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四話

聖女と王太子のよくあるあれ。



 頭をあげたレオナはカインに寄り添った。


「カイン様、大丈夫ですか?」

「ああ。レオナ、済まないがお茶会は中止だ。神託が降ったとなれば陛下に奏上しなければならない」

「愛し子様がご自分でやればいいのに」


 ぷくっとむくれてみせるレオナにカインが苦笑した。


「そういうわけにはいかないよ。愛し子といえど陛下に直接会うには手続きが必要になる。特に今回のような神託では急を要すると判断したのだろう」


 レオナを宥めたカインは側近たちに「行こう」と言った。すでに準備を整えていた彼らもうなずく。レオナも慌てて続いた。


 レオナはシルヴィアが苦手だった。シルヴィアの直感通り、毛嫌いしているといっていい。

 レオナも自分の顔は可愛いと自負しているが、シルヴィアの優美さには敵わなかった。生まれてすぐに両親が公爵になったため、貴族としての教育、立ち居振る舞いが自然と身についている。なにより評判通りの誰をも慈しむ眼差しは、レオナに自分の矮小さを自覚させた。


 ようするに良い子すぎてむかつくのだ。完全な言いがかりだが人とはそうしたものだろう。何もかも完璧なんて吐き気がする。何より気に食わないのはシルヴィアがカインの婚約者であることだ。


 愛し子であるというだけでシルヴィアが未来の王妃になる。神託を聞くことしかできないくせにシルヴィアはレオナの上に君臨しているのだ。ほとんど本能的な嫌悪感でレオナはシルヴィアに苦手意識を抱いていた。


 そしてどうやらカインもシルヴィアが苦手らしい。

 王太子であるというだけでも重圧なのに、婚約者が愛し子だ。わずかな不快も与えてはならないというプレッシャーがカインを蝕んでいた。愛し子を大切に愛し、この国を繁栄に導くことがカインの義務になったのである。愚痴を吐くことも、憤りをぶつけることもできなかった。


 シルヴィアがただ神託を降ろすだけなら良かった。愛し子という立場につけあがり、傲慢な態度で我儘を振りかざす娘であったなら、カインはひたすら彼女を甘やかすだけで済んでいただろう。


 だが、シルヴィアはやさしく正しく賢かった。神託の意味を考え、読み解き、神の意に従い人々を教え導くことをカインにも求めてきた。薬学の知識などなかった幼いシルヴィアが治療院に通い詰め、ついに特効薬を開発した時、カインは打ちのめされた気分になったのだ。


 カインは王太子であり、何かをするのであれば臣下に命令すればいい。スラムの住民は貴族が手を差し伸べることなどない貧困層だ、疫病が蔓延しても大して気にも留めず、薬の開発には時間と金がかかっただろう。何をするにもまず金が必要であり、国家事業にするには益がなければ却下される。そして貴族の説得には時間がかかる。


 ところがシルヴィアはスラム街の貧困は国のせいだと断じた。死者が増えれば疫病は王都を襲い、いずれ国中に蔓延する。治療院に危機感を植え付け、率先してスラムに足を運ぶことで薬を作らざるをえない状況にまでもっていったのである。愛し子がここまでしているのだから反対できるはずがない。国中の医師と学者が立ち上がった。


 カインには、それができなかった。カインの命令では治療院での研究がせいぜいで、名だたる医師が総力を挙げて薬を生み出すには至らなかっただろう。身分や派閥がそれを阻んだはずだ。


 シルヴィアがそれを一蹴した。愛し子だからできたこと、といってしまえばそれまでだが、彼女が慈悲を持って自らスラムに行かなければ病は終息しなかった。愛し子の、神の愛は貧民層にまで及んでいると国中に知らしめる結果になった。それは確かだった。


 できすぎた婚約者はやがてコンプレックスになっていった。成長するにつれシルヴィアとの差が広がっていきカインを焦らせた。そんな頃、レオナが聖女として王宮に召し上げられたのである。


 不思議なことに聖女の証である聖痕スティグマダはある日突然レオナのうなじに浮かび上がったのだという。


 伝承とは逆である。愛し子は出現し、聖女が生まれる、と伝えられている。これはどういうことなのか。もしや愛し子と聖女が逆なのではないか――物議を醸したものの現実に聖痕はレオナにあり、聖女のみが使える精霊魔法を使うことができた。愛し子は神託を。聖女は祝福を。それは覆すことのできない現実であった。


「レオナ、君が愛し子だったら良かったのに」

「カイン様……」


 当然のことながら、カインはパパの本音を知らない。娘の婚約者として見られているのも知らない。知らないからこそ言える本音であった。


 レオナはそんなカインの心の隙間にするりと入り込んだのだ。根が真面目な王太子はレオナの奔放さに癒されていた。いつだってカインに寄り添い、カインの話を聞いて励ましてくれた。どんな愚痴でも笑い飛ばしてくれる明るい少女であった。


「カイン様、私は聖女です。これからもずっとお守りします」


 レオナはここぞとばかりに健気に微笑んだ。シルヴィアには敵わないけど、私が支えてみせますわ。弱さを武器に変えた見事なやり口である。

 良いとこの坊ちゃんであるカインはレオナに感激したように手を取り、そっとキスを落とした。


 レオナと共に父である国王に神託を伝えるため会議の間に行くと、ちょうど重臣たちを集めた会議中だった。王は愛し子ではなく聖女を伴ったカインにわずかに不快を示したが、すぐに議題を神託に切り替えた。




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