地球人との再会
気象衛星の正しい用途を知っているだろうか。気象観測を行うことを目的に作られた人工衛星で、様々な観測機器を積み込み衛星軌道上を周回している。広域の観測が可能であり、台風観測などにより間接的に人々の命を守る役割も果たしている。基本的に長期間の使用や観測機器の重量などの理由で無駄なものは何も搭載しておらず、無人である。機体の中に人間が、ましてや人間かどうかも怪しい生命体が乗っていることなどあり得ない筈だった。
街角尋は今まさに遅刻の危機を脱しようとしていた。その青年は周りより少しばかり高い背を活かし二つ結びの女の子を捜す。尋はどこにでもいる普通の大学生だった。ただ1つ、異常なまでの宇宙万能論者だと言うことを除いて。顔を上げれば空が広がり、雲を抜ければ星が見える毎日は尋を慢性的な睡眠不足へと誘った。今日も朝から襲いかかる危機は当然それが原因だった。
「尋、昨日もまた夜更かししてたの?確かに星が綺麗なのは分かるけどさ、そんなにずっと眺めてたら飽きるよ、普通。」
「はぁ?じゃぁ、火色は人生に飽きたことがあんのかよ?」
「ある訳ないじゃん。私、こう見えてリア充だから毎日楽しいし。」
「リア充ってお前彼氏いないだろ!嘘つくなよ!」
「最近は恋人がいなくても充実してればリア充って言うんですー!」
ホームで会話を盗み聞きしている高校生が絶対両思いだろ、と思うほどには二人は仲が良かった。そうこうしている内に電車は到着し二人は慣れた足取りで電車に乗り込んだ。天井に釣り下がる広告はいつの間にか新しいものに変わり、二つ前がどんな広告だったかももう思い出せない。日常は記憶をすり抜けるように進んでいく。尋はそれに気付くたびに嫌な思いをしたが、それもまた生まれては消える泡の一つでしかなかった。尋にとっては夜空に浮かぶ輝く可能性が全てだった。宇宙は可能性のインフレーションだと思っていた。
「あ、定期切れそう。この前更新したばっかりな気がするんだけどなぁ」
火色が偶然尋に同調するような呟きを零し、それから電車は目的地についた。
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電車を降りるとそこはもう同じ大学の人 (たぶん)でごった返していた。尋と火色が通う大学はある研究機関に属している付属大学で、全寮制だ。ではなぜ二人は外から通学してきたのか、それは今日が入学式の日で、新学期の1日目で、人生の新たな一歩を踏み出すことを祝うように吹く春の風が気持ちの良い日だからだ。大学に近づくにつれて高い建造物は順番に姿を現す。一目見てそれだと分かる宇宙へ飛び立つための発射台だったり、普通に観光名所として自慢できそうな立派な電波塔だったり、超近代的な建造物が空に向かって幾つも伸びていた。
「本当にこの数年で進歩しすぎだよね、流石に覚悟はしてたけどここまで未来っぽさが堂々と闊歩しているとは思わなかったよ…」
「まぁこんぐらいは当たり前だよね、宇宙に進出するからには。」
「平然としてるねぇ、でも今尋の目は未だ嘗て見たことないほど輝いてるけど」
「ふ、うおおおおおおおおおおお!すっげえ!なんだこれ!宇宙!今まさに宇宙へ近付いてる感じがする!やっとここまで来た!長かったよ俺の暗黒時代、灰色の高校生活。今まさに!桜は咲いた!」
尋がテンション爆上げで花見をしていると、知っている顔の男に声を掛けられた。
「尋くん…だよね?俺の事分かるかな?同じ高校だったんだけど」
「分かるよ。落合陽司くん、だよね?」
「そうそう! 良かったよ同じ高校の人がいて。これで少しは心細さもマシになった。これからよろしく!」
「そうだね、よろしく!」
火色も含めた3人は初めましての探り合いをしている内にいつの間にか大学に着いた。大学、とは名ばかりのバリバリの研究施設に。新入生は大きなホールに集められ入学式が執り行われる予定だが、尋はもうそれどころではない。勿論他の二人もそれなりにテンションはバカ高いのだが、尋は二人の比ではない。これ以上興奮したら昨日ワクワクに身をまかせ勢い余って転んだ時に出来た傷口からまた血が出てきそうな、それ程までに尋は興奮していた。ホールに入るとそこには尋達と同じ新入生(確定)でごった返していた。今年の新入生は全員合わせてだいたい2000人ほどらしい。新入生の中にはオーソドックスな黒髪からそれはもう目立つことに重点を置いた色の髪、何を目指しているのか分からないほど奇抜なファッションの奴もいた。大学なんてどうせ変人ばっかりなんだから俺もその内の一人にしかならない、なんて浅はかな考えの奴が大集合したおかげでホールは個性で埋め尽くされていた。
「大学って……いろんな奴がいるんだね。」
4年前、技術革新が起きた。それに伴って世界は姿を変え、今はその技術革新をもたらした未接触地球外知的生命体の捜索が続けられている。その未接触地球外知的生命体、
Not Contact Extraterrestrial Intelligent Life 、通称【NCEIL】「エヌセイル」は技術革新をもたらした後地球から姿を消してしまった。目下人類は躍起になって彼らを捜索中だが、未だ何の痕跡も見つける事が出来ていない。尋たちがこの春から通う大学が付属しているのは、その研究施設に対してだった。技術革新と言っても彼らがもたらした技術はただ一つ、AIだけだ。しかしそのAIが世界の全てを変えてしまった。それ以降新しく開発された技術は全てそのAI由来のもので、人類の知能は技術面においては何の役にも立たなくなってしまった。全てはそのAIから生み出され、国を動かす政治もAIに任せられた。今となってはマスコミのネタにされる悪徳政治家はAIにその機会を奪われ絶滅してしまった。技術革新とは名ばかりのエイリアンによるある種の侵略行為だった。それを主張する専門家もいたが、何よりも平和が訪れ確実にいい方向へと歩き出した世界はそんな声には耳を貸さなかった。今は2032年、東京オリンピックから12年が過ぎようとしていた。
「あ、あの子可愛い。女子の目からしてもああいう子はやっぱりかわいいの?」
「ん?誰のこと?」
「斜め前にいる黒髪ロングの清純を研ぎ澄ましたようなあの子だよ。」
「あぁ、あの子ね。うん、すごく可愛いと思う。優しそうな人だね。」
「だよね、やっぱり可愛いは何処にいても正義だよなぁ。」
「つまり尋は正義の名の下に今日まで過ごしてきたんだね。」
「いや、火色は可愛いに入るか微妙だな。少なくともあの子の方が正義だよ。」
実際火色はすごく可愛いと思うがそんなことは口が裂けても言えない尋だった。もうすぐ入学式が始まるのか、徐々に係のような人が増えてきて列を整え始めた。列は整った後も相変わらず視界に入るのは個性を持て余したパリピたちで、尋にはそれが少し眩しすぎた。マイクテストも無事終わり入学式が始まった。お決まりの過程を流していき式は順調に進んでいったが、理事長の話になった時ホールはざわついた。それまで興味を向けていなかった者たちも一斉に壇上に視線を送る。
「ようこそ、ユニーバースユニバーシティへ。私の名前は陸海空。この大学の理事長を務めさせて頂いています。ちなみに、陸が苗字で海空が名前です。間違えないように。」
とても理事長とは思えないような若く端正な顔立ちに尋は驚いていた。驚いていたと言うよりも戦慄していた。若いと言っても限度がある。その理事長という生き物はどう見ても25を超えてはいない超美形のベイビーフェイス(イケメン仕様)だったからだ。あまりにも恵まれすぎている。神様はステータスをあいつに振りすぎだ。尋は信じてもいない神様にツッコミを入れてみる。しかし何も起こらない。効果は今ひとつとつのようだ。尋はこの羨ま理事長と直接話をする事になるのだが、それはまた午後の話。
「海空さんイケメンすぎ。何あれ、尋と顔面交換したい。そしたら私絶対尋と付き合うよ、まじで。」
「俺の顔面批判しすぎだろ。これでもなかなか格好いい方だと自分では思っていたんだけどな。悲しいぜ、俺は。」
「尋ってなかなかのナルシストだったんだな、おい!」
陽司が尋の意思を汲み取るようにテンプレのツッコミを入れる。いつの間にか「くん」は取り外されていた。どうでもいいが確かに尋はイケメンだ。おまけに身長も高い方で、宇宙万能論者というトチ狂った哲人変人二枚目気取りでなければ元カノの数は確実に5を超えていたであろう。尋と陽司は同じ学部学科だったが火色は違う学科だった。その為、途中で火色とは別れそれぞれがオリエンテーションを受けるなり友達を作るなりして時間は流れていった。
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緑が溢れる植物園の中、その開けた草原のような場所で3人はそれぞれ今日の自分の動向について話していた。どうやら火色には夏華というとってもキューティーでアクティブな友達ができたらしく、そこら辺は女子のコミュ力と言うものが羨ましくなる。というかホールで尋が可愛いと言ったその子が夏華らしい。尋と陽司はといえばそれぞれが出席番号順のために離れた席に座ることになり、そこで流れるように孤立し自分の不甲斐なさに頭を抱えているのだった。
「尋はこうなる事は分かってたけど、まさか陽司もこうなるとはね。見た目スポーツマンだから結構ぐいぐいいくのかと思ってたよ。今日尋に声を掛けたみたいに。」
「まさか、俺は確かにスポーツマンだけどそれとこれとは別だよ。それに今日の分の勇気はもう朝の尋への接触で使い果たしちゃってたしね……。」
「あれ、そんなに勇気出してたのかよ!爽快クールミントのような自然な爽やかさだったぞ。いや、クールミントの爽やかさは人工だから天然ではない……、ってことは爽快クールミントでいいのか?」
「それは……自分で判断してくれ。」
友達を作るのにはとても体力がいる。頭で色々なことを考えて話をしなければならないし、相手がどんなタイプの人間でどんなベクトルの性格であるかは簡単には探れないからだ。尋は距離を測るのが少し苦手で、いつも友達を作ろうとする時は距離を一気に縮めすぎないようにある程度の距離をおくのだった。しかし、今回はちょっと例外で、陽司もその手の人間だったのだ。そのお陰もあってか尋と陽司は比較的早い段階で距離を測る事ができ、打ち解けるのもまた早かった。サークルをどうするかとか彼女はどうするのかとかそういうこれからの展望について話している時。その時にそれは姿を現した。成層圏でも燃え尽きず、レーダーにも映らず、仕組みの分からない透明化により直前まで姿も見えず、それはいきなり地面から10mほど上で姿を現した。それは尋の知識でもって解釈するとして、どう見ても気象衛星だった。
気象衛星の正しい用途を知っているだろうか。気象観測を行うことを目的に作られた人工衛星で、様々な観測機器を積み込み衛星軌道上を周回している。広域の観測が可能であり、台風観測などにより間接的に人々の命を守る役割も果たしている。基本的に長期間の使用や観測機器の重量などの理由で無駄なものは何も搭載しておらず、無人である。機体の中に人間が、ましてや人間かどうかも怪しい生命体が乗っていることなどあり得ない筈だった。
気象衛星の機体から蹂躙するかのように出てきたその生命体は、一目見て人間と分かるような姿形をしていて、一瞬で人間ではないと分かるような力を持っていた。地球に降り立ったその生命体を中心に半透明の球状の領域が形成され、3人はもれなくその中に入り込む。半透明の球に囲まれた領域はその生命体の所有物となり、3人はそのままその生命体の所有物となった。
その生命体はどう見ても少女だった。しかし3人はそれを普通の少女だとは認めることは出来なかった。淡い水色とピンク、それから紅葉したような赤色の混ざった髪に、そうかと思えば透き通るような黒い瞳。そして最大の違和感、半透明の球状の領域が彼女の位置に伴って移動しているということ。一体あれは何なのか、どういう仕組みでどういう理由なのか。3人に分かることなど何一つなかった。
次の瞬間球状の領域は一気に中心に向かって縮小し、少女の頭の中に消えていった。3人は一切の声をあげることもできず、恐怖になりかけの戸惑いの感情を胸に抱いて少女から目を離せない。それは少女がパタリと地面に倒れこむその瞬間まで継続した。少女が倒れてからは早かった。3人でそれぞれ目を合わせ、疑問の感情を可能な限り言葉にして吐き出す。
「ちょっ、どういうこと!何なのこれ!?」
「気象……衛星?」
「植物園だぞ!?」
もしこれが触手だらけのヌルヌルつるっ禿げエイリアンだったら、3人は力の限りを尽くして走り逃げていただろう。しかし、そこに寝そべっているのは少女だった。一見何の変哲もない大学生だな、という感じの髪色をした少女だった。それも信じられないほど可愛い。こういう時の尋は早かった。即座に警察に通報、それから少女のもとに駆け寄り、少女を助けた主人公のポジションをゲットした。
警察は対応に困っていた。まず一番のネックがこの謎の少女に攻撃の意思があるかどうかだった。下手に助けようとして攻撃を受けてしまう可能性もある。現場を見る限り証言を聞く限り少女は限りなく未知だ。尋は焦っていた。このまま少女が遠い所に行ってしまうのではないかと。大学生になって始まった新生活の中で、せっかく見つけた未知との遭遇もといラブイベント。これを易々と手放す尋ではなかった。幸い警察が駆けつけた時には、気象衛星(?)は再び透明に戻っていて見つかることは無かった。辺りに監視カメラのような物がある様子もなく、3人の虚言妄想のような証言と少女を除いて手掛かりは何一つとして残っていなかった。その結果3人は見事に公務執行妨害の判を押され、理事長室に呼び出される事となった。それにしても、尋は自分で自分の行動が意味不明で、久しぶりに自分の事を心の底から馬鹿だと思った。
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理事長室にいたのは部屋の名前の由来にもなったであろうあの生き物だった。身長187cm体重76kg好きな星座はオリオン座の筋肉も備えたベビーフェイス(イケメン仕様)だった。尋は大層不機嫌な顔をして理事長と向かい合った。火色は火色で少しも物怖じしておらず、唯一それらしい反応を示しているのは陽司だけだった。
「ようこそ、理事長室へ。私がこの部屋の権力者です。まず君たちには出来事の説明をお願いしたい。」
「説明も何も今理事長に話すことのできる事実は少女の存在だけです。それ以上は何も証拠として機能していません。」
「機能しているかどうかは問題ではないよ。私はただあの場で起きた出来事について、君達の目に飛び込んだ景色を説明して欲しいだけだ。」
「半透明の球状のよく分からない何かが少女の頭から出て来て、その中に一度入りました。」
尋は理事長が一体どんな反応をするか楽しみにしていた。こんな話信じてもらえるはずが無いと信じていた。しかし、理事長の反応は尋の価値観を粉々に破壊して3人まとめて硬直させた。3人はあの球状の領域と2度目の再会を果たすのであった。
「それはこんな感じの球だったかい?」