とある男の物語
俺が何かを殺すことにはまったのはいつだったか。確か中学の頃鳥の巣からひなを落とした時だった気がする。
どうしてか瀕死の状態でもがいているその姿にひどく魅せられたのだ。
その時から俺は様々な生き物を殺して回った。その辺にいる虫や小魚、爬虫類に両生類、そういった小さなものから始まり、野鳥や野良犬、野良猫と移り変わっていった。飼い猫や飼い犬も殺したかったのだが、流石に事が大きくなりすぎるし、その時点ですでに生き物の死体がよく見つかると噂になっていたので手は出せなかった。
一応言っておくと俺は馬鹿ではない。むしろ世間一般では天才ともてはやされる部類の人間だ。
だから大人になってからもそれまでもずっと気づかれずに生き物を殺し続けることができた。むしろ大人になって自由に使える金が増えてからは殺す量が増えた。
様々なところへ行って、様々な生き物を殺す。それが俺の趣味だった。
そのために密猟にも手を出した。
そんな中ある日のこと、俺が狩った動物によって儲けている男の顔が目に付いた。そこで思ったのだ、人は殺すとどのようになるのだろうと。
幸いにしてその男は捕まってもしょうがないようなことをいくつも犯していた。だから死んだところでそう問題は大きくならないだろうと考え、実際大きくならなかった。
その時の感覚はまさに至高だった。絶望、苦しみ、驚き、恨み、それらが入り混じっていた声と顔は、ほかの生き物を殺した時に比べるべくもないほどだった。
確かにほかの生き物を殺した時もよかった、だが悲しきかな俺は人間であってほかの生き物ではない。人を殺した時の方が様々な感情をよみとることができるのは当然のことだろう。
それから俺はどんどんと殺人にのめり込んでいき、それに比例するように他の生き物への興味を失っていった。
次に俺は外国で銃の扱い方を習い、その技術を持って中東の紛争地帯に向かった。そこで俺は獅子奮迅の活躍をした。
敵を殺すのは最高だったし、味方だと信頼してくる奴を殺すのも最高だった。そうして様々な兵士を殺した後、次はただの民間人を殺した。民間人は死ぬ覚悟を決めている兵士とは違う反応を見れて楽しかった。
人の死に顔というのは千差万別だ。老若男女それぞれ違う反応を見せてくれたし、それが同じでも境遇によって違う反応を見せてくれる。境遇まで同じでも殺し方によって違う反応を見せてくれた。途中で同僚も元クラスメートも親でさえも手にかけた。
こんなに好き勝手やっていた俺だが、どうして捕まらなかったのか。
それは証拠をしっかりと隠滅していたからであり、殺し方も場所もターゲットも完全な無差別だったからでもあり、ただ運がよかったからでもある。
何か一つでもかけていればもっと早いうちに捕まっていただろう。そう、もっと早いうちにということはだ、最終的に俺は捕まったということである。
理由なんて単純、証拠を残してしまった上に目撃されてしまったからである。
とは言えそのころには人を殺すのにも飽きてきて、捕まったっていいとさえ思っていた。
だが、どうせ捕まるのなら殺せるだけ殺そうと最後に侵入した場所、そこは大きめの病院だった。
深夜静まり返った病院に侵入した俺は、かたっぱしから殺していった。確か最後に殺したのは新生児室にいる赤子だったはずだ。そこにいた赤子の半数ほどを殺し終えたところで、人の気配を感じ逃げ出した。
けれどすでに警察に追いかけられていた俺は、そのすぐ後にお縄についたというわけだ。
それからは基本牢屋の中で過ごした。すぐに処刑されないのかって? そうだ、されなかった。なぜか、それはどれが俺の犯した殺人でどれがそうじゃないのか見分ける必要があったからだ。さらに言えば俺一人でやっているのではなく集団だと思われていたことにも関係する。
俺は一人だと言っていたのだが、俺が捕まった直後に犯行現場に証拠を消そうと忍び込んだ奴がいて、それがさらに犯人複数説に拍車をかけたらしい。
そしてそれから約十五年ほど過ぎた。そのころには俺の犯した殺人がすべて明らかになり、単独犯ということで決着がついていた。
もっと早くにすべて終わっていてもよかったのだが、何か心残りがある気がして情報を出すのを渋ったせいでここまで伸びたのだ。とは言え十年経って思いつかないのなら気のせいだろうとすべて話したのである。
そうして今日、ついに死刑執行当日だ。今日の朝それを伝えられた。
「おい、起きてるか」
「起きてるぜ。ついにか?」
「あぁそうだ。ついてこい」
俺はそこから出されると執行室までつれていかれた。いや、そこまでの間に教誨室や前室ってところにつれていかれたが、はっきり言ってどうでもいい。もうすでに死ぬ覚悟は出来てる。
そして執行室で首にロープがかけられた。あとは床が開いてジ・エンドっていうわけだ。
ただ、その時、ついに心残りに気が付いたのだ。
まだ俺が殺していないものが一つあった。それは、俺自身だ。
俺は口を開いた。もう執行直前だ。
「俺に!」
床が開き始めた。待ってくれ!
「俺を!」
完全に床から足が離れ、体を浮遊感が襲う。
「殺させろぉ!」
首が締まる。息ができない。待ってくれ俺はまだ――
死刑が執行されたその日は、ちょうどあと一か月で逮捕から十五年という日であった。