って戦争をやる国などないだろう。愛し子を悲しませた国は旱魃、蝗害、疫病など神罰としか考えられない国難によって弱体化し、愛し子を擁する国に併呑されてやっとそれが治まっている。


 タートが否定すると、グレイスはほっとしたようにうなずいた。今戦争を起こしても良いことなど一つもない。


「ではやはり災害として対策を考えたほうが良いでしょう」

「そうですね。過去を見てもブシート山の噴火は被害が大きいです。噴煙と土石流と火災、さらに何日間も地震が続き復興もままならなかったらしく、死傷者が極めて多く出ています」

「愛し子はいなかったのですか?」


 前回ブシート山が噴火したのは三百年も前である。今より人口が少なかったにも関わらず一万人もの死傷者が出ていた。


「いえ、愛し子様はおられました。当時の家屋は日干し煉瓦で、いまより脆かったせいか家屋の倒壊がひどかったのです」

「建築法が違うのですね。現在は木造と焼き煉瓦ですが、火災が起きれば同じことが起きるでしょう」


 シルヴィアがちらりとタートを見た。愛し子がいてこの被害。ある可能性を、彼らはあえて無視して話を進める。


「神託を受けて国王陛下と重臣方が会議中ですが、我々もできることをいたしましょう」

「そうですわね。いきなりブシート山が噴火すると発表したら国中がパニックになりかねません。何が起きても自分の身を守れるように、国民を指導していかなくては」


 タートの言葉にシルヴィアも同意した。こんな危険な国に住んでいられないと国民が逃亡したら、国が立ち行かなくなる。

 神託こそ神の恩寵なのだ。愛する娘が幸福に生きていくために人々に成長を促す、そのための警告であり、慈悲である。


「避難所を定めておきましょう。いざという時に逃げ場があるというのは大きな安心ですわ」

「食料と医療品の備蓄もですわ。安全を確保したらすみやかに負傷者の手当てがしなければなりません」

「避難所は教会で良いでしょう。教会は各地にありますし、地震で倒壊しないよう造られております。祈りの間ならば広く、住民の受け入れも可能です」


 話し合っているうちに神官たちが資料を手に集まってきた。神託に教会が早くも動いている証拠である。

 増えた客人にメイドがせっせとテーブルを用意する。愛し子による神託会議は今に始まったことではなかった。国の大事だと理解しててきぱき動いている。


『さすがシルヴィア! パパは鼻が高いぞ』


 なんとなく、シルヴィアは申し訳ない気分になった。うちのパパがすみません。神託そのものはありがたい予言なのだが、どっかーんとでかいこと、で国が動いてしまうのは非常にいたたまれないのだ。


「教会なら、年に数回避難訓練できませんか? 礼拝の時にでも」

「避難訓練ですか?」


 シルヴィアの提案にタートが首を捻った。


「ええ。まず教会に避難する。体の弱った老人や身動きのできない病人、子のいる母など、助けが必要な人もいるでしょう。彼らをどう助けるのか。また、避難してきても何もできないようでは困ります。怪我の応急手当や食料の配布、みんなに指示する者を決めておかないといらぬ混乱を招くだけです」

「なるほど……」

「シルヴィアの言う通りですわ。前回の噴火では、パニックになった人々が暴徒と化し食料を巡って争いが起きたそうですし」


 グレイスが資料の一文を指差した。極限状態に置かれた人々がどれほど混乱したのかわかる事例である。教会の資料らしく挿絵付きで書かれており、なおさらリアルだった。


「大陸が揺れるということは、広域にわたっての被害が予想されます。各地の教会にいる神官、また村長や街の区長などともよく話し合うよう通達を出しましょう」


 シルヴィアたちは現実的だった。聖女の存在をないものとして対策を立てている。

 いかに精霊魔法が使えるとはいえ、たった一人の聖女に頼ってもどうにもならないからだ。数万人を救うのに、聖女の到着をただ待っているだけでは救える命も救えない。手遅れになる前に解決する。そのための神託なのだ。


 だいたいパパはレオナを嫌ってるから、聖女におんぶにだっこしまーすなんて国策立てたら国が亡ぶわ。必殺パパの怒りは文字通りの必殺だ。洒落にならない。


 シルヴィアはなんとか聖女を頼りにしない対策をと頭を捻るのだった。




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