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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第四章:三人の旅
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第百三十五話:ウアカリの首長

「うーん、無理だったか……」


 一人で暮らすには少し広過ぎる家で、一人の女性が呟いた。

 現在ウアカリの地はかつて起きた騒動とは別の方向に騒然としている。

 かつて起きた騒動、史上最強の勇者であるレインがこの地を訪れた時には、凡ゆる住人が浮き足立ち、その男を求めたものだった。最終的には聖女が放つ殺気お見せしめによってなんとか治りを見せたそれだったが、今回はまるで違う。

 外から聞こえてくる喧騒は、恐怖の音色一色。


「姉さんもナディアさんも大丈夫だったんだから、普通通りに見せる位は出来ると思ったんだけどな……。

 思えば、あの二人は死に対する感覚がウアカリとも更に一線を画している、か」


 女性はかつてウアカリの一位二位を争って来た親友だった二人の顔を思い出す。


 姉であるクーリアは、自称現代最弱の英雄だ。

 一人では小型のドラゴンにすら苦戦し、大型ともなれば他の英雄に支援を求めなければ決して勝てない。

 それでもグレーズの王妃よりは強いはずなのだけれど、彼女は常に死を覚悟している。

 その理由は簡単だ。

 彼女の伴侶は、永遠とも言える時を生きることが出来てしまう、史上最弱の英雄マルス。

 どれだけ長生きしようが、どれだけ早く死んでしまおうが、マルスにとってはそれ程長い時間とは言えない。

 必ずマルスよりも先に命を落としてしまうクーリアは、戦中の死に栄誉を認める普通のウアカリとも、また別の形で死に対する覚悟を決めているらしい。


 そしてウアカリ史上最強と言われる戦士ナディアもまた、死に対する覚悟は桁違いと言って差し支えないだろう。


 そんな二人を参考にしてしまったものだから、ウアカリは思わぬ事態へと陥っていた。


「私にはウアカリの力が無いっていうことが、こんな部分で響いてくるとは思わなかったな。でも、まあ、なんとかするしかないか」


「大丈夫ですよイリス様。あの化け物が来たんですよね? ウチなら大丈夫! ほら、ウチイリス様の弟子ですし、大丈夫ですよ!」


 悩む女性の背後から大きな声がかけられる。

 女性、ウアカリ首長イリスが振り返ると、そこには2mを超える巨体の戦士、カーリーが胸を張って立っていた。

 ウアカリらしくない小柄なイリスからすれば、カーリーは見上げる程の巨体で、筋骨隆々だ。

 それでいて女性らしい柔かさも兼ね備えているのだから、胸を張られると何もかもが小柄なイリスは微かな劣等感を感じながら溜息をつく。

 その感覚は、聖女が露骨にナディアを敵視していたことに違いのかもしれないと思いつつ、巨大な弟子に悟す様に言う。


「いや、もう既にあなたの覚悟の話を離れちゃってることに困ってるんだけどね。後大丈夫って連呼されると逆に心配になるからね」


 強さはウアカリの中でも一流ながら頭の出来はあまり良くない弟子は、頭にクエスチョンマークを浮かべる。


「あ、じゃあウチがあの化け物を手篭めにすれば良いんですね?」

「どこでそうなったのか分からないけど、出来るならしてみれば良いよ。あなたとサラちゃんとどっちが強いのかも興味あるし」

「ん? なんでサラさんが出てくるんです?」


 相変わらず戦いを離れるとポンコツな弟子が今日も変わらないことに少しだけ安堵を覚えて、イリスは家の外に出た。


『全員、聞きなさい。現在ウアカリ内に招き入れた男性、クラウスはかの英雄レインと聖女サニィ、そして言っていませんでしたが、血染めのオリヴィア、守護者エリーの息子です。決して無礼の無い様に。恐怖の視線を送るくらいならば、家の中でじっとしていること』


 ――。


「お、イリスさんの声だ、ってえ!?」


 ぎこちなく招かれるままに首長の家に向かっていると、サラが突然狼狽え始める。

 イリスは言霊を操る勇者だ。遠く離れた位置から誰かに言葉を伝えることも、それ程難しいことでは無いらしい。

 その様子を見るに、何かを言われたらしい。


「どうしたんだ、サラ?」

「あ、い、いや、あれ?」

「僕には何も聞こえなかったけれど」


 聞けば、全員に向けた放送の様な聞こえ方をしたらしく、その内容が思い切りが良過ぎるものだったのだと言う。

 それはマナにも聞こえなかったらしく、どんなチャンネルの絞り方をしたのか、魔法使いの自分の方が聞きたい様な技術だと漏らす。

 どうやら、念話は魔法の中でもなかり難易度の高い技術らしい。


「ほら、念話って下手したら思ってることの全てが伝わっちゃうでしょ? 流石にそれには抵抗があるって人が殆どだから、広域でしかも人数を限定しようとすると、無意識に変なこと思わないかってブレーキをかけちゃって何も伝えられないことが多いんだよ」


 言われて初めてなるほど、とクラウスは思う。

 念話は信頼する者同士の魔法だと聞くことが多い。

 開発したのはサラの両親であるルーク夫妻だし、二人には隠し事など何一つ無さそうだ。

 サラが念話をそれ程得意としていないのは、それも理由なのだろう。


「だからほら、イリスさんの言霊は相変わらず凄いなって」

「イリスさんの場合は、言霊だから逆に楽な可能性は無いか? 思っていることが伝わるのでは無くて、言ったことしか伝わらない」


 英雄イリスは、勇者の中でもかなり特殊な力を持った勇者。

 放った言葉が魔法の如く現実となり、且つ勇者としての身体能力も非常に高い万能の戦士。

 たまたまウアカリの外で生まれたらしく、ウアカリの力を持っていないことに微かなコンプレックスを感じていた時期もあったらしいが、現在は全ての戦士から慕われているらしい、ウアカリ首長。

 その力は魔法とは違い、イメージではなく言葉なのだから、隠したい感情が漏れることもない。


「あ、あー、そうかも。それかもね。流石はイリスさんだ。私の目標」


 そんな風に納得した様子のサラが、クラウスには何処か、何か言えないことを隠している様な、そんな様子に見えてしまった。


 ……。


『クラウスがレインの子どもだって言うのは聞いてましたけど、オリヴィアさんやエリーさんが関わってるって言っちゃって良かったんですか?』


『隠した方が良いのは分かってるけど、ごめんね。私も首長として、民を守らないといけないからさ。ちゃんと二人には話を通してあるよ』


 そんな返事の通り、それからの道中は、恐怖の中に羨望の眼差しも混ざり始めた様子だった。

 ウアカリでは、二人は伝説的な人物として名前が広まっている。

 かつてウアカリの子どもよりも小柄ながら力で、正確には腕相撲で筋骨隆々なウアカリの面々を薙ぎ倒したエリーは、ウアカリの中に『姐さん』としてその地位を確立させている。

 そしてそのエリーが敗北し続けていたのがオリヴィアであり、かつて世界で最も美しい人物に選ばれた彼女は、単純にウアカリにとっての理想像そのもの。


 ただただレインに興奮し続けていたウアカリから、時代は少しずつ、変わっていっている。

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