第1話 秋雪の空に。
はぁ。疲れた。
俺、神崎悠里は久し振りの外気を思い切り吸う。
冷たい空気が肺を満たす。
秋にしては少し寒すぎるような気がするのは、
三日間も暑すぎる空調の社内に閉じ込められていたからだろう。
やっと仕上げたシステムの仕様変更は、
リリース直前、ビルド中の待ち時間であった。
その電話を取った課長は風もないのに髪が逆立ち、
般若のような形相で抑揚のない冷静な口調で対応していた。
それからは眠ることも許されず
月曜日の朝のリリースまでに仕様変更の修正と単体テスト結合テスト総合テスト。
もう、テスト項目を自分で書いてそのままテスト。
無事に終わり、俺が解放されたのはそれから二日後。
頭は集中が切れ、エナジードリンクの副作用かじんわり痺れるようなぼんやりとした感覚。
ずっとモニタにくっついていたせいか、目の中も熱い。
幸い家はこの道路をまっすぐ言った先だ。(休みでも会社に呼ばれる可能性を考えてなかった新人の頃の俺を俺は恨んでいる。)
道の途中に工事中の看板が見えた。
うーん。ここを迂回するとプラス5分かかるんだよな・・・。
朝早い時間だからか、周りには誰もいない。
看板の先をのぞいて見ても工事中の看板が出ているだけで実際工事をしている人がいるわけでは無いようだ。
足元に注意して、アスファルトが剥がされたジャリジャリした道を歩く。
ふと、ほっぺたに冷たい感触。
上を見ると曇り空から音もなく雪が降っていた。
ああ、だから、寒いんだとぼんやりした頭で思う。
足を下ろしたのに、足の先に地面はなかった。
「は?」
下を見るとそこは大きく暗いマンホール。
掴むものはなく空を切る手はほろほろ落ちてくる雪をかく。
カバンが手から離れ、くたくたのスーツは生き物のようにふわりとなびく。
あー!もう駄目だ!
あー、実家の猫にもう一度会いたかった!
ぐっと身を縮ませ、目を瞑る。
どこからか女の子の声が聞こえる。
「いちめーさま!ごあんにゃーいにゃー!」
・・・
まだ、下につかない。
びゅんびゅん風を切って落ちている感触はあるのに。
暗いはずなのに瞑ったまぶたの隙間から
光を感じる。
それに、なんか、暑くないか?
恐る恐る目を開ける。
「うわああああああーーーーーー!!!」
ここが高度何メートルか分からないが、
広々とした空と海との地平線から
マンホールの中でないことは確かであった。
スカイダイビングの方がまだマシなのではないこと思うくらいの高さ。
雲やら浮かんだ地面やら。
じめーん!?!
すれ違った地面は海に浮く小島のように空にぷっかり浮いていた。
ぐんぐんと地上が近づいてくる。
これならマンホールの方がまだ生きる残る可能性があった。
緑色にしか見えなかった地面の木々がはっきりとしてきた。森のようだ。
駄目元で得意の平泳ぎをしてみる。
まったく何の干渉もない。
近くでドラゴンがたゆたんでいる。
ドラゴン?!!?
こっわ!!!めちゃくちゃこわ!!
フィギュアのようなテカテカした分厚い鱗。
俺をみる瞳は俺の身長位だ。
全長は100メートル位だろうか?
ドラゴンは俺を興味深そうに見つめた後、
何だ面白いやつじゃないやと言わんばかりにくるりと踵を返した。
尻尾の方がぶぅうんと空を切ると
めちゃくちゃな方向へ飛ばされる。
そのまま俺は森の中に落ちていった。