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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第五章:最古の宝剣
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始まりの四話

 そうだ、死ねば良いのだ。


 いつしか剣は、そんなことを考えるようになっていた。

 別に死にたくなったわけではない。

 生死に対する感情はあくまで親や人から影響を受けたものでしかなく、とても希薄なものだった。

 それでもそう考えることには理由があった。


 剣の能力は人々が願い、勇者が生まれ、ドラゴンが生まれ、それらの能力が時間をかけて剣自身への力へと還元される内に、未来視にも近しい力を得ることになってしまった。

 自身がこれから与えることになる勇者の力を、少なくとも300年程度は予測することが出来る。

 どんな魔物が生まれるのかなど、700年程度は予測を立てられる。

 魔物と人々がこれからどの様にぶつかってどの様に死んでいくのかを、まるで見てきたかの様に知ることが出来てしまう様になったのだ。


 もしも魔王のシステムを停止した場合、人々が再び争い始めるまでは約110年。

 魔物の排出を止めた場合には、僅か17年程度で再び何処かで戦禍が上がる様になる。

 そんな、どうしようもない未来を見てしまったのだ。


 人々が争わない為には魔物が必要で、しかしその魔物達は人々を殺す。

 遂に人を殺すことと平和は共存しないと分かってしまったばかりに、そもそもの根本的な矛盾に気づいてしまった。

 その矛盾は次第に剣の希薄な精神にも深く刻みつけられ、思考は何度も何度も巡っては矛盾を解決出来ずに自身を傷つける刃の様に鋭くなっていく。


 とりあえず続けている大量殺戮である魔王のシステムもまた、知らない内に大きな負荷になっていたらしい。

 剣は知らぬ間に随分と、疲れてしまっていた。


 そんな時だった。

 剣は最初の勇者のことを思い出す。

 当時は勇者どころか異人という言葉すらなく、気づけば力を与えていた、一人の男。

 その男に剣がかけた願いは持ち主の殺害。

 男は湧き上がる殺人衝動に身を任せ、剣の持ち主だった男を原型をとどめない程の肉塊に変えてしまった。

 それ以来男は、一切外に出ることがなくなった。

 人を見ると殺してしまいたいという欲求が湧き上がってしまうらしく、誰とも会うことなく一人で布にくるまり、頭を掻き毟りながら貧乏ゆすりで衝動を紛らわす毎日。

 遂には、男は崖から身を投げることによって自身の命を絶ち、自分以外の誰も殺すことなくその生涯を終えることになった。


 つまり、男は死ぬことに大きなメリットがあったのだ。


 人を殺したくなくなってしまった剣の、本質的な存在意義。それはあくまで人を殺すこと。

 しかし人を殺せば殺すだけ、剣の中の矛盾は剣自身を傷つけていく。

 それはちょうど、初めての勇者と同じなのだ。


 ならば、剣が死ねばどうなるか。


 予測通りに行くのなら17年程で再び小競り合いが始まり、人々は再び争いの中に身を投じていく。

 しかしそれでも、それでもだ。

 自分の様な剣さえ生まれなければ、死者は今よりも少ないのだ。

 人と人とが争わなくなった結果、犠牲者は人と人が争っていた時代よりも格段に増えている。

 かつては一国を滅ぼした価値があったと考えていたそれも、実は平和とは程遠いものだったことを、ようやくとはいえ、学習してしまったのだから。


 ならば、答えは簡単だった。


 死ぬことの方がメリットが大きいのならば、死ねばいいのだ。

 剣が世界に与える影響は結果的に悪影響と呼ぶものならば、剣は殺すことしか出来ないのならば、それで解決してしまうのだ。

 例え、人々が再び争う世界になってしまったとしても。


 そう考えてからの剣の判断は早かった。

 ちょうど、不老不死の勇者が生まれたのがその時。

 彼を上手く利用すれば、ベルナール以来の死者の少なさで魔王の討伐を成せるだろう。

 それを最後に魔王を廃止し、念の為に作っていた魔人達を利用して魔物と勇者の数を減らして行き、最後には自らに止めを刺そう。

 そうすれば、最終的には魔王を使うよりも少ない犠牲者で人々は争うことになる。


 親が望んだ平和は実現出来なかったけれど、歴史に魔物がある限り、人々が手を取り合った時代もまた、確実に歴史に残るのだ。

 そうなれば、いつかは更に知能を発達させた人類は、本当の平和に辿り着くだろう。

 きっと、二千年だとか、その程度はかかるのだろうけれど。


 そんな風に、剣が覚悟を決めた時だった。


 まるで予想だにしていなかった、存在するだけで有害な、一本の化物が生まれてしまったのは。

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