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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第七章:魔物殲滅へ
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第百八十三話:秘境である理由

「なるほど、そういうことか」


 夜、そろそろ寝ようかという時間になってクラウスが呟いた。

 見晴らしの良いこのビーチでは探知を最小限にしていた為、サラは「どうしたの?」と訪ねてしまう。

 海は月明かりこそ反射していたものの、おおよそ真っ暗と言っても良い様相。

 クラウスの視線が海の方を向いていることに気づいて、探知をそちらに向けてみる。


「ああ、……困ったねこれは」


 改めて海を見てみれば、海に射す月明かりを遮る様に無数のシルエットが見て取れた。

 その数は、少なく見積もっても一万は超えるだろう。

 クラウスは殺気を素早く感じ取る。長年のエリーの訓練によって獲得した、野生の勘の様な才能。それがこういう時にはとても役に立つ。

 先ほどのクラウスの納得は、つまりこの美しい秘境をエイミーが避け、あえて何もない土地に狛の村を作った理由を表していた。

 例え村の中に魔物が現れたとしても殆どが弱小の魔物でしかない何もない土地と、昼間は殆ど危険もない三方を山に囲まれた美しい湾ながら、夜になれば少なくとも一万の魔物が押し寄せるビーチ。

 住んだ場合の安全性は、比べるまでもないものだった、


「サラ、とりあえずマナと避難してくれ。この状況では流石に僕が出るよ」

「うん、了解」


 同時にクラウスの宣言にもサラはすぐに頷く。

 狛の村に行くまでの道中、サラはクラウスに殆ど戦わせなかった。

 その理由の大半は、元々自分のちっぽけなプライドを守る為のもの。

 狛の村の現状を知って、エイミーを救って欲しいというディエゴの願いを聞いて、他にも魔物で苦しんでいる人が世界には多くいるんだと想像してしまえば、自分のプライドがいかに小さいものなのか流石に理解できてしまう。

 もちろん、それにすんなりと納得した理由は『何もない土地』での勝負も理由だった。

 これから先、ただ落ちていくだけのはずの魔法使いの力で、クラウスに圧勝してしまった。

 それはサラのちっぽけなプライドを、とてもささやかに守っていたのだ。

 どれだけクラウスが強くなって、また自分が弱くなっても、できることとできないことがある。

 それをその身で実感したサラは、もうクラウスを止めるつもりはなかった。

 むしろ、エイミーを救うため、困っている世界の人々を救うため、自分のプライドを捨てようと、驚く程にすんなりと決意出来ていた。


 サラはこのほんの少しの期間で小さく成長していた。


 腰のタンバリンを手に取ると、先ほどまで目を擦っていたマナがいつの間にか海の方を見て目を輝かせているのに気づく。


「マナ、危ないから避難するよ。ここは一旦クラウスに任せよう」


 そう言って、空いた左手でマナを抱こうとする。

 しかしマナは、その手を避ける様に前に出た。


「まなもやる」


 突然の発言に驚きつつも、その理由をサラは知っていた。

 マナは始まりの剣として、自分が食べた魔物を隷属化する力がある。

 何もない土地で戦っていた時にも、食べたゴブリン等の魔物を数匹生み出しては遊んでいたという話を聞いている。

 マナの世話はその際英雄の一人であるエイミーに完全に任せていたので、どうしたものかと思いながらも何も言わなかったのだ。

 誰よりも陰のマナを憎み、誰よりも魔物を殺したいと考えているエイミーがそれを容認していた為に、何も言えなかったとも言える。

 曰く、元々の魔物よりも弱い代わりに、完全な制御下にあるらしい。

 つまり敵味方の区別さえ付くのなら、出して貰っても構わないだろうというのが、エイミーの結論だった。


 一つの問題があった。

 目の前の一万の大群だ。

 マーマンとその亜種達。地上では一体一体はオーガと大差無い強さながら知性は人間並みで連携も上手く、水中に引きずり込まれた際の驚異は一体一体ですらデーモンを軽く上回る。

 つまり、生半可な戦力は単なる足でまといにしかならないということ。

 出せる魔物は一つだけだった。


「シロ、だしていい?」


 シロ、マナが今までに食べた白い魔物は一匹だけだった。

 それは当然、以前クラウスか勝てなかったあの魔物だ。


「クラウス、大丈夫?」

「一人でも行けるけど時間はかかるな。マナ、シロを出したら直ぐに避難してくれよ」

「うん! でて、シロ」


 元気よく返事をすると、マナの体は闇夜よりもなおどす黒い瘴気を吐き出し始める。

 それが徐々に形を成すと、月明かりを反射する白銀の竜へと変化していった。

 全長およそ80m。硬質で美しい鱗に包まれた、マナに食われ意思を思い出させる為に生まれた奇特な魔物。

 全ての魔物達の中でも特別に賢く、それが故に世界の意思の意図を汲み取ることが出来た、言わば魔王の眷属。

 そんな一匹のドラゴンが、クラウスと同じく一万のマーマン達に向かって現れた。


『ああ、主も大変だな。小さなマナ程大きな意思を理解できずに歯向かう。魔物に自我なんてものを付けるからこうなるのだ。逃げておれ』


 面倒くさそうに、シロと呼ばれたドラゴンは語った。

 創造主に対する文句を言いながら、それでも逆らうつもりは無いと伝えるように尻尾を揺らす。

 それを見てサラはマナを抱えて少し下がると、タンバリンを二回叩いた。

 すると、みるみる内に直径にして15mはあろうかという巨木が砂浜にそそり立つ。

 その頂点、高さ100mにもなる場所で、サラはマナを守る為に周囲を警戒しはじめた。


 そこからの戦いは、当然ながら圧倒的だった。

 サラも戦いをサポートしようとクラウスとシロの戦いを見ていたがそんな必要は全くなく、やるとすれば、逃げ出そうとしたマーマンの後ろの珊瑚を隆起させて浜辺に追い返したくらい。

 どれだけ一万の群れが厄介だとしても、所詮は100mのドラゴンと互角に戦う男と80mのドラゴンという圧倒的な個体を前に、出来ることなど何も無いに等しいのだった。

 言ってみれば、クラウスが取り敢えずと買った大剣は200匹を屠ったところでぽっきりと折れたことが、そのマーマン達の強さを物語っていたのだろう。


 もちろん、朝になって海を見ると、そこには美しいビーチなど影も形もなくなっていた。

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