二話
シルヴィアの朝はパパの挨拶ではじまる。
『おはようシルヴィア! 今日もとってもいい天気だよ!』
おはようございます、パパ。
朝からこれである。非常にうざい。
『最近は平和で良いねぇ』
そうですね。
パパは着替えを覗いたりしないと信じてシルヴィアはメイドに身を任せる。会話はできないためいつもパパの一方通行である。
『だからそろそろでっかいことしようかなって思ってる』
「は!?」
だからって何!?
いきなり声をあげたシルヴィアに、慣れたメイドはすわ神託かと身構えた。すかさずシルヴィアはひざまずき、神の声を聞く娘のポーズをとる。
『聖女が調子こいてるようだし、こう、どっかーんとね!』
どっかーん!? なにをするつもりなのパパ!?
シルヴィアは必死に耳を澄ませた。ここで聞き逃して被害が大きくなるのは避けたい。平和が一番だ。
『ちょっと数万人くらい死んじゃうかもだけど、大丈夫だよね!』
数万人はちょっとじゃない! 何の根拠もない大丈夫で済まさないで!
冷や汗がわからないよう神妙に訴える。しかし悲しいかな、シルヴィアの声はパパには届かなかった。
すっくと立ち上がったシルヴィアは、神託に控えていたメイドを振り返った。
「主が神託をお告げになりました。ただちにタート神官長を呼んでください」
「はい。ただいま」
メイドは尊敬の眼差しでシルヴィアを見つめると、静かに素早く部屋を出ていった。
着替えを終えた彼女はタートが来るまで人払いをし、ベッドに倒れ込む。
「……どういう意味だろう」
パパの言葉は曖昧なのだ。どーんとでっかいこと、かつ数万人規模の被害となればこの国だけでは済まないはずだ。下手をすれば大陸そのものを揺るがしかねない。
神託を翻訳し王や神官に伝えるのはシルヴィアの役目だが、このふわっとした、いい加減な表現をそのまま伝えるわけにはいかないのが辛いところである。歴代の愛し子の日記などはないか神官長に訊ねてみたが、門外不出の秘宝扱いだった。おそらくパパに対する愚痴オンパレードで、とても発表できないのだろう。教会極秘文書がそれでいいのか。しょっぱい話である。
「シルヴィア、どうしたの? ご飯よ」
食堂に来ないシルヴィアを心配したのか、母がやってきた。生みの親は愛してくれるが、どこか壁があるのが悲しかった。
「神託があったの」
「あら。それならすぐに食べられるものにしましょうか。タート様にはお知らせしたの?」
「うん。すぐに来ると思う」
「タート様も朝食はまだかもしれないわね。お付きの神官様もいらっしゃるでしょうし、今日は彼らと食べる?」
「そうするわ。私の部屋に用意してもらって」
「そうね。その前に、お父さんに挨拶してきなさい」
「はーい」
平民出の両親は家族の前ではとても気安い態度だ。城を与えられても自分でできることは自分でやろうとした。しかし他の者に仕事を与えるのもまた仕事であると言われ、それならとシルヴィアを育てるのは乳母任せにせず自分たちでやることで妥協した。シルヴィアの後に生まれた弟もそんな調子で、いつ城から追い出されても平気でやっていけるだろう。
「おはようございます、お父さん」
「おはよう、シルヴィア」
「ジルドラも、おはよう」
「おはよう姉さん」
父と弟の頬にキスをすると、たちまちパパの声が降ってきた。
『ずるい! パパもキスして欲しい!』
毎朝のことなのでスルーだ。これが神なのだからひどい詐欺である。
「ごめんなさい。神託が降りたので朝食はタート神官長たちととります」
「神託かい? 久しぶりだな」
「ええ」
シルヴィアはふっと目を伏せた。良くない知らせであったことを悟ったのだろう、父は心配そうにうなずいた。