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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第九章:英雄たち
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第九十三話:それは覚悟を伴った一言

「レインさんって、なんであんな往来であんな恥ずかしいこと出来るんですか?」


 ハーフグラスに着いて3週間、周辺の観光地にも行き、魔物の襲撃も適当に処理して、そろそろ出発の時期かと思っていた所、サニィは突然そんなことを言い出した。


「何か恥ずかしいことをしたか?」

「しましたよ! 変態行為を!」

「記憶にないな」


 相変わらずとぼけているのか、本気であれが恥ずかしくないと思ってるのかは知らない。しかし、やはりサニィにとっては普通ではない。


「いきなり抱きしめていっぱい触れ合えるとかなんとか言ってたじゃないですか、もう。おかげで変な都市伝説が生まれてるの知ってます?」

「全く知らん」


 駄目だこいつ。そうは思いつつも、耳に入ってくる情報の中でこれはかなり羞恥を伴う情報だ。聖女像の胸がしぼんでいくことよりも。


「妖怪『女体ソムリエ』ですよ。女の人の目の前にふっと現れたイケメンがいきなり抱きしめたかと思うと、抱きしめた人の体を大声で褒めまくる妖怪。私は恥ずかしいです」

「あれはどっちかって言うとお前のせいだと思うんだが」

「は?」


 やはりレインに羞恥の感情はないのだろうか。

 怒っても「ん?」などと言って首を傾げている。真面目に話す方が馬鹿らしくなるほどに。


「もう、まあ良いです。でも、なんでそんな恥ずかしいことが出来るんですか?」

「そりゃ、理由は簡単だ」

「ほう?」

「時間がないからな」

「……」


 時間がない。そう言われてしまえば、確かに恥ずかしがっている暇はない。

 言われてみれば初めての青春なのだ。それを楽しむのに、少しばかり無理をしてしまっても仕方はない。

 しかし、レインが考えていたことはサニィの考えていたこととは少し違った。


「胸の大きさなどと下らんことに時間を使ってる暇があったら、お前と旅をしたい。エリー達を育てたい。次が続かなければ、俺が死んだらそれこそ魔王が生まれれば終わりなんだ」

「下らんって……。まあ、レインさんの言いたいことは分かりました。でもあれですよ、もうちょっと言葉をですね、気を付けて下さいね」


 結局のところ、この男は本当に胸のことなんか気にも止めていない。それ故に噂の元となった往来での発言も本心なのだろう。


「二人ともが幸せでなければ、か。レインさんが無理矢理迫ってこない理由はそれなんだろうな。隙が見えるんだから本気出せばいつだって嫌がらせずになんだって出来るはずなのに」


 最近はよくおぶって貰ってたけど、自分から言うことも多かったし、緊急だし。

 表現は下手だけど、ちゃんと自分のことは考えてくれている。見守ってくれている。

 サニィはそんなことを思っていたのだが。思っていたつもりだったのだが。


「まあ、そういうことだ」

「え……? き、聞こえて、ました?」

「ああ、普通に声を出してたからな」

「……ばか!!」


 結局こういうよくある場面で自分が怒ってしまう所が、むしろ問題なのかもしれない。

 レインは確かにいつも、ストレートだ。

 「時間がないから効率的に行こう」いつか、修行の時に言っていた言葉。

 結局のところ効率が落ちているのは、きっと能力を使っていない分の愛嬌だということだ。

 でも、もう出会ってから1年。そろそろ、言ってみても良いだろう。

 サニィは覚悟を決めると、遂にその言葉を口にした。出来る限りさり気なく、出来る限り普通を装って。


「はあ、まあ、私もレインさん好きですから。でも、あんま変なことしないで下さいね」

「ああ、知っていた」


 この男……。自分がどれだけの覚悟をして言ったかも知らないで……。

 そんなことを思ってしまうが、次いでレインが言った言葉は、サニィの覚悟に見合った価値を持っているものだった。


「一つ、懸念がある。これから先、お前は少しばかり大変な目に合うかもしれない。だが、俺が必ず守ってやる。――」


 その時レインが言った言葉の意味を、サニィは深く知っていた。

 いつも、両親から言われていた言葉。

 それこそ、きっと、人を守るためにある言葉だった。

 しかしレインの放ったそれは、両親からいつも言われていた言葉と、意味は同じだけれど、響きは全く違う。響は全く同じだけれど、意味は全く違う。何かが同じで、でも、何か確実に違う。

 不思議なものだった。

 両親の笑顔を思い出すと同時に、惨劇を思い出してしまう。しかし、それを更に塗り直す様に、幸福色が染めていく。


 ……。


 でも、そんな目の前の男とは、あと、4年で別れなければならなくなってしまう……。


「……。泣くほどか」

「もう、うるさいです。私だって、私だって……」


 そのままレインの服の袖を掴んで俯いてしまうサニィに、青年は何も言わずに寄り添った。

 全く、空気が読めるのか読めないのか、本当に困った男だ。

 しかし、確実に、その日二人は一歩を踏み出したのだった。

 見た目の仲の良さは変わらないけれど、本質の部分で触れ合った様な、そんな一歩を。


 残りはたったの4年。

 幸福な者達にとっては、本当にあっという間の時間。だからこそ、レインは言えなかった。219日の後、起こり得る最悪の惨劇を。


 残り【1452日→1438日】 次の魔王出現まで【219日】

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