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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第五章:最古の宝剣
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第百五十九話:ママと親友

「……ところで、マナは始まりの剣の片割れで、魔物では無いんですよね?」


 それはふとした疑問だった。


 クラウスは理論上は人間らしい。

 体に始まりの剣そのものを宿している関係上、勇者かと言われてれば微妙なところかもしれない。

 勇者の様に体細胞にマナが練りこまれている訳ではなく、剣を納める鞘の様な形でその身に力を宿している、というのが近いらしい。

 しかし、マナはそうなると何者なのだろうという疑問が浮かぶ。マナは先の戦闘でその身を剣に変えてしまった。つまり、きっと人の肉体ではないのだろう。

 いくら勇者や魔法使いが超常現象を扱えるとはいえ、今のところ変身能力を持った者は聞いたことがない。

 奇跡を起こすのはマナであって、人の肉体そのものでは無いのだ。

 つまりクラウスが鞘なら、きっとクラウス自身が剣に変身する訳ではなく、体内にある剣を取り出すことが出来るようになるのだろうと予想されている。

 となると、直接剣に変身したマナはなんなのかと疑問に思うのもまた当然のこと。


 始まりの剣は、実体化出来ないからこそレインを月光に取られて絶望していたはずだ。

 片割れが願ったからと言って直接剣がその場に生まれるということは無いと考えるのが自然だった。

 となると、抜くと実体を保てなくなる鞘としての力を持った魔物の様なものがマナなのか、もしくは少女の姿ただの幻の存在なのか。


 その辺りのことが、サラはふと気になった。


「んー、ジャガーノートの巣にいたって話だよね?」


 逆に問われたエリーの言葉に、サラは頷く。

 クラウスから聞いた話では、マナはジャガーノートの巣と思われる場所で、『ママ』を探して泣いていたらしい。

 クラウスには言わなかったけれど、そのママと言うのは、きっと制作者のことを指すのだろうとも予想していた。

 先程の始まりの剣の話と、未熟な顕現故に幼くなった話を考えれば、マナの根源にあるのもまた、その『親』の願いのはずだ。


 そして人の様な形態を取ったお陰で、それらの記憶が混合した。

 それからマナはクラウスと両想いになったことで、サラをママ代わりにしようという思いが働いた。


 サラは、そう考えていた。


 しかしエリーから放たれた言葉は、もっと世界は残酷だということを示していた。

 それは本当に【始まりの剣】は、何から何まで間違っているのだと、そう、実感する言葉だった。


「なら、それの子どもの体を変質させて使ってるのかもね。

 ジャガーノートってさ、珍しく子育てをする魔物じゃない?

 だから、その子どもも願っちゃったんだろうね。早く親に会いたいって」


 殆どの魔物が生まれた時から死ぬまで姿が変わらない中、いくつかの例外がある。

 それは例えば、何かの願いの結果生まれる、高い知能を持つドラゴン。知識を貯めれば貯める程に大きく強く成長し、誰も手出し出来ない孤高の魔物へと変化していく。

 しかしそんな彼らは基本的に、生まれた時から群れることを好まない。つがいで目撃されることはあれど、それが最大規模のコミュニティだと言っても過言はない。


 逆に、一般的な魔物である、群れを作るオーガなどの魔物は生まれた瞬間から立派なオーガだ。時にロードに率いられ、時に何も考えずに人を襲う彼らは、剣の定めたルールに従って唐突に沸き始める。


 対してジャガーノートは少し違った。

 ジャングルに暮らす、動物をモチーフにした魔物。

 生まれ方は他の魔物と変わらず湧き出るのだが、彼らは幼体で生まれてくる。

 それを周囲の成体が育て、立派な魔物へと成長していくのだ。


 つまり、彼らはある願いを持って生きている、ということ。


「え、それって……」


 あまり続きを聞きたくは無いと思いながらも、つい口から漏れてしまう言葉。


「ママに会いたいって泣いてたんだよね。なら、そういうことかもね」


 それにエリーは、濁す形で応えた。


「…………」


 エリーの背後にいる両親を見ると、母は相変わらず何が面白いのか笑顔のままだが、父は黙って頷いた。


 つマナという存在は、クラウスが寂しいと願ったから生まれたのだ。

 クラウスが寂しいと思ったから、その願いを叶える為、ジャガーノートの幼体の肉体をめちゃくちゃに弄りながら、人の形を持って生まれて来た。

 いいや、生まれたと言うよりも、その体組織の全てを乗っ取った、と言う方が正しいのかもしれない。


 そして、ジャガーノートの幼体が親の帰りを待っていたという肉体の記憶から、ママを求めて泣いていた。


 そんな酷い、現実だった。


 言ってみればそれは全て自作自演だ。ジャガーノートは元からマナの一部だし、自分の一部を依代に出来るのならば、確かにそれほど効率的なことは無いだろう。

 そして魔物は元から人類の敵となる様に創られていて、その内の一匹が、人類の味方である魔物を食らう少女へと姿を変えた。

 それは、魔物のままであるよりも良いことだろう。

 魔物のまま人を殺す様に成長を遂げて、誰かを犠牲にするよりも、よっぽど良いことだろう。


 しかしサラは何故か、魔物とはいえ一度生まれた子どもの命を奪い、その願いを半分受けたままに生まれてたマナという存在が、どうしても、歪なものに思えてしまった。

 子どもだから可哀想で、人を襲う魔物なら容赦無く殺す。

 自分でも、そんな歪なことを考えているのだと、分かっていながらも……。


 そんなサラを見て、エリーはふっと笑った。

 その笑みは何処か達観している様で、同時に何一つ納得出来ていない様にも見える、複雑な笑み。

 しかしそれはきっと、人の心を読めてしまうエリーの、過去が全て詰まった様な、そんな笑顔に見えて。


「ほら、この世界の歪みを取り除くのが私達の目標だよ。

 それにどっちにしろ魔物のままならクラウスに殺されてたよ。でも、ジャガーノートの子どもに同情出来るのはきっと、サラがちゃんと、人間だからなんだろうね」


 そう言いながら微笑んだ。


「……人間だから、ですか」

「そう。人間だから。だからクラウスも、サラが好きなんだよ。そうやって悩みながらも結局止まらない姿勢は、サニィお姉ちゃんにもすごく似てるしね」


 色々な情報が詰め込まれたその言葉を、サラは必死に理解する。

 悩みながらも止まらない姿勢の、人間らしいサラ。

 だから、クラウスは好き。

 

 それはなんだか、クラウスがあの英雄の子どもであることを証明しているようで、サラはなんだか気恥ずかしくなる。


「流石はいつも考えてるルーク君と死ぬまで進むエレナ姉の娘。聖女の教え子達の娘だよ」


 重ねてエリーはそう言いながら、サラの頭をぽふっと軽く叩いた。


 それから真剣な表情をすると、こう呟いた。

 呟きにしては、サラにきっちりと届くように。


「それにサラが居てくれれば、きっとクラウスは人でいられる」


 そんな風に、英雄はサラを認めるのだった。


 ……。


「……さて、そろそろクラウスが起きるだろうから、私は国に戻るね。

 英雄オリヴィアの言う真の英雄はアルカナウィンドで待っている。そう、伝えておいて」


 少しの沈黙の後、エリーはそう口を開いた。

 英雄達は英雄達で、やはり忙しいらしい。

 サンダルは決着が付いて直ぐに何処かへ発って行ったし、ナディアもまたいつのまにか居なくなっている。

 オリヴィアはきっとクラウスが起きるまでは膝枕をし続けるだろうけれど、マルスとクーリア、ルークとエリスもまた、今まさに発とうとしていた。

 残るは両親とエリーと、ウアカリの二人、そしてずっと何かを考える様に目を瞑っていたアリエルだけ。

 そんなアリエルも、エリーが帰ると言うと目を開けて、立ち上がる。


 英雄で女王の護衛なのだから、エリーが発つのもおかしくは無い。

 けれど、一つだけ気になることがあった。

 エリーは、クラウスが起きるから帰ると言った。


「あ、最後に一つだけ」


 何故クラウスに正体を明かさないのですか?

 そう口に出す前に、エリーはいつもの悪戯っぽい笑みを見せる。


「あはは、そこまで深い意味はないよ。でもさ、真の英雄は私かもしれないけど、私じゃないかもしれない。そんな風に、もったいぶっちゃおうかな」


 そんないつもの笑顔を最後に、エリーはオリヴィアに向かって手を振ると、竜の仮面を付けて去って行った。

 隣には今世界で孤立している女王を伴って。その姿に主従は無く、ただ対等な、親友の様に。


 そしてそれを優しげに見守るオリヴィアを見ながら、サラは先程の言葉を考える。


「今月光を持ってるのは間違いなくエリーさん。なのに、真の英雄は私じゃないかも……か。…………うーん、……分かんないなぁ」


 話の中で始まりの剣が唯一恐怖した月光は、言うなれば始まりの剣に対抗出来る唯一の手段だろう。

 しかしそれでも、エリーが言った最後の言葉の意味が、サラにはいくら考えても、分からなかった。


 ――。


 帰り際、女王とその護衛は横に並びながら歩く。

 それはいつもの光景だった。

 親友。

 それが、二人の本当の関係だ。


 だから互いに畏まることも無く、いつもの様に二人は話す。


「お前は相変わらず、自分にプレッシャーをかけ続けるんだな」

「師匠の一番弟子だからね。やっぱり私が最強じゃないと」


 女王が眉を顰めるのを意にも介さず、護衛は胸を張って答える。


「レイン兄も、愛娘のそんな気負い方は望んでおらんと思うんだがな……」

「だからと言って、私はこれ以上師匠に負担をかけたくない。それはアリエルちゃんだって一緒だから、自分が苦しむのも分かってるのに孤立する選択をしたんじゃないの?」


 師匠がどういう人かは分かってる。

 そんなニュアンスを含めながら、護衛は女王を見つめた。

 女王の二十年前の判断は、確かに一人の英雄の名誉を地に落としたく無いという想いだけで下した判断だっだ。

 そんな、同じことをしているだけの親友に攻められれば、流石に女王自身も無茶苦茶なことをしていることを認めざるを得ない。


「う……、まあ、無理だけはするなよ。妾はお前が居ないと困るんだからな」


 仕方なくそうぼやくと、護衛はあっけらかんと笑う。


「あっはは。それ以前に、私が居ないと世界も終わっちゃうねー」


 笑いながら言う話では無いことを分かりながらも敢えて笑うのが、この親友の厄介なところ。

 現に言う通り、全てはこの親友次第という可能性が非常に高い。


「はぁ、それを笑い事に出来る内は大丈夫か……。全く、妾の大切な人はみんな無理ばっかりしてる。その度に戦えないのがどれだけ無念かくらい、察して欲しいものだ」


 苦々しい顔をして言うと、女王は上目遣いで護衛を見た。

 かつては少しばかり見下ろしていたはずの護衛が、いつのまにか見上げる位置にいることを少し頼もしく思いながらも、女王の心中は複雑だった。

 鬼神と呼ばれた男の教えで護身術を鍛えたからと言って、今でも勝てるのはデーモンが限界。それは一流勇者の条件を満たすとは言っても、英雄達とは比べるまでも無く弱過ぎる。

 結局は戦場で戦う権利は全く無いのだ。


 しかし、護衛はそんな女王の頭をぼふぼふと二回叩くと、少しだけ不機嫌そうに言った。


「それだけはアリエルちゃんに言われたくないかな。結局、世界のことを知って無理してないのなんて、一人も居ないんだからさ」


 英雄達は全員、限界を超えて何かをしている。

 その中でも特に無理をしているのが女王と元王女の二人だということを、護衛は知っている。

 それも特に、護衛にとっては大切な二人だ。


 元王女の方は子どもが生まれてからはそこまでは無理をしなくなったものの、最近も生身でデーモン二匹を相手にしたり、滅茶苦茶なことを再開し始めている。

 しかし女王は相変わらず。相変わらず能力に振り回されて心を削ることもあれば、能力に逆らって心を削ることもある。

 だからこそ護衛は、余計な心配をするなと嗜めるのも大切な役割だった。


「アリエルちゃんはこの後、戦争が起こらない様にするにはどうすれば良いのかだけを考えて。戦うのは、考えるのが苦手な私の役目。

 ね?」


 それは護衛としても、親友としても。

 戦闘は護衛がやる。

 自分一人が居れば、周辺諸国を全て相手にしても女王だけは守りきれる。それが分かっている。


 しかしそれでも、護衛はそれを望まない。


 目指すのは、戦争が無い世界だった。


「そうだな……。妾達首脳陣の仕事は、それだったな。

 しかし、嫌な予感は本当に当たるな。片割れが、目の前のご馳走に食欲を我慢出来んとは……」


 女王は親友の言葉に納得を見せると、当たってしまった懸念材料に、再び眉をひそめるのだった。


「ん、そうだね。……ここから先は地獄が続く。頑張ってね。クラウス、サラ」

次回久しぶりに主人公が目を覚まします

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