第九十話:気持ち悪い不屈の男は
さんさんと照りつける太陽の下、とても陽気なある日の午後、二人は一人の男に絡まれていた。
二人の歩く速度は1日辺り250km程。常人からしたらあり得ないスピードで歩きながら大陸を縦断している。
そんな最中、その男は一切二人から離れることなく、絡んでくる。
「なぁなぁ、頼むから話だけ聞いてくれって。ちょっと、ちょっとだけで良いからさ」
当然ながらレインは無視し、サニィもその男の必死さが恐ろしく無視せざるを得なくなっていた。しかし、男は付いてくる。
「な、こぶふぁっ!!」
いよいよ我慢出来なくなったレインが手を出すが、男は直ぐに起き上がると再び絡んでくる。
「なあって、少しだけ話を聞いて欲しいだけなんだって、ほんの少し、先っぽだけで良いからさぁ」
「なぁサニィ、こいつ殺して良いか?」
「え、えーと……、レインさんが決めて下さい」
いよいよ鬱陶しくなったレインが剣を抜くが、男は一瞬怯むものの絡みを止めない。余りにも必死。
このクソ野郎は今までもこんな手段で世の中の女性を怖がらせて来たのだろう。一体どれ程の人が被害にあったのか、考えれば殺してやるのが真の救いではないかと思ってしまう。
「あ、わ、忘れてたけどおらは勇者ゲンゾウ。不屈の能力を持ってる。なぁ、聞いてくれよ。あんたら強いんだろ?」
男に絡まれ始めてから早3時間。そろそろとレインが剣を構えようとした所で、男はようやく名乗りを上げた。
これまで3時間もの間、この男は自己紹介も話しかける目的も話さず、ひたすら「なあ聞いてくれよ」と繰り返して来たのだ。
何度殴っても起き上がってくる恐怖からサニィは怯え、レインはイライラの頂点に達しようとしていた。要するに、イラっとしたから殺人をしかけていた。
「実はさ、おらの村が魔物の群れに襲われて、みんな連れ去られちゃったんだぁ」
「そうか。それならもう死んでいるな。天国へ行けるよう祈っておく」
「ひ、ひでぇ……。おらがこんなに必死に話してるのに……」
「お前な、頼むならもう少し工夫をしろ。何処の村だ。間に合うなら助けてやる。間に合わないなら祈ってやる。まあ、間に合わないのならそれはお前のせいだったかもしれないがな。ついでに鬱陶しければお前を殺す。さあ話せ」
結局の所、本当に困っているのならば助けるのがレイン。そんなことは分かっていたので、サニィも声を上げず頷く。もちろん、レインの後ろに隠れて。
「おら阿保だからさぁ、上手く話せねえんだよ。で、少し聞いて欲しいんだけど」
「同じことを繰り返すな!! 死にたいのか!? 村の位置は?」
「ひ、あ、会った所から10km右」
「敵の魔物はなんだ?」
「分からねえ……」
「よし行くぞサニィ」
レインはほぼ完全な空間把握能力を持っている。
10km右の意味は全く分からないが、サニィの今の探知能力ならば把握可能圏内。
会った場所まで走れば全てのカタがつく。
男に最初に会ってから既に3時間、95km程も移動している。これから戻るのに、サニィに肉体強化のバッファーを貰っても45分程はかかってしまう。そこから探すとなると、4時間のロス。
「ほぼ確実に間に合いはしないだろう」レインはそう言い残すと、サニィをおぶって全力で駆け出した。
男をその場に置き去りにして。
――。
「人を攫う魔物か、心当たりはあるか?」
「オーガ、は殺して持ち帰るんでしたっけ?」
「そうだ」
「同じ食人系のトロールは?」
「あれはどちらかと言えば戦闘そのものを楽しむタイプだったはずだ」
「知性の高いオークとか、ドラゴン?」
「オークはともかくドラゴンはないだろうな」
いくらか考えてみるものの、二人にはそんな魔物に心当たりはない。
基本的には魔物は人間を殺すことを本能としている。ドラゴンなどのように知性の高い魔物であれば、散歩と称して人里を荒らすことも十分あるのだが、知性の低い魔物は殺戮そのものが目的だ。
「まあ、着けば分かるか」
結論は結局のところ、それだった。
間に合うか間に合わないかで言えば間に合わないだろう。しかし、一応は世界を救う勇者と謳っている以上、魔物に困っている人間がいるのならば見過ごせない。例えどんな結果になったとしても。
それが、二人の生い立ち上、強迫観念にも似た信念だった。
全力で走って40分、先程の合流地点に戻ってくると、さっそくサニィが探知を開始する。
「俺たちは北に向かってたから取り敢えずは東だ」
「はい。んー。あ……、これは……」
「どうした?」
「東、少しだけ北に12kmの所に集落が。でも、全滅してます……」
「連れ去られたんじゃないのか? 仕方ない、行こう」
村に着くと、そこは100名程の村だった。
あまり大きくない森の中、少しだけ開けた土地に建てられた家々、そのどれもが、腐食していた。
家の中外問わず置き去りにされている死体はどれも損傷が激しいものの、殺されてからまだ半日も経っていないだろう。
村の各所には、死体を引きずった様な跡がいくつも付いている。
それは出入り口まで伸び、不自然にも二つある出入り口のどちらにも、死体が村の方を向いて横たわっている。
「うっ……」
「大丈夫か? 無理せず外に出てると良い」
「いえ、むしろ近くに居て欲しいです。……おんぶ」
「ほら」
いつになく自然に甘えるサニィに、レインも自然に答える。緊急事態だ。ラブコメをしている余裕はない。
「…………酷いですね……。でも、これは」
「ああ、残念ながらあの男が黒だ」
「ごめんなさい。気持ち悪くて気付きませんでした」
「あれは仕方ないさ……。さて、一先ずはここを片付けるか」
二人はそうして、全ての死体を破壊して、燃やし尽くした。