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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第六章:魔物と勇者と、魔法使い
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第百八十話:あとすこし

「いや、クラウス、狩人の才能皆無だね……」


 サラが呆れた様に言う。

 魔物狩りの勝負を始めて一週間、クラウスは一度としてサラどころかディエゴにすら勝てていない。

 毎日サラがトップで大きく離されてディエゴ、そしてそれよりも更に離れてクラウスとなっていた。

 以前グレーズ王国に居た際にした勝負では、十五歳を過ぎた辺りからクラウスが勝ち続けていたが、あれはなんだったのかと思うほど。


「これか。以前エリー伯母さんがクラウスなら一人で旅に出ても絶対安全なんだって言ってた理由は……。僕は魔物に襲われない勇者なのか……」


 マナを連れて一年以上が経っている。

 クラウスは久しく忘れていたある感覚を思い出していた。

 それは、今まで生きてきた二十年近く、魔物に敵意を向けられることがかなり少なかったということだ。

 全くのゼロというわけではない。例えばジャガーノートやデーモンの様な誰彼構わず喧嘩を売る連中はクラウスを見かければ襲ってくる。

 それでもよくよく考えてみると、今まで自分に向けた殺意を魔物から感じたことは、それらの生まれつき見境のない魔物だけだったのでは、と思い出す。


 そんなことで出た推論が、『魔物に興味を示されない力』があるのではというもの。

 もしもそれが勇者の力であるなら、がっかりもがっかりだ。


「いや、それはどうなのかな」


 軽く落ち込んだ様子のクラウスに、サラは苦笑いで返した。


「しかし殺意にはよく反応していた。俺やサラさんに向けられた殺意にすら反応して倒していただろう?」


 二人のやり取りを見て、ディエゴがフォローのつもりかそんなことを言いはじめる。

 それはディエゴから見たクラウスの戦闘能力の高さの一つの要因だった。

 呆れる程に殺意に敏感な反応を見せるクラウスに、何匹の魔物を取られたことか分からない。正確には取られたと言うよりも、クラウスを挟んで反応した魔物をクラウスが倒しただけなのだけれど。

 ともかく、クラウスは他人に対する殺意にすら敏感だった。魔法使い程広範囲を索敵できる訳ではなかろが、それでも目に見えず、音も立てていない近くの魔物にスムーズに反応する程度には。

 きっとそれがかつて国にいた頃サラに勝てた理由なんだろう。近くに街があれば、魔物は常に殺気を纏っている。

 今回はマナからも大きく離れた魔物をも相手にした結果、サラやディエゴが近づかない限りは目視で確認する以外に無かった、という訳だ。


 そしてその殺気を感じる力には、一つ明確な理由があった。


「ああ、それは訓練のおかげですね。寝てる最中に殺意に反応出来なければ、そのまま突き刺されるって訓練がありましたから……」


 クラウスは遠い目をして言った。

 真夜中に音もなく忍び込む伯母さんに、何度突き刺されたことか分からない。

 あの黒いシルエットの直剣は一種のトラウマだった。


「恐ろしい訓練だな」


 殺意を向ける、向けられる、人を殺したことがある。

 どれだけそれを積み重ねても、自分が直接的な痛みを受けるのはまた少し勝手が違う。しかもそれが訓練という、ある意味善意に基づいたものなのだから尚更だ。

 しかも隙を突いて行われるエゲツない行為。

 自分がしてきたこととは別の厳しさをクラウスも受けていると知って、ディエゴもまた遠い目をした。


「今思えば伯母さんは僕を刺したかっただけな気もするんだけど」

「いや、あれは本当にクラウスの為なんだよ。理由は教えないけどさ」


 はあ、とため息を吐くと、サラはそんなことを言う。


「こんな感じで誰も教えてくれないんですけどね」


 いつものことだった。

 定期的に突き刺されては、クラウスの為だと母すらも口を揃えて言う謎の訓練。

 それは殺意に敏感になってからも、まるでエリー伯母さんのいたずらかの様に行われていた。


「でも、不思議と次の日からは気持ちが楽になるんですよね。なんなんだろう。あの黒っぽい剣」


 そこまで聞いて、ディエゴはピクリと反応した。

 毎日少しずつエイミーには世界の詳細を聞いている。

 その中で思い当たる節があった。


 刺されるとすっきりする黒い剣。

 定期的に刺さなければならない理由。

 そして今はそれを止め、自由に旅をさせている理由。


「ははは、俺はなんとなく理由が分かった。この歳まで待つとは、やはり愛されてるなクラウス」


 それはきっと、クラウスに選択肢を与える為の行為だ。

 世界のことだけを考えれば、殆ど必要のない英雄達の優しさ。

 いや、もしかしたらそのせいでクラウスは苦悩に苛まれるかもしれないけれど、それでも。

 きっと、彼女達にとってクラウスは世界よりも大切だったのだろう。


 そう思い至って、ディエゴは笑った。

 その未来が幸福に満ちることを望んでいる。何故ならクラウスは、自分と似ているから。


「え、教えて下さいよ」

「いつか分かるだろう」


 まるで分からないと言った様子のクラウスに、ディエゴはとぼけるように答えた。

 全く教える気はない。

 赤の他人が教えて良いことではない。

 そんな決意と共に。


「はあ、なんなんだ。なあマナ」


 よっぽど嫌な思い出だったのか、再度ため息を吐くと、クラウスは腕の中でずっともぞもぞと落ちたかなあマナを見た。


「おじさんかじっていい?」


 マナは瞳を輝かせてディエゴの方に手を伸ばしている。

 ディエゴがおじさん……と呟くのが聞こえたが、問題はそこではない。


「聞いてないな……。ダメだよマナ。ディエゴさんは魔物じゃない」

「うーん。うん」


 あまり納得がいかない様子のマナに苦笑していると、ディエゴもまた苦笑しながら言った。


「もし俺たちが暴走した時には容赦なく齧ってくれ」

「うん!」


 元気に返事をするマナを見ていると、何か色々とどうでもいいような気分になるのだった。


 ――。


「さて、ここら一帯の魔物は後どれくらいなんだ?」

「むらはもうあんぜんだとおもう。あとすこし」


 魔物を狩り始めて一週間、日に日に魔物の量は少なくなっている。

 毎日二百以上の魔物をあっさりと平らげてしまうマナもマナだけれど、元々この辺りに出現する魔物は小物ばかりだった。

 この間のデーモンが今まで出た魔物の中で最も強い個体。

 マナに対抗する為かそんなものを搾り出したのだから、後はその残り滓。

 マナに食われるのを嫌って逃げそびれたマナだけが残っている状態だ。


 マナは薄ければ薄い程に世界の意思、マナの言うことを聞かない、とはマナの談。

 だからこそ魔王を作る為には時間がかかるし、元々いた魔物を魔王化させるのが最も手っ取り早いらしい。

 魔王出現前の魔物の大発生は、そんなコントロールが上手くいかなかった結果。


「そうか。なら、勝負ももう少しだな」


 目の前の魔物の山を見ながら呟く。

 すると、隣から呆れたような声がする。


「クラウス、もうスコアは3倍くらい差があるんだけどまだやる気なの?」


 見ればサラの山はクラウスより遥かに高い。

 どう見ても勝ちの目は無くなっていた。

 あと少しと言うのなら、サラとの差分すらも残っていないだろうくらいには差が開いている。


「最終日は点数100倍だ」

「良いけど」

「返事早いな……」


 苦し紛れに言ってみたことがあっさりと許諾されて、逆にクラウスは呆気に取られてしまう。


「だって負けないもん」


 ただの事実だと言わんばかりのサラに、ディエゴからも笑い声が漏れる。


「ははは、俺もそれで良い」


 そう言って退けるディエゴは、誰かと勝負をするということ自体を楽しんでいる様だった。


「よし、二言は有りませんね」

「ああ、クラウスなら勝てるさ」

「それ僕の負け前提で言ってるじゃないですか」


 もしかしたら冗談を言い合うのすら始めてなのかもしれない。

 そんなことを感じさせる程に、ディエゴは安心した様な笑顔を浮かべていた。


「あはは、ディエゴさんとクラウスはほんと相性良いですね」


 サラが珍しくそう言う程度には、クラウスもディエゴとの会話を楽しんでいた。


「クラウスは良い弟の様だ。お互い苦労してきたしな」

「……ディエゴさんに比べれば、僕は全く苦労していないに等しい気がしますけど」

「いや、お前も苦労してる。お前以外には皆分かってる」

「……そうですか、僕以外」


 何処か意味深なディエゴの言葉も、クラウスには理解出来ない。それでも、ディエゴがそう言うならと納得してしまえる。

 少なくともディエゴの苦労は、魔人の苦しみはとてつもないものだと、こんなところに住んでいて尚諦めた様な表情をしていることから分かっている。


 ディエゴからすれば、魔物に狙われるだけ自分達は人間なのだと実感出来るからこその発言なのだけれど、流石にそれをクラウスに伝えることなど出来る訳もなく。


 すると、再びクラウスの膝の上から声がかかった。


「ねえおじさん、まなは?」

「……お嬢ちゃんは、俺にとっちゃちょっと怖いかな」

「あはは、マナ、ディエゴさんを困らしちゃダメだよ」

「えー。まなもなかよくしたいのに」

「はは、齧ろうとするのをやめてくれたらな」


 相変わらず魔人に対しても獲物を見るような目付きを止められないマナに、ディエゴはやはり苦手意識を持つのだった。

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