街灯守り~異世界より来たりし虫姫~
その日は、虫の羽音で微睡みから覚めた。
庇から見えたのは、地平線に沈む陽。
──寝坊だ。
仕事の時間。
楽しい夢の余韻も引き裂いて、街へと飛び出した。
明るい夜道を多くの人が行き交い騒いでいる。
古びた道を高くから照らすのは、伸びた草の先の、泡のような結晶。
あれがこの街の街灯。
私の仕事は、その調子を一つ一つ確かめること。
人混みの中、誰かが呼んだ。
さっさとやれ、と不機嫌な男の示す先。
静かな小道の街灯が一つ、明滅している。
あれなら、まだ間に合う。
近寄って、そっと開いた手に止まったのは小さなセミ。
「──行ってらっしゃい」
暫し見つめて、捧げるように伸ばした指先からセミは飛び立った。重い体を引きずるように、明滅へ引かれてゆっくり飛んで。
プツリと一瞬、光が途切れる。
次に灯った時には、もう明滅はしなかった。
それを待っていたと、人々が照らされた道を歩き出す。
動き出した喧騒もよそに、私は街灯を見つめる。
灯りの根本に隠れるように、キラリと光るものを見た。
透き通った羽だ。
あの街灯の喰い残し。
『光を絶やすな』という警句がある。
”闇”から来た危険な化け物が、襲ってくるのだ。
でも街灯に照らされたこの街では起きない。光の周りからは来れないから。
街灯の維持も虫を食べさせるだけと簡単だ。
でも数年前、街から虫が消えた危機があった。これでは街灯は飢えて死ぬ。光が消えて人が死ぬ。
だから私は"連れてこられた"。
寄ってきた虫を友達にする変人の私にこの仕事は最適、化け物を遠ざける素晴らしい仕事!
そう誇らしげに言っていた。
──"化け物"って、なんだろう。
ある夜、街灯の途切れた闇から来た化け物によって、二人も喰われた。
街灯が何時どこで途切れるかわからない。偶々だった。
世界ではよくある事と、あるバッタは言った。
街の人からは、虫けらなぞを惜むからと罵られた。
虫を差し出すことに躊躇はしなくなったのは、それからだ。
私は彼らにとって友を生贄に差し出す”化け物”だ。
あのセミは七日の旅路を終え、遠く彼方まで多くを見たという。
空一面の虹のようなたった七日の冒険は、私の心を今も掴んで離さない。
だから”日更かし”なんてして寝坊した。
もっと聞きたかったけどそれは叶わない。
寿命の無い彼とは、どのみち今日でお別れだったから。
必死に登って、羽に触れた瞬間。羽は砕けて消えた。
人々を照らすため、私は友を死地へと向かわせる。
──"化け物"って、なんだろう。