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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第四章:三人の旅
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第百三十六話:首長家

「お、来ましたね化け物!」


 案内されるままに首長の家へと向かうと、ちょうど家から出てきた人物の第一声はそれだった。

 ウアカリらしい褐色の肌に黒髪の美女なのは当然ながら、その体は一際大きい人物。

 手には見覚えがある大きな斧槍を持ち、クラウスを興味深々と言った様子で見下ろしている。


「初めまして。怖がられることは多いけれど、正面から化け物と興味深げに言われたのは初めてだよ、カーリーさん」


 クラウスが見上げながら手を差し出す。

 化け物と正面切って言われることは、少なくとも怖がられて隠れられることに比べれば、むしろ心地よいくらいだ。

 カーリーは嬉しそうにその手を取ろうとした所で、更に背後から声がかかった。


「こら、お客様に化け物はダメでしょ、全く。ごめんね、この子、ちょっと常識が無いから」


 声の主はドアを塞ぐカーリーの巨体を押し退けながら、姿を現わす。

 握手を阻まれたカーリーは、されるがままドア前から退いた。超が付くほどの巨体の戦士が小柄な女性に押し退けられるという少々奇妙な光景も、相手を見れば納得だった。

 それはこの家の主にして現ウアカリの首長、魔王殺しの英雄の一人、イリス・ウアカリその人。


「久しぶり、クラウス君サラちゃん。そして初めまして、マナちゃん」


 優しげに微笑みながら、英雄イリスはクラウス達を出迎えた。

 ウアカリ史上最長期間首長の座を保持し続けている英雄は、ウアカリにしてはとても小柄でスレンダーな女性だ。ここに来るまでに見てきた戦士達と比べると、ましてや隣のカーリーと比べると、肌の色しか共通点が無いような、そんな儚げな女性。

 それが、英雄イリスだった。


 クラウスに続いてサラが挨拶を済ませると、マナは少し恥ずかしげに「はじめまして」と挨拶をした。その目はイリスとカーリーを見比べる様に動いていたので、クラウスは尋ねる。


「イリスさんとカーリーさんは、知り合いだったんですね」


 二人はウアカリ代表の大会出場者なのだから、実質ウアカリの一位二位だということは分かっている。

 一位二位ということは、つまりウアカリ内でそれを決める予選が行われたはずだ。

 少なくとも首長を決めるのは毎年行われるらしい戦いで、一位になった者だという話は世界的に知られている。

 その戦いがウアカリの予選だったという可能性は十分にあり得る。


 つまり、恐らくそれで一位二位になった二人が知り合いでない確率は、ウアカリの国としては少ない人口を考えても限りなくゼロに近いのだけれど、答えは予想を超えていた。


「言ってなかったっけ。この子は私の娘なの。ほら、あなたもちゃんと挨拶しなさい」


 言いながら、イリスは軽くカーリーの背中を叩いた。


「あ、はい。ウチはイリス様の娘のカーリー。よろしくです」


 そんな答えを聞いて、当然ながらクラウスの頭には疑問が浮かぶ。

 隣を見ればサラは当然知っていると言った様子で、マナはクラウスと同じく首を傾げていた。

 恐らくマナの感じている疑問は、二人がサイズ的に余りにも似ていないことだろう。

 顔はウアカリの例に漏れず共に美人で整っているのだけれど……、と考えつつ、クラウスの疑問はマナとは少し違っていた。


「イリスさん、子ども居たんですね」


 イリスが子どもを連れて漣に来たことは一度も無かった。

 ウアカリを纏める首長らしくいつも忙しくしているイリスは漣に来た時の滞在時間もそれ程長くなく、子どもの話も聞いたことが無かった。

 クラウスが必死に思い出せば、母と話している時に一度だけ「うちの子も――」と言っていた気もするけれど、はっきりとは覚えていない。


 記憶を辿っていると、イリスは苦笑いしながら言った。


「あはは、私が産んだ子どもじゃなくて、養子だけどね。ほら、この子何故か私のことイリス様って言うでしょ?」

「……言われてみれば実の母親をイリス様とは言いませんね」

「引き取った時に、周囲の人が私のことをそう呼ぶものだから、それがしっくり来ちゃったみたいでね。ほら、立ち話も悪いから、続きは中で話しましょう」


 促され、家の中へと入る。

 ウアカリは首長だからと言って特別立派な家に住んでいるという訳ではない。

 それは強い者が首長になるというルール故に、家はそのまま看板を使い回している為だ。

 その為どの家も等しく立派で、イリスの家は木造の柱や梁が趣深い二階建ての家だった。

 それは当然立派さで言えばサンダルの家には敵わないものの、不思議と落ち着く良い家だという印象。

 比較的広いリビングに通されると、イリスが先程の続きを語り始めた。


「さっきの続きだけれどね、ウアカリはほら、戦士の国でしょ? 戦いの中の死に美学を感じる。だから、割と養子は多いの。

 私と姉さん、クーリアも、何代か前の首長に引き取られて育てられた。その首長も戦いで亡くなってからは姉さんだけが家族で、姉さんも幸せになって世界を回る旅に出た。その後はナディアさんのお世話をしばらくしてたけど、ナディアさんも無事に回復した」


 そんな少し寂しいと感じたタイミングで、カーリーの母が亡くなり引き取ったというのが、経緯らしい。


「ウアカリは男がいないからね。男に定住も求めないし、子どもをつくる責任を取らせることもない。母親も戦いに出て死んでしまうことも多い。だから、こうやって養子として引き取って育てるケースは凄く多いんだよ」


 それは、クラウスが知らない歴史だった。

「ウアカリは男にとって楽園である」

 様々な書物は、そんな一言から始まる。実際にウアカリ出身のイリスやクーリアを見てもそれは事実だと思っていたし、彼女達もまた、同じことを言っていた。

 しかし実際には死が近く、子どもは肉親と離れ離れになるケースも多いらしい。


「ま、ウアカリはそんな国だから、みんな楽しいことが好きってのもあるのかもね」


 それが彼女達の明るい性格を作り出す理由の一つの様だった。


「それでカーリーは、いつになったら様付けや敬語をやめてくれるの?」

「男に上手く媚びる為には日頃から、が生前のお母さんの口癖でしたし」


 ね? とイリスは苦笑いをして、「でも、初対面で化け物呼ばわりは普通は嫌われるから気を付けなさいよ」と母親らしく振る舞う。

 それに対してカーリーは「はーい。それで、化け物様はどんな女の子が好きですか?」と話題をそれらせば、当然「こら、ちゃんと話を聞きなさい」と叱り始める。

 少々奇妙な関係性にも見えたが、それがウアカリなのだろう、二人は仲の良い親子の様にも見えてくるのが不思議だった。


 ……。


 その後も話は盛り上がり、次第にカーリーの大会の話へと話題は移り変わっていった。

 それを興味しんしんに聞くマナを抱きながら、クラウスはのんびりとお茶を飲んでいると、ふとカーリーは惜しそうに言う。


「それにしても、大会の時に凄く良い出会いがあった気がしたんだけど、全然覚えてないんですよねー。サンダル様と戦うって控え室を出て、気付けば医務室でしたし」


 どうやら、サンダルに負けてうっとりとしていたカーリーは、試合後どこかの車椅子に奇襲を受けて記憶を無くしたらしかった。

 そのカーリーの言葉に、マナだけがクエスチョンマークを浮かべていた。

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