表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第六章:魔物と勇者と、魔法使い
584/601

第百七十七話:魔人の村の青年

 エイミーが集落に帰ると、周囲の警戒に当たっている数人を除いて全ての住人が出迎えてきた。

 それはいつもの光景ながら、今回は少しばかり様子が違った。

 皆が不安げな表情をしている。

 その中で一人、不満げな顔をしている青年が口を開いた。クラウス達を案内した青年だった。


「エイミー殿、彼らは一体何者なんです?」


 単純な疑問ではなく、疑いの目。

 何故怪しい人物と親しくしているのか、とでも言いたげな様子。


「心配しないで良いのよディエゴ、彼らの中に勇者は居ない」


 ディエゴと呼ばれた青年は、エイミーの言葉で更に眉を寄せた。

 エイミーが居ない時の中心人物である彼は、しばしばエイミーにも疑いの目を向けることがあった。

 集落で最も過酷な環境に育った彼は、自ら死を選ぶ直前でエイミーに救われている。誰も信じられない中、自分すら信じられずに出そうとした結論。

 その心には根深い傷を負っていた。例えそれを覆そうとしたエイミーであっても、未だに完全な信頼を寄せられずにいた。

 だからこそ、同じく魔人として生まれてしまった村人達を何よりも最優先に考えている。

 まるで彼らを守れないのならば、生きていてはいけないのかとでも言うように。

 ディエゴはエイミーに疑いの目を向けて言う。


「俺が感じたあの少女への感情は、恐怖でした。それはまるで捕食者と餌。あんな感覚になったことは今までありません」


 自分で言っていて、ふと疑問に思う。

 エイミーへの疑いと、自分の中で起きた一つの矛盾。

 それは死への恐怖だった。


「そう、それは生きていたいと思える様になったってことかしら」


 エイミーは微笑んだ。

 かつてディエゴを死の淵から救った時の様に。

「貴方は生きていても良いのよ」

 そう言って、村に連れて来た時の様に。


 それを聞いて、ディエゴは複雑な顔をしてしまう。

 質問の答えを誤魔化されていることは分かるのに、生を感じている事実は確かだったから。


 青年の名前はディエゴだった。

 かつて世界最強の騎士と呼ばれた英雄と同じ名前。

 確かに両親から、彼と同じ様に立派な勇者になって欲しいと願って付けられた名前。

 魔王を留める為、四日間をたった一人で戦い続けた守護者と、同じ名前。

 歴史上で最も勇敢な者と讃えられている名前。


「私は貴方と同じ名前の勇者を知ってる。今の貴方は少し、彼に似て来たわね」


 茶化す様子も無くエイミーは言った。

 勇者は自分達にとって敵なのだ。そう思いながら生きて来たこの集落の住人にとって、その言葉の意味が正しく伝わることはない。

 それはディエゴもまた同じだった。かつては八つ当たりだと分かっていても、最も怨んだ勇者の名前。

 それでも真剣な様子のエイミーを見れば、それは単純な褒め言葉だと分かる。


 死への恐怖から魔王戦に参加出来なかったエイミーと、死ぬことを理解しながらも仲間達の為にたった一人で戦い続けた英雄ディエゴ・ルーデンス。

 エイミーが英雄ディエゴをどの様に見ているのかくらいは、長い付き合いで理解していた。


 ふう、と一呼吸置いてエイミーは視線をディエゴから全員へと移すと言った。


「彼らのことについて話すわ。見回りの子たちも集めてみんなで広場に集まって。大丈夫。彼らは貴方達にとっては救世主だから」


 その日エイミーから聞かされた話で、住民達が何を思ったのかは分からない。

 ただ、魔人の様な特殊なケースでも群れられればそこが新たな故郷となることに対して、世界でたった一人の存在というものを想像した時、彼等は一様に沈み込んだ様な表情をしたことだけは見間違えようのない事実だった。


 その中で一人ディエゴだけは「差し入れを持っていく」と、その日取れた芋を蒸したものをいくつか持って行ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ