第百八十四話:召喚した魔物
戦闘のさなか、サラはあることに気づく。
クラウスの戦いはただただ圧倒的だった。
大剣を主軸にした膂力に任せた戦い方ながら100mものドラゴンと真正面から打ち合う怪力と、英雄から習った高度な剣術、加えてクラウス自身の容赦のなさが如何なく発揮された戦闘でマーマン達を文字通りちぎっては投げちぎっては投げの殺戮。
ドラゴンのシロはドラゴンらしく己の硬さをと大きさを活かした肉弾戦に加え、広範囲を一気に焼き尽くすブレスと、ドラゴンらしく高度な魔法を併用した圧倒的な力を発揮していた。とは言えマーマンも海に住む高度な知能を持った魔物らしく、ブレスには波を作り出して対抗するなど多少の抵抗はしてみせる。
どちらが多く倒したかと言えば流石に広域殲滅が可能なシロの方だろうが、間合いに入った瞬間に何の抵抗も出来ずに即死させられるクラウスの方に恐怖を感じるマーマンも多かった様だ。
サラが気づいたのはそんな圧倒的な殺戮の間、定期的にマーマンを食べていたことだった。
しかも食べることによって殺すというわけではなく、わざわざ手間をかけてでも食べようとしている様子。
そんな姿に、サラが疑問を持つのは当然のことだった。
「マナ、シロがマーマンを食べてるけど良いの?」
「うん。シロがたべたのはまなにもどってくるから」
「え、ってことはマナがわざわざ食べなくても良いってこと?」
「んーん。まながたべないとだめなこともあるの」
曰く、魔物は存在そのものが奇跡だ。
人間に宿る陽のマナは身体能力の向上とともに一つの超常の能力を授ける。
対して魔物はとりわけ超常の能力を持たず、高い膂力のみの存在だ。特別なことがあると言えば、世界の意思に完全に支配されず自我を持っていることだろうか。
彼らは種族差と呼べる程度の特殊な能力こそ持っているものの、魔法や勇者の奇跡の様な超常現象を引き起こすことは出来ない。
そもそも魔法は最古の魔物であるドラゴンが生み出したものだった。
生まれながらに人間よりも高い知能を持つ彼らは、起こせない奇跡の代わりに大気に広がる陽のマナを利用し、奇跡を呼び起こした。元々翼こそあったものの飛べなかった彼らが空を飛ぶための魔法を生み出したのは言わば必然であり、意図されたものですらあったのかもしれない。
そしてそれを模倣することが出来たのが人間の魔法使いだ。
これらは、サラが元々英雄たちが世界の意思と接触して聞いていた内容からも知っている。
その上で、マナが直接食べる必要がある理由はなんだろうか。
いや、それよりも魔物が食べる理由を知れば分かることだろう。
「じゃあ、なんでシロは魔物を食べてるの?」
「たべないと、きえちゃうから?」
「実体を維持出来なくなるってこと?」
「うん、そう」
聞いて、なるほどと思う。
つまり召喚されたシロは魔物達が等しく持つ奇跡を失っているのだ。
それは命令に対して絶対服従であり、命を持たない存在であるということ。
「もしシロが負けたら?」
「もどってくるよ。まただせるけど、一回はもどってきちゃうの」
それはきっと、魔物の召喚という魔法を使える様なものなのだろう。
召喚した魔物が野生の魔物を喰らい、制限時間を延ばす。
「あれ、じゃあ結局マナが食べないといけない理由はなんなの?」
「まながたべないとだせないの」
出すとは召喚のことだろうか。
ということは、マナが食べればそれを召喚出来て、魔物が食べれば制限時間を延ばせる。代わりに魔物が食らった魔物をマナが召喚することは出来ない。
そこで、ふと一つのことを思い出す。
「シロが魔物を食べても、マナが食べたみたいに陰のマナは逃げてくの?」
「うん。せまいけど」
「せまい、かぁ」
「はなれててもたべたばしょからからマナにかってにながれてくるから。出してるだけでもちょっとずつもどってきちゃうのといっしょなの」
マナが直接喰らうよりはその驚異を受けにくいということだろうか。
常に陰のマナは召喚した魔物からマナに戻ろうとしている上に元よりも弱いのならば、確かに魔物に対して絶対的な力を持っているマナよりは低い影響しか与えられないのだろう。
それでも、魔物が喰らうことで穴が空くのならば。
昨日クラウスが独り言の様に呟いていた言葉に対する対策を打つことが出来る。
『海の中の魔物はどうやって殲滅すれば良いんだろうか……』
サラが落ち込んでいる間にも考えていたクラウスが言っていた一言。
どうすれば良いのか想像もつかずに一先ず置いておいた問題だった。
とは言え、それも今すぐに解決するわけではない。
「マナ、戦いが終わったら少しクラウスと相談しよう。海の魔物も殲滅しないといけないから」
「うん」
世界の意思の知識を持ちながらもまだ五歳児から変化の見えないマナには、どうしても全ての解決策を見い出すことは出来ない。
マナは既に、世界の意思とは完全に分離した一人の幼児だった。
だから作戦はみんなで考える。
二人にとってもマナは既に子どもだったのだから。
笑顔で頷いているマナを見ながら、サラはそんなことを思っていた。
戦いが終わったのは、それからすぐのことだった。




