第九十四話:幕間の肆
「オリねえ、わたしに向いてる武器ってなんだと思う?」
「こらエリー、王女様に向かってなんて口を!」
「お母様、問題ないですわ。エリーさんはわたくしの姉弟子、今はそちらの方が大切ですから、そうですね。『ふらんすぱん』なんかはやっぱり鉄板だと思いますよ。パンだけに!」
「カッコ悪い名前にするなら訓練一緒にしないー。これは『べるなーる』なの!」
「可愛いですのに」
――。
あの日、変なお姉さんが宿屋『漣』に押しかけてきてから一週間。毎日毎日私の訓練を見て一緒に付いてくるのをずっと無視していたのだけれど、遂に泣き出してしまった変なお姉さんに付き合って一緒に訓練をしてみた。
すると、変なお姉さんはとても強かった。あともう少しで勝てるうちの町の副隊長なんかは一瞬。隊長すらも軽々と倒してしまったのだ。
それを見て、少しは見直すことにした。
鬼みたいな師匠とは違って、天使みたいだなと思ったのが少しばかり釈だったけれど、今の私ではとてもじゃないけど勝てない強さ。
師匠の強さに追いつくには、良い踏み台になってくれるかもしれない。そう思った。
「変なお姉さん、強い。ししょーほどじゃないけど、見直しました」
「あら、じゃ、じゃあこれからは一緒に稽古をして下さると言うことかしら?」
私の素直な評価に、変なお姉さんは目をキラキラとして答える。
見た目だけならサニィお姉ちゃんよりも可愛い。見た目だけなら。
「うん。わたしの最後の目標はししょーだから、一緒にめざそ? でもまずは、ししょーの教え通りお母さんと女将さんを守れる力が欲しい」
「なら、わたくしのことはオリヴィアと呼んで下さいませ」
「オリねえで良い?」
「勿論ですわ!」
今までずっと、変なお姉さんのことは変なお姉さんと呼んで、いや呼んでなかった。無視してた。
でも、王女様相手に態度が悪いってお母さんや女将さんに怒られてきたけど、変なお姉さんが良いって言うなら良いはずだ。
「じゃあオリねえ、色々武器を試してるんだけど、少し聞いて良い?」
そうして宿に戻って、聞いてみたところ、やはり基本の武器は押さえた方が良いという。
でも、色々な武器を試しているのを見て、一つ思うところがあったみたいだ。
「エリーさんはどの武器も全く同じくらい使えてるのですよね。普通は少しばかり好き嫌いとか、得意不得意があっても良いと思うのだけれど」
「全部好き。全部得意だよ」
「そうなのですよね。少し不思議ですわ」
「不思議?」
オリ姉は私と師匠の手紙を交互に見る。
しばらく悩んだあと、はっと顔をあげてこんなことを言った。
「お師匠様はもしかして、エリーさんのその特性に気付いていたのではないかしら」
「特性?」
オリ姉はここに来てから、師匠のことをレイン様からお師匠様と呼び方を変えた。私が師匠と呼んでいるのを聞いて、羨ましいと思ったらしい。
お慕いするお師匠様にじゅうりんされたいとかよく意味の分からないことを言っていたけれど、女将さんに聞いたら知らなくて良いと言うことだったので、変なお姉さんの変な言葉だと理解することにした。
実際、考えているのはサニィお姉ちゃんの蔦の魔法で縛られてお師匠様にお尻やほっぺを叩かれている様子だったから、本当に変だ。
「お師匠様は隙が見えるのだから、エリーさんの癖を見れば得意な武器くらい分かるはずですわ。でも、これだけの種類を送って来た。そして、全ての武器に名前を付けた。売るのなら10年後にしろと言った。そこから導き出される答えは……」
「こたえは……?」
「全部使えと言うことですわ!!」
「どうやって?」
オリ姉の説得力がありそうな答えに素直に質問すると、オリ姉はお姉さんらしく腰に手を当ててこう言った。
「それは、エリーさんが考えることです。これらの武器を注文したのはわたくしがお師匠様に出会う前なのですから、エリーさんが見つけるべき答えなんですよ?」
「……」
もっともらしいことを言っているけど、心が読める私には分かっている。
オリ姉はとりあえず言ってみただけで、分かっていない。とりあえずお姉さんらしくしたかっただけだ。
「でも、確かにししょーが全部に名前をくれたもんね。やってみる」
「それが良いですわ。それじゃ、お昼を食べたらまた訓練しに行きましょう。今日は北の森に狩りをしに行くのはどうかしら?」
「オリねえと一緒なのがちょっと嫌だけど行きたい」
「ふ、ふふふ。わたくしは負けませんわよ。いつか必ずエリーさんも振り向かせて差し上げますわ」
相変わらず変だけれど、オリ姉の実力は本物だ。師匠に近づく為の一番の近道は、彼女の戦いをよく見ることだろう。
師匠とお姉ちゃんは外国を旅してるみたいだから、今この国で一番強いのはオリ姉らしい。
早く、この人を抜いて、師匠に追いつきたい。
「さ、行きましょう。今日はお師匠様に教わったエリーさん用トレーニングから、始めましょうね」
そんな風に朗らかに笑うお姉さんをみて、私は決意した。