わたしのおかーさんは、小さな男の子。
わたしは、だれなんだろう?
ここはねねの家。
生まれたときからずーっとここに住んでる。
でも、ここはわたしの家じゃないの。
自分の家って知ってるのに、ここじゃないと思うの。
ぱぱとままも、おとーさんおかーさんじゃない。
自分のパパママだって知ってるのに、違うの。
わたしはだれなんだろう?
ある日、おかーさんを見つけた。
ずっとずっと、会いたかった。おかーさん。
「おかーさん!!」
わたしはその子に飛びついた。
その子は男の子だった。わたしよりちょっと大きいけど、小さな男の子。だけど、おかーさんだった。
「わっ!…えっと、迷子なの?」
ぼくはおかーさんじゃないよ。って、困った顔で男の子のおかーさんがきょろきょろ大人を探してた。
おかーさんなのに、わたしのことわかんないのかな?
もう、忘れちゃったのかな…。
「お、おかーさ…うっ」
うわぁぁん!と、わたしが泣いちゃって、おろおろしてたけど、優しくその男の子は、泣いてるわたしの頭をなでてくれた。優しいおかーさんのなで方だった。
「真宏、どうしたんだ?」
近くにいた男の子のたぶんお父さんが、男の子の頭に手を置いてわたしのことを聞いてきた。
男の子はわかんないと、首を困って横にふって、男の子のお父さんがしゃがんでわたしに話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、お父さんお母さんは?はぐれちゃったのかな?」
びっくりした。男の子のお父さんは、おとーさんだった。
「おと、おとーさぁん…」
ぎゅっと、おとーさんに抱きついた。
おかーさんの男の子のお父さんがおとーさんだった。
おかーさんとおとーさんにいっぺんに会えた。
涙がぽろぽろでた。ずっと、会いたかった。
「よしよし、おじちゃんが一緒に探してあげるから、きっと近くにいるからね」
だいじょうぶだよ。と、背中をぽんぽんてしてくれた。
顔はぜんぜん違うけど、やっぱりおとーさんだった。
「ねね!」
「ぱぱ」
あわててねねのぱぱがわたしを見つけて走ってこっちに来た。
「すみません…!うちの子です!」
ペコペコ頭を下げて、おとーさんにぱぱがあやまった。
「ねね…?離れたら迷子になるだろ。お金を払ってる間も待ってなきゃダメじゃないか」
「ごめんなさい…」
「本当に申し訳ない。うちの子がご迷惑を…」
「いえ。すぐ見つかってよかったね」
ぱぱはおとーさんにまたあやまって、おとーさんは立ちあがってわたしに声をかけたら、そのまま帰っちゃいそうだった。
「おとーさん!行かないで!」
「ねね?!」
わたしがおとーさんにしがみついて、ぱぱがぎょっとしてる。
「ははっ、お父さんはそっちだよ」
ぱぱが、わたしをおとーさんから引き離した。
「ほんとにすみません…ねね〜ぱぱはこっちでしょ?」
気まずそうにぱぱがまた、おとーさんにあやまってる。
なんで?おとーさんなのに…。
「いえいえ。ははっ、可愛い娘さんですね。それでは。…間違えたらお父さん悲しんじゃうよ。じゃあね」
ぽんぽんと、頭をなでて、まさひろ行こうかって、おかーさんまで連れてっちゃおうとするから、男の子がこっちをむいたときに気づいて!って、いっしょうけんめい、こころの中でお願いした。
「おかーさん…」
「……」
男の子は、手をふって、バイバイってした。
いやだ。おかーさん、置いてかないで……
「おいてっちゃやだぁ……!」
あぁぁ!…ぁぁん……ひっく。
「ねね?!どうしたんだよ」
ぱぱが、だっこしようとするから、あばれておかーさんのところまで泣きながら歩いていった。
泣いてて、悲しくて、走っておかーさんに飛びつけない。
ゆっくりとしか、おいかけられない。
「おか……えっ……うぇぇ……!」
お願い、まって……
ぱぱに、うでをつかまれた。
もう、おいかけられない。
おとーさんとおかーさんがいっちゃう。
男の子が、お父さんになにか話してる。
男の子がこっちに来てくれた。男の子のお父さんは、その場で待ってる。
「ねねちゃん…?」
「おかーさ…!」
おかーさんが戻ってきてくれたのがうれしくて、ぐすりながらおかーさんの服をつかんだ。
「えっと、ぼくまた明日も来るから、その時ぼくと遊ぶ?」
「………きょうは…いっちゃ...の?」
「うん。ごめんね?もうちょっとしたら、おばあちゃんが来るから、お迎えに行かなきゃいけないんだ」
いつのまにか、こっちに戻ってきてたおとーさんが、ぱぱと話してた。
「ええっと、明日、僕らまたここに来るんですが、そちらは…」
「あ、はい。来ます。ええっと…」
「新倉です」
「佐伯です。すみません、娘が…」
「いえ、何時頃に…」
ぱぱがぺこぺこずっとあやまってた。
「ねねちゃんにも弟か妹が産まれたの?」
ぱぱとおとーさんが話してるそばで、おかーさんの男の子が聞いてきた。
「ぼくのところは女の子だったんだ。妹が昨日産まれたの」
すごく嬉しそうに赤ちゃんの話をするおかーさん。
わたしのことは、もういらないのかな…
「ねぇ、ねねちゃんのところは?女の子?男の子?」
服をつかんで、しゃべらなくなったわたしに、おかーさんはいっぱい話しかけてくれる。
「…女の子」
「あ、じゃあ一緒だね」
にこにこしてくれる。おかーさん…
「真宏!帰るよ。おばあちゃん待ってる」
ちょっとあわてたおとーさんが、ぱぱと話し終わったみたいで、やっぱり帰ろうとする。
「ねねちゃん、明日また会えるからね。今日はちょっと忙しいからごめんね。またね」
また、しゃがんでおとーさんが話しかけてくれた。
でも、うでの時計を気にしてて、もう待ってくれないみたいだった。
こくんと、首を縦にふって、我慢した。
また、おかーさんが振り返って手をふってくれた。
「ぜったい、ぜったい会いに来てね……!」
おとーさんはお父さんで、おかーさんは男の子。
わたしは、ねねは、おとーさんとおかーさんのこども。
やっと、わかった。
――――――――
『なにそれ?どういうこと?ねねちゃんまたおかしなこと言ってたの?』
「そうなんだよ〜。もう、めちゃくちゃ恥ずかしかったよ…これがまたいいパパさんで、嫌な顔もせずに明日時間帯合わせて来てくれるって」
『あら〜。パパ友できたじゃない(笑)』
「気を遣わせた感じだったけどね。それにしても、まだ父親が俺って認識、こんくらいだとできないもんなのかな?パパっ子だと思ってたから余計凹む」
『あはは!大丈夫よ。私から見てもパパっ子だし、心配しなくても恭ちゃんの子だから(笑)でも、なんでその男の子のことお母さんて呼んだんだろ?そっちのが謎だね!』
「しかも、超必死だからね?え、なにこの引き裂かれた親子の再会?みたいな感じ。え、父親俺だよね?」
『ねね完全に恭ちゃん似だから。最初の子ってお父さんに似るのよね〜』
「だよね〜(笑)めっちゃ俺の遺伝子だよね。めっちゃ俺に似てて可愛いのに…他の男にお父さんて抱きつくとか!俺の立場よ!」
『はいはい。いじけないのー。あ、ももに母乳あげる時間だからもうそろそろ切るね。…でもやっぱ、アレかな。赤ちゃん産まれて不安定なのかもね。子供ってそういうとこ繊細じゃん?ももに母親とられた気がして他を求めた的な』
「あー、そうかも…うん。気を付けるよ。304号室の新倉さんとこの旦那さんらしいから、またママさんに会ったら挨拶しといて」
『304号室ね。わかった。じゃあ、家のことよろしくね。しっかりパパやって認識されてきて(笑)おやすみ』
「ん〜パパ頑張る。ママは無理しないで。おやすみ〜」
電話を切ると、ねねが寝ている寝室に様子を見に戻り、恭也は考える。
昔から、ねねは不思議なことを言う子だった。
『おうち、ちがうの』と、お家に帰ったらただいまだよ。と、何度か教えた時に、そんな抵抗をされたり、『ぱぱはおとーさんじゃない』と言われたこともあった。確かに、パパとお父さんだと、呼び方が違うのだから、まだ4歳のねねからしたら、パパはパパなんだろう。そう思っていたのだ。
「まさひろ君がお母さん…子供の発想力ってすげぇな」
二人目の子供を出産し、入院している嫁の代わりに、4歳になる娘を寝かしつけた恭也だが、子供は突拍子もないことを言うものだとわかっていても、今回のには面食い、動揺したのだった。
何せ、知らぬ男にお父さんとかけよるのだから。
これが変な男だったりしたら、誘拐されかねない。
…割とべったりだったし、パパっ子な娘なのに、愛情不足かと自信をなくす。
可愛い寝顔でぐっすり寝るねねの髪を、邪魔にならないよう耳にかけてやり、おやすみと声をかけてから、食器を洗いに台所へとまた戻った。
寂しくならないように、しっかり見てあげなくちゃな。
「おかーさん!!」
ぎゅっと、おかーさんに抱きつく。
おかーさんじゃないけど、と言いながら男の子が優しくなでてくれる。
「こんばんは。新倉さん。まさひろ君、ねねがごめんね」
ぱぱが困った顔でまたあやまってる。
「こんばんは。真宏にこんな可愛い友達ができるとはなぁ…ねねちゃん、こんばんは」
「おとーさん」
おとーさんも、いる。きょうも会えた。うれしい。
「いやいや、ねねちゃん!こんばんは、だろ?そんでもって、おとーさんはパパのことだからな」
「…こんばんわ」
「ははっ、まぁ真宏のお嫁さんにでもなったら、お義父さんになるけどなぁ〜」
「え?そういうこと?!ねね、まさひろお兄ちゃんのこと好きなのか?早くない?」
ぱぱがすごいおどろいてる。
まさひろお兄ちゃんは、おかーさんのこと。
「うん!だいすき!!おかーさん…」
だって、おかーさんだもん。
ぎゅーってして離れないわたしに、まさひろお兄ちゃんはきのうみたいに困った顔じゃなくて、うれしそうに笑ってくれた。
「そっかぁ。ぼく、いいよ。ねねちゃんのお母さんしてあげるね」
「うん!」
やっぱり、おかーさんだ。わかってくれた。
おとーさんも、ぱぱもこっちみて笑ってる。
「いい子ですね〜。ねねの遊びに付き合わせてすみません。でも、ねね?男の子にお母さんはちょっと変だから、まさひろお兄ちゃんて呼ぶんだよ?」
「なんで?」
「いや、お母さんてのは、女の人でしょ?」
「おかーさんだよ?」
「うーん…」
「ははっ、真宏がなんでかお母さんなんだな」
おとーさんは楽しそうに笑ってる。
ぱぱはむずかしい顔してる。なんで?
「ぼく、おかーさんでいいよ。でも、なのかの前ではまさひろお兄ちゃんて呼んでね」
「なのか?」
「ぼくの妹だよ」
「ももちゃん?」
「ももちゃん?」
「ああ、ももちゃんてのは、ねねの妹だよ」
妹は、ももちゃん。でも、おかーさんがふしぎそうにして、同じこと言ってきた。
ぱぱが、おかーさんに教えてあげた。なのか?
「そうなんだ。ねぇ!見に行こー?」
「うん」
なにを?なのかって、なに?
「ほら、なのかだよ」
ももちゃんのとなりだった。
「なまえ?」
「そうだよ。漢字で書いてるんだ」
よめない。
「まだねねちゃんは小さいから、読めないだろう」
「おとーさんはよめる?」
「ねね…」
「なに?ぱぱ」
「うーん…」
「ははっ」
ぱぱがうんうん言って、おとーさんがまた笑ってる。
「おか…まぁひぉ、おにーたんはよめる?」
「まさにーたんでいいよ」
「まぁにーたん?」
「うん。なのかもにーたんて呼ぶんだ。まだしゃべれないけど。にーたんて呼ばれるんだって」
「にーたん…ねね、ねーたん!」
「おおっ、そうだぞ!よかった。お姉ちゃんなることわかってくれたかぁ〜」
ぱぱがうれしそうにしてる。
「ねねちゃん、あんまりわかってなかったんですか?」
「ああ、はい。ねねはおねーたんじゃないよ?って、ももを見せても首をふって、今まできょとんとしてたんですよ。まさひろ君のおかげでちょっとわかったみたいですね」
「うーん。ねねはねねだよ?ってことだったんでしょうね。と、真宏。そろそろママのとこ行こうか」
ぱぱとおとーさんが話してたら、おかーさん、にーたんにもう行こうって言ってきた。
「うん!ママの友達は帰った?」
「どうだろな。もうそろそろ、帰るだろうし、お礼言いに行こう」
「ねねも行こうか。じゃ、すみません。引き止めてしまって。明日は…」
「いえいえ、こちらこそ。明日も同じ時間帯に来ますので。また遊んでやってください。公民館のサークルでも、ご一緒なるみたいですから、今後も仲良くして下さい」
「あ!聞きましたよ。家内が早速仲良くなったと言ってきましたからね。ご近所のようで、もしかしたら保育園も同じかもしれませんね」
「近くですと、ひまわり保育園ですか?」
「そうですそうです!小学校は南小で?」
「そうです。学区同じですね。家族ぐるみで仲良くして下さい」
ぱぱとおとーさんがなかよしになってた。
「ねねちゃん、バイバイ」
「まぁにーた…ばいばい!」
おかーさんがいちばんすき。
――――――――――
「ねねちゃん!またまさひろ君のところに勝手にお邪魔してたわね!」
「ママ…ちゃんと、おじちゃんおばちゃんに聞いたらいいって」
「小学校からお家までは寄り道したらダメでしょ?一旦家に帰ってから!それと、そんなにお家にお邪魔してたら悪いでしょ?」
小学校1年生になったら、まさ兄ちゃんと朝一緒に行けるようになって、毎日一緒に帰って来れるようになった。
まさ兄ちゃんのお家は、歩いて5分くらいのところだった。ぶんだんは、ほんとはわかれてたのを、ママがまさ兄ちゃんと同じところになるようにしてくれた。
おとーさんのことは、おじちゃんて呼ぶことになった。ももちゃんとなのかちゃんと公民館に行く時、おとーさんのことおとーさんて呼んだら、ママにもおばちゃんにも、毎回おとーさんじゃなくておじちゃんね。って言われたから。
「…ごめんなさい」
「もう、ほんとに真宏君にべったりなんだから。真宏君もお友達と遊ぶ約束あるかもしれないんだから、ねねちゃんもお友達と遊ぶ時あるでしょ?急にだと、時間になっても帰って来なかったらママも心配するんだからね」
「おばちゃんがママには電話したって言ってたよ?」
「そうだよ〜?真宏君のお母さんが電話くれなかったらママねねちゃんのこと探しに行ってたよ?」
「うん…じゃあ、明日はまさ兄ちゃんに来てもらう。いいでしょ?」
「約束もうしちゃってるの?」
「まだ。でも来てくれるよ?」
「はぁ〜、もう、あんまりわがまま言っちゃダメだからね?嫌がられちゃうよ」
「…」
まさ兄ちゃん、わたしのおかーさんだもん。
ねねのこと、嫌いになる?
「ああ、もう。電話またしてあげるから。手を洗っておやつ食べて待ってて」
ママがおばちゃんに電話してくれるみたい。
やった!明日もおかーさんに会える。
手を洗ってすぐにテーブルに置いてるクッキーを食べるのに、椅子に座った。
「…あ、もしもし?佐伯さん?何度もごめんなさい。またねねが真宏君と明日も遊びたいって言ってて」
『あ!そうですか。明日なら用事もないですから大丈夫ですよ。いつでもねねちゃんなら、泊まりに来てくれてもいいくらいですから(笑)』
「悪いわ〜。そう言ってもらえると助かります。でも毎回そっちにねねがお邪魔するのも悪いから、明日はこっちの家に来てくれないかしら?」
『わかりました〜お邪魔させて頂きますね。でもほんと、気にしないで下さいね。ねねちゃんが懐いてくれてるの真宏も嬉しいみたいで、いつもねねちゃんのことばかり家でも話題にしてるんですよ』
「あら、そうなの?うちの子も真宏君の話ばかりするのよ〜」
『ふふ。ほんとに真宏のこと気に入ってくれてて、見てほっこりします。将来のお嫁さんかしらね〜!って主人とも話してるんですよ』
「可愛いわよねー(笑)そうなったら親戚ね!」
『そうですよー(笑)よろしくお願いしますね』
「ぜひ(笑)」
電話を終えると、おやつを食べているねねの前の席へと座る。
「真宏君のお母さん、いいって」
「やったぁ!」
さっきまで叱られてしょんぼりしていたのが、なんでもなかったように嬉しそうなニコニコ顔になった。
「本当に真宏君が好きなのね〜」
「うん!」
だって、おかーさんだもん。
変な顔をされるし、言っちゃいけないのはわかったから、もう声に出して言うことはしなくなった。
「二人がどうなるのか、楽しみね」
ふふっ、とママは笑ってねねを優しい顔で見つめるのだった。
――――――――
「まさ兄ちゃん!おはよう」
「ねね。おはよう」
「今日もねねのお迎えありがとね。二人とも気をつけていってらっしゃい」
「「いってきまーす」」
まさ兄ちゃんが、家まで迎えに来てくれた。
やっと、中学生になってまた同じ学校へ通えるようになった。
まさ兄ちゃんだけが中学生で、寧々と萌々と菜乃花ちゃんで登校するようになった時は、早く1年が過ぎて欲しくて仕方なかった。