第七十三話:その後彼らは
死への恐怖が増大する呪いと反対、死への恐怖が希薄な人間も居る。
怖いもの見たさ、好奇心が死への恐怖に勝る者も少なからず存在するのだ。
今回それを見ていたのは、そんな者達だった。
「伝説の勇者と命を賭して戦った聖女。たった一人でドラゴンを討伐した者が二人、か」
「随分とまた、お祭り騒ぎですね。私が生き返ったところを目撃した人は居なくて良かったですけれど」
「レイン様、お姉さま、沈静化致しますか?」
今回の討伐は一応、騎士団総出でかかると言うことになっていた。
それでも街に被害は出るかもしれない。いくら王都の防衛網とは言え、ドラゴンは通例で言えば追い返すだけで精一杯。二頭も同時に来ると分かっていれば遺書を書いて祈るのみ。そんな人も多くいた。
しかし、それが街には一切の被害なく討伐されたのだ。しかも、聖女命を賭して倒したドラゴンは70m級、レインが倒した方に至っては90m級。それ一頭で王都が壊滅してもおかしくないレベルだった。
グレーズ王国は英雄に守られている。守護神が居る。
そんな風にお祭り騒ぎになったとしても、何らおかしくはない。
「良いさオリヴィア、次代の英雄は順調に育っているだろう?」
「あ、は、はい! 頑張りますわ!!」
「エリーちゃんも居ますしね。でも、それにしてもですよ」
王達との会議で、魔王出現のことは公表しないと決まっていた。
ドラゴンでこれだ。魔王が出現しただけでも世界の終わりだと大騒ぎになるのに、それが既に討伐されているなどと聞いたら、お祭りどころの騒ぎではなくなるだろう。
しかし、サニィが気になっているところはそれではない。
「【聖女様を讃える会】ってなんですかね……」
「な、なんのことでしょうか……。全くわかりませんわ??」
「……」
オリヴィアはとぼけるが、レインは一瞬で全てを見抜いてしまった。
こいつ、演技が下手くそ過ぎる。そんなことを思ってしまうが、サニィが生きていることは隠している様だ。それならば問題はなかろう。
「うーん、距離も結構ありましたし、あの戦いの中で私が砂漠の聖女だと見抜くなんて、普通じゃないと思うんですけど」
「え、ええ。そうですわね。な、なんででしょうね、えへへへ?」
「……」
こいつ……本気で分かっていない……。
それはレインにとって衝撃だった。サニィはそもそもオリヴィアを疑ってすらいない。気づく気づかない以前の問題だ。
流石にそれに心苦しくなってきたのだろう。もしくはレインのジト目が辛かったのだろうか。オリヴィアはすぐに吐いてしまった。
「ご、ごめんなさいお姉さま。わたくしが会長です……」
「えっ……い、いつの間に? ずっと私達と一緒にいたのに」
「えへへへ、王女の嗜みで……その、あの、お姉さまの素晴らしさが広まっていらしたので、あの……」
つい、出来心ということだろう。
「……はあ、まあオリヴィアの創った会なら良いよ。ちゃんと纏めてね。でなかったら」
その言葉に、オリヴィアはびくっと肩を震わせる。そのサニィの優しい目には覚えがある。
あの時、ドラゴン戦の前夜、二人をストーキングしていたのがバレた時のレインと同じ目だ。
「…………でなかったら……?」
「隔離」
――。
会議室、ドラゴン騒動も一段落し再び纏まるのかどうかも分からない会議が開かれる。
議題は『今後の魔物への対応策について』
レインとサニィは呪いの関係上、旅の目的上、そして魔王の狙い上もうすぐ国を立たなければならない。
それを騒動の後、皆に伝えていた。オリヴィアは寂しそうだったが、戻ってきた時にはレインを戴く等と再びサニィに宣言してそれを飲んだ。
この国で現状一番強いのは二人を除けばディエゴ。次いでオリヴィア、5人の精鋭達、そして王と言った順になっている。二人が国を去れば強敵が現れるリスクは下がるものの、それで魔物の驚異がなくなるわけではない。緊急事態とは言え二人がドラゴンを倒してしまった以上、半端な戦力で対応してしまっては国民の反感を買ってしまうことになる。
一度広まった噂は止められない。英雄が居るからこの国は守られる。今後、そんな雰囲気に国中が包まれることになるからだ。
「一番の問題はやはりオリヴィアがただ一人の王女と言うことだな。基本的には戦うことが許されない」
「ああ、それ――」
「ええ、そうですわね。わたくしも国を守りたいのは山々なのですが、常に前線に出ることなど出来ません。わたくしは最終防衛ラインとしての努力を重ねますわ」
レインの挙げた問題点に王が反応するが、即座にオリヴィアが被せてしまう。
聖女様にやられて以来、王の王室内での地位は落ちていた。発言させるのは最後で良いだろう。そんな雰囲気が流れている。会議中は基本的にオリヴィアとレインとサニィが交わることしか考えていない。そんなポジションになっていた。
とは言え彼は国王としては有能だ。最終的な判断は王に任されることになる。
「私の魔法書、途中ですけど写しを渡しますね。今回のドラゴン討伐で一つ分かった事実があるので、それも記しておきました。魔法使い部隊の編成も視野に入れておいて下さい」
「あの、オリ――」
「ほう、新しい事実か。どんなことだ?」
「魔法は道具を増幅器にして使うと以前言いましたけど、今回の最後の爆発、あれは少し違いました」
「あの、せいじょさ――」
「あれは私の体を触媒にして魔法を使いました。マナと同時に物質を触媒として消費することでも魔法を行使出来ることが分かりました。道具を失ってしまった場合でも、少量の触媒を持ち歩けば戦闘が続けられます。更に詳しいことはもう少し調べる必要がありますけど。
ただ、少しばかり限定的です。現状分かっていることとしては、触媒を使う魔法は拡散系の魔法のみです。消費するというよりも、その触媒を分解して変換して拡散する様な魔法、ということでしょうか」
「……なるほど」
相変わらず無視される王を置いてレインとサニィは話を続ける。ディエゴもそれに関心深く頷き、サニィの書を受け取った。
現状戦闘向きの魔法使いは居るものの、基本的に固定砲台に近い役割を与えられている。戦士が戦い、その背後から魔法使いが広域魔法で殲滅する。マナが切れれば戦士を残して回復に努め、再び戦場に出る頃には大抵の場合戦局は終わりに向かっている。
魔法使いのみが残れば敗北、魔物が少なければ勝利。
そんな世界の中で、サニィの書はその戦局を大きく変えるだろうことが記されていた。
マナの節約方法、出力の強化方法、そして、魔法使い単体の戦術。
「これの一部が既にサウザンソーサリスのルーカス魔法学校では実践されている。まあ、検討しておくと良い」
「了解した。お前とサニィ君のお墨付きなら間違いも無いだろうしな。さて、騎士団もお前のおかげで随分と成長しているが、やはり最も強いのが私と言う点で少しばかり問題が見えるような気もするな。あのサイズのドラゴンが再び来てしまえば勝ち目がない」
今のところの希望はレインが贔屓する程の女児、5歳のエリーと、まだまだ成長するだろう王女オリヴィア。彼女達二人は現状ではそれぞれの理由で戦うことが出来ない。いくら強いとは言っても、たった一人の王女を戦わせるわけにはいかない。
そんなことを思っていた所、王が遂に発言を許された。
「あ、あの、勇者レイン、ディエゴ、ちょっと良いか?」
「なんだ? 副会長」
王の問いに、ディエゴが答える。
副会長。もちろん、【聖女様を讃える会】だ。この王はこともあろうか、そんなものに入っていた。
それがバレた以上、こんな扱いも仕方がないものである。
実は王妃も副会長なのだが、生憎彼女の演技は一流、気づかれてはいない。オリヴィアの演技下手は、王の血だった。
王は告げる。最早威厳も何もない声で。決して仲間内でしか見せない態度で。
「あ、あの、子どもが出来ました。ババ様の予言では、男児と言うことです」
その一年後から、謎の女勇者の噂が王都中に広まることになる。