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ワタシの物語  作者: 匿名
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私とワタシ

 骸骨から少し離れたところで病室に身を隠す。もっと距離を取りたかったけれど、それで最初の怪物に遭遇してしまったら目も当てられない。

 とりあえずカーテンを閉めて妹ちゃんをベッドに座らせる。


「ほら、もう大丈夫だよ。逃げ切ったから」


 真っ青になった妹ちゃんを抱きしめながらそうささやき続けていると、ようやく妹ちゃんが小さく口を開いた。


「……あのね、さっき触れられたときにね、とっても怖い化け物がたくさん浮かんできたの」

「……それは怖かったね。でも私がついているから大丈夫だよ」


 一層強く妹ちゃんを抱きしめる。決して、そんなことか、なんて思ったことを悟られてはいけない。いくら起きてから何度もそんなのを見ているとしても。


 それからすぐ、彼女は安心したのか落ちるように眠ってしまった。さてそれじゃあ“なぜ私があの化け物達に恐怖を感じなかったのか”考えるとしますか。

 穏やかそうな妹ちゃんの寝顔をながめながらそのことについて考え続け、しかし最後まで結論は出ないのだった。






「……うぅぅ、私は最低最悪です。どうぞ罵ってください」

「アハハ……」


 起きてきた妹ちゃんは案の定もの凄く落ち込んでいた。またもや私に見張りを任せて眠ってしまったのがそんなにショックだったようだ。


「ほらほら元気出して。私はまだ全然眠くないから」


 どうしてかここにきてからまったく眠気が襲ってきていない。まぁまだここで起きてから長時間経ったわけではないし、妹ちゃんのように精神的に疲労が溜まっているわけではないから、そのうち眠くなるだろう。


「それじゃあここから逃げ出した時に何か奢ってよ。それで手打ちにしよう?」

「じゃあ遠慮しないでね。なんだって奢るから!」

「分かった分かった」

「ならこうしちゃいられない! 早く脱出しましょう!」


 声の勢いとは対照的に慎重に廊下を確認する妹ちゃん。よかった、元気が戻ったみたいだ。


「どう? 何かいる?」

「多分大丈夫だと思う」

「それじゃあ行こうか」


 少し震えている妹ちゃんの手を取って廊下を進んでいく。既に随分と進んでいたからか、そう時間がかかることなく正面入口へとたどり着くことができた。ただ……


「え?」


 妹ちゃんが間の抜けた声を出し、私はやっぱりと心の中でつぶやく。外は暗く何もない。自動ドアが作動するはずもなく、手動で開けようとしてもびくともしないようだ。


「お姉ちゃん、どうしよう」

「そうだね……」


 はっきり言って打つ手がない。後できることと言えば全ての窓と裏口を確認す――


「……逃げるよ。ついてきて」

「う、うん」


 ヒタヒタと不規則な足音が聞こえてきた。これはあの気味悪い化け物のもの。あいつなら今すぐ動けば追いつかれないはずだ。

 そう思い静かに動き出す。


 けれど、どうして。どうしてこんなに間の悪いタイミングでやってくるのか。


「オギャァァアア!!」

「うぐっ!」

「お姉ちゃん!?」


 これは、なに! 頭ががんがんする! 


 突如響き渡る赤子の鳴き声。たいして大きいものではないというのに、それが聞こえた途端思わずうずくまってしまうほどの頭痛が私を襲う。あのナースに脳をかき回されたときに劣らぬ不快感だ。


「お姉ちゃん! 大丈夫!?」

「……一応ね。けど、絶体絶命みたい」


 顔を上げればすぐそこに化け物。普通に考えればもう終わりだけど、そう簡単にやられるわけにはいかない。最低でも妹ちゃんだけは助けて見せる!


「コォロォサァセェロォ!!」

「ヒッ!」


 化け物はナイフを持った腕を振り上げる。その先に存在するのは……妹ちゃんだ。させるわけにはいかない!


「とりゃ!」


 勢い良く妹ちゃんを突き飛ばし、その場に伏せた。頭上を通り抜ける風を切る音。どうやら間一髪みたいだ。

 急いで妹ちゃんとは反対側へ退避する。


「ほら、こっちにおいで化け物!」

「お姉ちゃん! 逃げようよ! 何してるの!?」


 ごめんね妹ちゃん。でも、こうしなきゃ妹ちゃんが狙われちゃうから。それに私はこの化け物に恐怖を感じない。妹ちゃんを守るにはこれが一番いいと思うんだ。


「ほらほらいいの? 逃げちゃうよ!」

「コロサセロォ!!」


 化け物が私に狙いを定めた。そうだ、それでいい。


「お姉ちゃん!」

「ごめんね! 後で再開しよう!」

「絶対だよお姉ちゃん! 私最初の場所で待ってるからね!」


 妹ちゃんに向けてコクリと頷き、私は走り出した。化け物を挑発しながらつかず離れずの距離を保ち続ける。

 出来れば途中であのナース、そしているならばほかの化け物もつれていきたい。ひきつければ引き付けるほど妹ちゃんが安全になる。それで死んでしまっても妹ちゃんを守れるならば本望だ。


「ほらこっち!」

「グヲォォ!」

「ちょ! 手を投げるのは反則だって!」


 この怪物は速くない。けれど遠くから攻撃してくるのだけが厄介だ。


 私は、恐怖心を感じないからか今のこの状況をゲームのように感じていた。そのおかげで何度も妹ちゃんを助けられているのは確かだが、もっとしっかり現実として捉えるべきだった。


「そんなの当たらないよ! もっとしっかりとっ!?」


 うわ、こけた! やばいかもっ! 挑発が効いているんだから知能があると考えるべきだった! まさか血で廊下を濡らすなんて!


 私がこけた、その間に怪物が近寄ってきた。足が多いせいで怪物は自分の血で滑っていない。あっという間に目の前までこられてしまった。


「この! 離せ!」


 私の前に構えられるナイフ。このまま前に出せばザクッと一突きだ。だから私はこんな状況になっても恐怖を感じないことに感謝しつつ……一歩前に踏み出した。


「妹ちゃんが抜けだす方法を見つけられるまで、できるだけ時間を稼ぐ!」

「コロサセロォ!」

「いい加減それ以外も喋ったら?」


 私の言葉に反応したわけではないだろう。けれどその瞬間、コロサセロ以外の言葉が私の耳朶をうった。


「オレニ、オレヲ、コロサセロォ!」


  その声を聴いたとき、私の体は自然と動いた。私に向けられているナイフを持つ手を掴み、その切っ先を怪物自身に向けさせる。そしてそのまま押し込む。どうしてか抵抗は全くなかった。


 体の大きさに反して小さな傷。確実に手をちぎるより小さな負傷だろう。だというのに、そのナイフを刺したところが薄くなり掻き消えていく。それはやがて体全体に広がっていき……


「これで終わり、かな?」


 私が触れていたナイフを残して、元々何もなかったかのように跡形もなく消え去った。

 その途端、一瞬視界が揺らぐ。












そして、“ワタシ”はすべて思い出した。


 あぁ、私は私じゃない。ワタシだったんだ。












 ナイフを手に持ったまま、ワタシは“最初の場所”に向けて歩き始めた。その時の私からは、あったはずのほくろがなくなっていた。

 

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