普通の佐藤君.Ⅱ
「はーい、じゃあホームルームやるから席に着けー。」
教室の中で飛び交う友達同士のあまり意味のない朝の会話。
昨日のテレビ見た? とか、家族の愚痴とか、自分の中の出来事や情報を交換し合うための時間である。
昼休みと放課後を除けば一番自由な時間なので、朝の眠気もあってか、妙なリラックスムードが流れる。
まぁ、この雰囲気に浸れるのは、話せる友達がいるのが条件な訳で。入学して間もないのにすでに話せる友達がいるっていうのは、コミニュケーション能力の高さを物語っているのだろう。
べ、別に話し相手がいないから少し寂しいとか考えてないし、さっきも言ったが入学して日が浅いんだからボッチとかそういう域ではまだないと思う。多分......。
まだまだ俺の高校生活は始まったばかりだ。友達もある程度作って、普通の高校生活を送って見せる!!!
「おいっ佐藤、佐藤広。いないのか?」
「あっ、います。」
「朝から気が緩んでるのか? 高校生になったんだから、少しはしっかりしろよ。」
「はい、すみません。」
......怒られてしまった。先生に目を付けられると高校生活が息苦しいものになってしまうので、注意が必要である。
何か学校で事件があると真っ先に疑われるんだよなぁ。それに、先生に捕まる機会が多いと、生徒の目にもついて、あの人には関わらないでおこうっていう認識が周囲に植え付けられるからたまったもんじゃない。
「えー、それじゃあ教科書の28ページを開いてー。」
___ガラッ......
一時間目が始まって間もなくして、教室の後ろの方で戸が開く音がした。
反射的に後ろのほうへ視線が集まる。その大勢の視線に交じって、自分も視線を肩越しに飛ばす。
引き戸から現れて、クラス中の視線を集めて登場したのは意外な人物だった。
「おい、関矢。入学して間もないってのに、もう遅刻か?」
「・・・・・・」
マジか、朝のカツアゲくんじゃん。やっべー、同じクラスだったのか。てっきり年上かと。ってうゆうか、結構同じクラスになってから経つってゆうのに、クラスメイトの顔覚えてないっていうのも、やばいよな。
関矢は教師の言葉を無視すると、まっすぐ自分の席に近寄り、勢いよく席に着いた。
「おいおい、関矢 統鬼。なんだその態度は? 高校生にもなって、謝罪の一言も出んのか?」
授業を中断して、関矢の席の前に教師が移動した。
それを鋭い目つきで関矢が一瞥すると、
「・・・・・・ウッぜ。」
と、ギリギリ聞こえる程度の大きさで言い放った。
「なんだと!? お前、教師に向かって......」
___ガタッ。
話の途中で突然関矢は席から立ち上がった。
「なっなんだ! 何か文句があるのか。」
立場上、礼儀に関した指導をしている先生だったが、よく見ると足が震えている。
がんばれ先生、あなたは間違っていない。ここで引いたら今後説教するとき相手にされなくなりますよ。
少し間が開いて、関矢は教師から視線を切ると、体の向きを変えて入ってきた方の入口へと歩き出した。
「こらっ、どこへ行くんだ! 話はまだ......。」
「......帰る。」
その言葉を境に、教師の言葉を引き戸を締め切るまで、オール無視で教室を去った。
出で行く前にこっちの方を一瞬見た気がしたけど、気のせいだよね......。
「先生。早く授業を再開してください。」
「おっおう、すまん。」
関矢とのやり取りで放心状態の先生に、隣の席に座っていた女子生徒の一言が、教師の集中を取り戻させた。
ピシッと伸びた背筋。きっちりとした身なりに黒髪で誠実そうな凛とした面持ち。
誰がどう見ても優等生って感じの生徒だ。クラスメイトに無頓着な俺でも印象に残っている。
入学当初のかかり決めで自ら率先して学級委員になる奴なんて、そうはいないから。
確か名前は......
「それじゃあ次の問題を......、清藤、解いてみろ。」
「はい。」
そうだ、清藤。下の名前は、愁だったはずだ。名前も特徴的で覚えやすい。
清藤は黒板に指定された問題の答えを書くと、すぐさま席に戻って教科書を読み始めた。
いやー、それにしてもさっきの不良君にはびっくりした。俺の思い描く普通の学校生活に、始めから問題発生だよ。これからはより一層関矢に注意を払わないな。
まぁ、そんなに早くはなにか起こるってことはないだろうけど。
とか、どう考えてもフラグ立ちまくりなことを考えていた俺の平穏な今日は、ゆっくりと面倒ごとに向かっていることを俺は知る由もなかった。