ぐるぐる廻る
「安心して。お姉ちゃんが守ってあげる」
守るといっても妹ちゃんを連れて逃げることしかできないんだけど、と自嘲する。けれど次の瞬間、そうしている暇すらなくなってしまった。ソレがぬっと角から姿を現したからだ。
「ひっ!」
妹ちゃんが小さく悲鳴をあげる。気付かれないよう悲鳴を噛み殺そうとしたみたいだが、それでも漏れてしまったらしい。
ソレには、腕がいくつもあった。しわがれた手、骨が見えている手、毛むくじゃらの手。それらが体のさまざまなところから生えている。
ソレには、足がいくつもあった。とても太い象の足、中で揺れる赤子の足、筋肉質でしっかりとした足。
ソレには、頭がいくつもあった。右目のない少女の頭、ぬめぬめした爬虫類の頭、首が伸びて跡がある頭。
それらすべてが、血塗られていた。
とある頭は前を向きうめき声をあげた。とある腕は壁を擦った。とある足はボキボキと折れて、しかし次の瞬間には元に戻った。
そして――
「コロサセロォ!」
「急いで逃げるよ!」
それらすべての狙いが、私達へと定められた。
急いで逃げなければ! 私、はともかく妹を傷つけさせるわけにはいかない!
それぞれの頭から放たれる低いうなり声が不協和音になって、しかしどうしてか言葉を織りなす。今頭に浮かんだ疑問を解決している暇などない。
「コロサセロ、コロサセロォ、ornorw、コロサセロォォォォォ!!」
「何を言っているのかわからないよ!」
コロサセロ、以外にも何か言ってるみたいだけど、走りながらじゃうまく聞き取れない。ってそんなことより逃走だ!
「妹ちゃん、あの化け物どこまで来てる!?」
「と、遠いところ! どんどん引き離してる!」
よし! このまま逃げ――
「きゃあ!」
「お姉ちゃん!」
一体なに! これは……人の手!?
私の背中にあたって私を倒したのは、生暖かい人の手だった。私の背中が赤く染まる。
「これ邪魔! あの化け物め!」
あいつ、自身の手を投げてきた! そんなのあり!?
そいつは自身の腕をちぎり取った。それを見ていた妹が悲鳴をあげ、我に返る。
「妹ちゃん! 投げようとしたら教えて!」
「わ、分かった!」
けれど、投げてくるより早く階段にたどり着く。そこを駆け下り左へ曲がって、いくつめかの病室へと駆け込んだ。よかった、逃げ切れた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、問題ないよ。よく頑張ったね」
「お姉ちゃんの方が頑張ってたよ。お姉ちゃんがいなかったら私はきっと……」
妹ちゃんの顔が青くなる。もし私がいなかったらと考えてしまったのだろう。
「私がいなかったらなんて考えても仕方ないよ。ほら、ちょっと休もう」
「……ありがとう。お姉ちゃん。お姉ちゃんだって怖いはずなのに、あんなに勇敢、に、戦える……なんて、すご……い、よ…………クゥ」
「あ、寝ちゃった」
きっと精神的に疲れ果ててしまったのだろう。しばらくこのまま寝かせて上げようか。
妹ちゃんの顔を覗き込むと、とっても安心しているのか安らかな笑顔を浮かべていた。私と同じ顔のはずなのに、なぜか可愛く見える。鏡を見てもそうは思わないのに。
この世は理不尽だなんて思いながら、私は笑顔でつかの間の休息を楽しむのだった。
「お姉ちゃん、ほんとにごめんなさい!」
「いいっていいって」
しばらくして起きてきた妹ちゃんは、物凄い勢いで謝っている。何度も大丈夫だって言ったんだけど、それでも気に病んでしまうようだ。
「分かった、それなら次休憩するときに見張りをお願いできる? 私もそのうち休まなきゃいけないから」
「うん! そのときはまかせて!」
その時が来るまでには抜け出せている可能性がある、というのは言わないで置いた。いや、外の様子を見る限り簡単には抜け出せないかもしれない。
先程閉めた窓を見ながらそう考える。
「お姉ちゃん、窓の外に何かあるの?」
「いや、何もないよ。それじゃあ行こうか」
「分かった。じゃあ何かいないか見てくるからお姉ちゃんはそこにいてね」
妹ちゃんはそーっと廊下に出ていく。よかった、窓の外を見られなくて。わざわざ不安を抱かせる必要はない。
「廊下には何もいないみたいだよ」
「そっか、ありがとう」
そう、この建物の外には何もなかったなんてこと、見せる必要はない。
それから私達は、何も来ないかしっかり確認しながら進んでいった。進むスピードは遅くなるけど、怪物に遭うよりは断然ましだ。
そうして二階へとやってきたとき、再び歩く音が聞こえてきた。
「何かいる、けどさっきとは違うね」
「でも一応気を付けておこうか」
コツコツコツとそんな音がきこえてくる場所からできるだけ距離を取る。人外だと確認が取れたらすぐに逃げよう。
そんなことを考えているとついに角から人影が姿を現し、ほっと一息つく。暗いからしっかりとは見れないけれど大きさも普通だし、服だって病院でよく見るただのナース服だ。
「お、お姉ちゃん」
「大丈夫!?」
どうして真っ青になってるの、今度こそ普通のナースじゃ。
そう考えたとき、ハッと気づいた。今まで自分たち以外人っ子一人見えなかった、その上怪物が歩き回っている中で普通に足音を立てながら普通に歩く普通のナース、そんなのがあり得るのかと。
再びナースをしっかりと見る。ゆっくりとゆっくりと近づいてきて……
「やっぱり……」
妹ちゃんの手を取って後ずさりした。
そいつが来ていたナース服、それはいたるところがボロボロでよごれていた。そしてその顔、それは骸骨だった。皮も肉もない、ただの骨。虚ろな眼窩がこちらを見据えている。コツコツ音がしていたのはそういう靴を履いていたからではなく、靴を履いていない足が鳴らしている音だった。
「逃げるよ!」
「わ、分かった!」
再び湧く疑問、しかしまたしも考える暇などない。
あぁこんなことなら妹ちゃんの寝顔を見るのに夢中になるんじゃなかった!! 反省はしている、後悔はしていない!
私と妹ちゃんが逃げようとして背を向けた、その刹那
「……イレカエル」
「きゃあ!」
「うわぁ!」
なにこれ……! 頭がぐるぐる回る……!
肩に固いものが触れた感覚。
頭の中がかき回される感覚、そんな中でなぜかここに来る前の日常が脳裏に浮かんでは消えていく。
数秒か数十秒か、それくらい経ったのち、かき回された感覚は何事もなかったように治まった。すぐさま顔をあげる。
私のことはどうでもいい。妹ちゃんは!?
「……よかった」
思わず口からそうこぼれる。しかしその後ろに佇む影。それが目に入ったかどうか、それくらいのタイミングで私は駆けだした。
「行くよ! ついてきて!」
「……うぅ」
どうやらまだ妹ちゃんは収まっていないみたい、けどごめんね! 今優しくしてあげられる暇はないの!
「手荒だけどごめんね!」
なぜか動かない骸骨を尻目に廊下を駆ける。ちらりと見えたその顔は、骸骨だというのにどこか恍惚としているように思えた。




