プロローグ
「あ、おはよう」
私は朝学校に登校し、昔からの友人に声をかけた。一つを除いていつも通りの日常だ。
「おはよう、今日は誕生日だったよね。おめでとう」
そう、今日は私の誕生日だ。とは言え今の私は例年通りそんな気分ではない。
「ありがとね。私が喧伝してないからってのもあるけど、今年も今のが初めてだよ」
「あぁ、今年も親がいないんだ。誕生日くらい一緒にいてあげればいいのに」
「これも毎年言ってるけど、もう慣れたから大丈夫だよ」
「でもさー」
不満そうな友人に思わず笑いが漏れる。
どうしてなのか、私の両親は毎年私の誕生日に朝早くからどこかに出かけている。帰ってくるのは夕方だ。理由を聞いたこともあるのだけれど、どこか言いたくなさそうにしているのに気づいてからは聞かなくなった。
「あ、そうだ! 今日って午前中で授業終わるし一緒にカラオケ行かない? 誕生日祝いに奢るからさ」
「うーん……」
どうしようか。私の親は毎年今日に限っていなくなるのだけれど、それは私を愛してくれていないわけではない。代わりに誕生日の前日と翌日には物凄く祝ってくれるし、当日にだって凄い申し訳なさそうにしている。なぜか誕生日だけいなくなるのだ。
友人とカラオケに行くときは毎回夜遅くまで遊ぶことになる。
このカラオケ店はまだ学校に来ていないもう一人の友人の家がやっている小さなものなので夜遅くても問題ないのだけれど、それだと両親が家に帰ってきたときに誰も出迎えない。少し悩んで、結局は去年と同じように断ることにした。
「やめておくよ。夜には帰ってくるし、そもそもまだ中学生だからね」
「今時カラオケくらい普通だって。ていうかあんただっていつも来てるじゃん。それに受験勉強ばかりじゃなくてたまには息抜きしないとだめになると思わない?」
「でも……」
えっと……ていうか、毎年結局断ってるんだから断ることはわかってたでしょ!
恨めしそうに友人を見ると、彼女はけらけらと笑った。
「わかってるって、ただの冗談。あんたが家族と仲いいのは昔っから知ってるって」
「むぅぅ、いいもん。行ってやるもん!」
「え! 行くの!」
「私が行って困ることでもあるの!?」
ずいっと顔を寄せると、友人は困ったように笑って「実は……」と切り出した。
「えっと、そのね。断ると思ってたから今日塾の振替え入れちゃってるんだ。ごめんね」
「なんだ。まったくもう」
「あはは、ごめんね。また今度暇な時に奢ってあげる」
「祝ってくれるだけで嬉しいから、そこまでしなくていいよ」
「え、マジで! 今日ちょっと使い過ぎで厳しかったからさー」
「……まったくもう」
さっきと同じように呆れたところで先生がやって来て、友人は自分の席に帰っていく。どうやらもう一人の友人はいつも通り寝坊のようだ。そうして私のいつも通りの日々が始まった。
放課後、私はぶらぶらと散歩をしていた。
受験生なので勉強してもよかったんだけど、流石に誕生日にまで勉強する気にはならない。友人も息抜きしないとだめになるって言っていたし、と誰かに言い訳するように歩き続け、気づいたら電気街にたどり着いた。
雑踏の中宣伝用のテレビが私の鼓膜を揺らす。ツイッとそちらへ視線を動かす。
『続いては、今日のトピックスです。
・15年前の今日起きた悲惨な事件 振り返る
・台風八号 異例の速度で本土へ接近
・白骨化した女性の遺体 山より発見される
・有名アイドル不倫か? 真相に迫る
・中学生三人が川で流され不明』
他にもいくつか続いているが、どれにも興味をそそられない。そもそもテレビなら家でも見れるから見る気になれない。
「はぁ……」
これなら一人でもカラオケに行けばよかったかなぁと再び歩き出す。もう一人の友人も塾が入っていたのだ。ゲーセンやデパートも目に入るが、私はあんまり興味がない。こういうところは友人と一緒じゃなければ楽しくないというのが私の持論だ。異論は認める。
そんなことをうだうだと考えながら歩き続けて、気づいたら河川敷までやってきていた。目に映るのは無邪気に遊ぶ子供たち。今の私にはその無邪気さがとてもまぶしく見えた。
「水遊び、か」
実は私、水遊びというものをほとんどやったことがない。というのも私は小さい頃からお化けとか妖怪とか、そういうものをよく見る体質であったためだ。毎回最終的にはいつも通りの日常に戻れるのだけれども、それを両親に言ってからは水場の近くに全く行かせてくれなくなってしまっていた。
大きくなってからは行くなと言われることはなかったものの、それまでの癖で自然と水場は避けていた。けれどここまで来たことだし今日は暇だ。どうせなら水遊びというものを楽しんでみたい。
わずかに恐怖心は沸いたものの、辺りには摩訶不思議な存在は確認できない。わずかな恐怖心を振り払って、私は川で遊び始めるのだった。
水切りしたり石でダムをつくったり、恐怖心なんて完全に忘れ去り童心に帰って遊び続けていると、気づいた頃には空がオレンジ色に染まっていた。
そろそろ帰ろうかと立ち上がった時、ふと飛び石が目に入る。最後にそれだけ飛んで帰ろうかと私はそちらへ足を向けた。
「一、二、三、四……」
軽快にステップを踏みとんとんとわたっていく。
「五六七八……」
私は調子に乗って速度を上げ……
「あっ!」
案の定足を滑らせ、後ろに転ぶ。
そのまま後頭部に強い衝撃を感じて、私は意識を失ってしまうのだった。