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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第六章:魔物と勇者と、魔法使い
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幕間――頂点の魔法使い達

「君達は不幸にも(・・・・)、魔法使いがとても強い時代に生まれてしまった。

 何故なら魔法使いに未来は無いからだ。

 私はあえて、そう言おう」


 聖女サニィが魔法で創り出した光の大樹がある山の麓、マナスル魔法学院の入学式では、その様な言葉が放たれた。


 マナスル魔法学院は、世界で最も強い魔法使いと言われる英雄ルーク・スカイウォードが創立に絡んだ世界的なこの魔法学院で、世界中から優れた魔法の才能を持つ青少年が彼に魔法を学びたいと毎年入学希望者が殺到している。

 卒業生は皆国際的な魔法使いで、様々な現場で活躍している、先日行われた大会でも、二回戦に出場した魔法使いの七割はこの学院の卒業生だった。

 勇者よりも優れていると言えば、真っ先にこの学院の卒業生指す様な、そんな者達を多く輩出している名門。

 そんな彼らが期待を込めて臨んだ入学式、名誉学長のルークは、毎年その様な言葉で若き才能達を沈黙させていた。


 今年の新入生もまた、夢にまで見た英雄が放つ唐突な言葉に、期待に満ちていた心に冷や水をかけられた様に感じたことだろう。


「今は勇者よりも魔法使いの方が優れている。君達はよく、そんな言葉を聞くことだろう。

 それも分からなくは無い。何故なら勇者には出来ることが限られていて、対する魔法使いはなんでも出来るからだ。

 しかしそれが常識になったのはいつからか知っているだろうか?」


 沈黙する新入生達の一番前に座る新入生に手を向けて、ルークは尋ねた。

 指名されたことに気付いた新入生は、一瞬呆気に取られた後、口を開く。


「……『聖女の魔法書』が世界に広まる様になってからでしょうか」


 自信なさげに答える新入生にルークは柔らかな笑みで応えると、視線を再び会場にいる全員に戻す。すると、会場内には少しのどよめきが起こった。

 ぼそりと呟いたはずの新入生の声とルークのやりとりは、会場内の全員に届いていた。

 それがルークの魔法だと、気付かない者はこの場には居なかった。


「その通り。

 魔法使いというものは、勇者とは違う。

 肉体的に優れていないものだから、本来なら勇者の背後で守られながらサポートするのが主な役割のはずだった。

 それが聖女の魔法書が世間に出回る様になって、いつしか強い魔法を使えることが世界の常識になっていった。

 誰にでも出来るのだから、自分にも出来る。

 そんな確信を持ってしまうだけで、魔法使いは飛躍的に成長する」


 かつては様々な理論を組み合わせて威力を増す努力をしていた聖女やルーク達の功績は、その後意図せず飛躍的に魔法使い達を成長させた。

 持てるマナの量は人によって違えど、魔法使いにはそんなことすら出来るのだという可能性を、彼らは世界に示してしまったのだ。

 魔法使いが弱かった時代、魔法使いには限界があった。

 それは誰しもが魔法使いは肉体的に遥かに劣る勇者には勝てないと認識していたことが大きな理由だった。

 それを打ち払う力を持っていた彼等は、世界の常識をごく短い期間で変えてしまった。


 出来るのだという確信さえあれば、マナの許す限り大抵のことは出来る。


 今の魔法使いは、そういう存在だった。

 それ故に一流の証は勇者と同じくデーモンの単独討伐というラインにまで引き上げられ、今や一線で活躍する魔法使いは一流の勇者にも引けを取らない。

 むしろ、肉体的に強いとは言え一つの力しか持てない勇者に比べて、その汎用性の高さから、より優れているという見方すら増えているのが現状だった。


「でも、一つ考えて欲しい。

 マナというものは、いつまでこの世界に存在する?」


 騒ついていた会場を再び沈黙で満たすには、そんな英雄の一言で十分だった。

 会場内の新入生の顔色は、様々だった。

 何を意味の分からないことを言っているのだろうという表情をしている者もいれば、絶望に打ちひしがれている様子の者もいるし、真剣に考え込む様な者もいる。

 ただ、彼等に共通して言える事は、今まで目標としてきた英雄にいざ嬉々として会ってみれば、全く予想外のことを言われたという感情。

 各々考えていることは違えど、その共通した感情が、会場内を沈黙させていた。


「マナというものがこの世界に生まれたのは今から約一千年程の昔、たった一つの願いからだ」


 それから英雄は、この世界の成り立ちを話し始めた。

 毎年この学院でだけ話される、魔法の秘密。

 決して口外してはならないと魔法で封すらされる、世界がひっくり返る様な情報。


 マナスル魔法学院の出身者が皆特別に優れた魔法使いだと言われる理由は、これだった。

 この学院の卒業生は、誰しもが臆病だ。

 世界の成り立ちを知り、魔法使いがマナが無ければ、パニックに陥ればただの人なのだと知っている。

 だからこそ、彼等は確実な勝利を捥ぎ取る為に知恵を振り絞る。

 戦果よりも、まずは生き延びることを最優先に考える彼等は、死なずに戦うことで結果的により多くの戦果を挙げられているだけ、と言えば分かりやすいのかもしれない。


 ともかく、世界の成り立ちを知ってしまった彼等は、いつ魔法が使えなくなっても良い様に、ということをいつも念頭に置いていた。


 だからこそ、彼等は戦場で死ななかった。


 ――。


「ふう、今日もなんとか勝てたね」


 ある日、魔法使いは言った。

 その場には既に事切れた、三十程のオーガの群れ。

 一流であれば、魔法使いでも勇者でも一人で勝てる、それほど大したことの無い敵。


「いや、楽勝だっただろうこんな連中」


 毎日同じ様なことを言う魔法使いに、勇者はいい加減聞き飽きたとでもいうように、オーガの死体を足蹴にしながら言った。


「俺は少し危なかったよ。君とオーガがもみあった時に弾いた石が、頭の隣を通過したからね」

「そのくらい避ければ良いだろう?」


 嫌味を言われたと思ったのか、勇者は反射的に魔法使いにそんな言葉を返す。

 すると、魔法使いは笑顔でこんなことを答えた。


「俺にはそれを避けられないし、当たったら死ぬんだよ」


 自分よりも遥かに強い魔法使いが笑顔で言い放つそんな言葉に、勇者は苦々しい顔をしながらも、それ以上何も言うことは無かった。

 三十のオーガの内、二十五体のオーガを仕留めたのは魔法使いだ。

 勇者自身は二流。

 今はたまたま一緒に旅をしているとは言え、その魔法使いが居なければ死んでいたかもしれない場面は多かった。

 しかし、魔法使い自身はただの一度として、かすり傷すら負ってはいない。


 それでも、毎日同じ様に「なんとか勝てた」と繰り返す魔法使いが何を思っているのか、勇者は結局、旅を終えるまで分からなかった。

前章では魔法使いについて殆ど触れられなかったので、この章は魔法使いを中心にしたいとおもっています。

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