大阪→東京
「矢沢はなんで芸人になったん?そんなイケメンなら俳優とか狙えたんちゃう?」
よし、前日にくると予想してた質問や!
心の中でガッツポーズをしながら口を開いた。
「昔、親戚の家に遊びに行った時、無愛想な小学生くらいの男の子にあったんですよ。
まぁ色々あってその子を笑わそうとしてたんですけど、なっかなか笑わなくて…
で、1週間頑張ったらやっと笑ってくれたんですよ。
それが嬉しくて芸人目指しましたねぇ…今でもあのことは忘れられませんわ。」
「うわっ、美談やなぁー。露崎、どう思う?」
「多分嘘じゃないですかね?」
「嘘ちゃうわ!お前は相方なんやから味方せぇ!」
うん、今日は調子ええわ。
東京進出前、最後の大阪での収録はええ結果が残せた…と思うわ。
「矢沢、露崎ーお疲れさん。」
「「お疲れ様でした!」」
「明日引っ越しやろ?東京で根をあげることないよう頑張れや。」
「「ありがとうございます!!」」
俺たちは明日、新たな大陸に足を運ぶ。
去年の漫才コンテストでは5位、大阪での人気はまずまず。
大阪で5本持ってたレギュラーを1本に絞ってきた。
「はぁ…やばいわ…今から緊張するわー」
楽屋に戻り、ネクタイを緩めながらあぐらをかく。
「ヘタレだからなぁ?」
「お前それ本間にやめろっ!」
ニヤニヤしながら俺をからかう露崎は高校のころから変わらない。
多分、一生やめないだろう。
「大体!俺そんなヘタレちゃうし!」
「ヘタレやろ。5年間片思いして告白せぇへんとことか。」
「そ、それは色々訳があってなぁ!」
「はいはい。」
ペンを握り、ネタ帳に目を落とした。
これはもう俺の話はもう聞いていないという合図だ。
「俺そろそろ帰るわ。明日引っ越しやねん。」
「まだしてなかったんか?俺昨日したで?」
「1日差で威張んな。んじゃまたな。」
帰って明日の確認せなあかんな。
東京は仕事で相方と何度か行ったことあるけど、明日は1人で行く訳やし、迷わんように確認しよ。
明日の12時には新居に着いてる予定。
13時に引っ越し業者が到着か…
よしっ、気合い入れて行こ!
テレビ局をでて見えたのは金色の満月。
大阪最後の夜は明日のことを確認した後、1人で缶ビールを悲しく飲んだ。
明日が、東京での生活が、上手く行きますように。
月に向かって、1人乾杯をした。
しかし、現実はそう甘くはないと数時間で気づかされた。
「はぁ…中央線ってどこやねん…」
昨日確認したにもかかわらず、迷ってしまった。
昔、親戚の家行った時来たことあるのに…
変装のためのマスクが落ちて来たのであげながら考えた。
誰かに聞くしかないな…
でも平日の朝ということもあり、どこもかしこも忙しく歩いてる人ばかりだ。
駅員さんを探すしかないなぁ…
と思って動き出そうとした時やった。
「すみません、これ落としましたよ。」
突然目の前に現れたのは制服を着た高校生くらいの可愛らしい女の子だった。
はい、どーぞ。と言っているような右手には青いハンカチが握られていた。
「え?あ…多分、僕じゃないですよ?」
「あ、そうですか。あまりにも挙動不審にしてたから何か探してるのかと思いました。」
淡々と話す彼女の口調はやめたレギュラー番組のADみたいだった。
「あ、実は迷ったんです…中央線に乗りたいんですけど…」
「中央線ですか。それなら案内してあげますよ。」
そう言われた瞬間、安心と高校生に助けてもらう不甲斐なさが天秤にかけられたが、嬉しさが圧勝してしまった。
「すみません、お願いします。」
「いえ、別に私も乗るのでそのついでですから。」
俺の正体に気づいていない彼女とは駅に着くまで色々な話をした。
大阪から上京してきたこと。
彼女の高校であった面白い話。
大阪の人はバーンってやったら本当に打たれてくれるのかという話。
彼女は人見知りだったのか、段々とあの例のAD口調から親しみやすいJK口調に変わった。
東京のJKにもこんなええ子おるんかぁ…
もっとこう…チャラチャラしたのばっかかと思ってたわ…
なんて感心していたら、アナウンスが流れた。
「あ、俺ここで降りるんで。どうもありが…「あ、私もおります。」
…え?
「偶然ですね!」
「そうですね!…あのぉ。」
恐る恐る、話を切り出す。
俺のことだからまたどうせ迷子になるのは目に見えている。
なら最後まで世話してもらいたいのが本望だ。
「ここの住所、知ってます?もし、時間さえあればでいいんです。案内してもらえる…?」
昨日、何度も確認した予定表メモに書かれた住所を彼女に見せた。
…芸能人がこんな簡単に住所晒していいのか微妙だが、まぁ東京では無名に等しいし、大丈夫だろう。
「…あー、ここですね。はい、いいですよ?」
「本間に!?ありがとうございます!」
「いえいえ、ここまで来たら最後までおじさんの世話を焼かせて頂きます。」
ニヤッとしながらこっちを見る目は女の子ということもあり、露崎よりか数万倍可愛かった。
「じゃ、行きましょうか。」
駅を出て、ゆっくり歩き出した。
大阪の人は歩くの早いらしい。
だから彼女の歩幅を確認しながら歩いた。
「そういえば、なんでここに引っ越して来たんですか?会社が近いからですか?」
コンビニで出た新しいお菓子の話をした後、彼女が話題を提供した。
「まぁ、それもあるんだけど、実はこの辺の公園で会った男の子がいて…その子に会えるかなぁーと思ってさ。」
「ま、まさか初恋の相手とか…」
「ちゃうわ!…でも、特別な子なんや。」
「ふぅん。そんなこと言われたらますます疑っちゃいますけどねぇ。」
相変わらずの可愛らしいニヤニヤ顔。
多分、同級生の男なんかイチコロにしてきたんかな。
小悪魔的存在。
そんな言葉が似合いそうだ。
なんて考察していたら、
「…え、まさか本当なんですか?」
引くわー。と言わんばかりの引きつった苦笑い。
「いやいや!違うから!!」
「あ、別に同性愛に批判してるわけじゃないんですよ!ただ、ビックリしただけで「本間に違うから!!」
はぁ…こうなったら説明するしかなさそうやな…
東京では知名度ゼロの俺が芸人だなんていうのは少し恥ずかしい気はしたが、このまま誤解されて、もし売れた時にネットに書き込まれるよりマシだろう。
「実はな、俺は芸人やってて…」
もうすぐ到着予定時刻の12時になりそうなのに気づかず、俺はゆっくりと話し始めた。