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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第四章:三人の旅
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第百二十五話:クラウスから見て

「サラ、英雄っていうのはやっぱり凄いな!」


 クラウスが意気揚々と部屋へと戻ると、ちょうど欠伸をしていたサラが眠そうに振り向く。

 時刻はそろそろ23時になる。


「やたらテンション高いね……、マナ達から魔物討伐に行ったって聞いたから、そんなことになるだろうとは思ったけどさ」


 サラの様子を見て、クラウスはしまったと部屋の中を見回した。

 マナが寝ていたら、起こしてしまうのは申し訳ない。

 ところがその姿を部屋の中に認めることは出来なかった。


「あれ、マナは?」

「マナはリアちゃんの部屋で一緒に寝てるよ。で、何が凄かったの? 私は優しいから聞いてあげよう」


 直前まで欠伸をしていた幼馴染はそう言うと、優しげに微笑んだ。

 クラウスの英雄好きは知っている。

 その話を始めれば、止まらないことも。


「ありがとう。サンダルさんは魔物の群れを相手にしても、返り血の一滴も浴びなかった。僕なんか血だらけになるっていうのに、サンダルさんは綺麗なままだったよ」


 クラウスの感想は、そんな下らないことだった。

 やろうと思えば、それはクラウスだって簡単に出来るはずのこと。

 ただそれはクラウスの戦闘にとっては最適ではないというだけで、要塞の如く押し進めるのが最適だというだけで、それほど難しくないことのはずだった。

 ところが、クラウスはそんな簡単なことに興奮している。

 それがサラにとってはどこか、面白いことだった。


「あはは、そっか。まあ相手は世界で最も英雄らしい英雄だからね。返り血を浴びることはその王道に泥を塗ることになるんだよ。多分」


 サンダルがそう言われているのは、何も見た目や態度だけの話ではない。

 今では過去に南の大陸を賑わせた奇跡、魔物消失の突風の正体がサンダルだということも知られているし、一体何処から漏れたのか、魔王の呪いに罹っていて尚、七度の死を乗り越えてのドラゴン討伐も世に知られている。


 一切の見返りを求めないどころか、自分がやったとすら誰かが言わなければ知り得ないかつての戦い方こそが、サンダルの人気が出た最大の理由だろう。


 それが知られて以来、サンダルはあえて派手に振る舞い世界に希望をもたらすことに尽力する様になったと聞いていた。

 ただ、返り血となると話は少し別だろう。


「全く、適当なことを言うなあサラは……」

「そりゃ、私だって返り血浴びないしね」


 クラウスが呆れて見せると、サラはまるで意に介さない様に答える。


「それはサラが魔法使いだからだろう」

「私は近接得意な魔法使いなんだけど」

「……」


 サラの武器は、主に強化した肉体と蔦、それに加え戦意喪失させる特殊な精神魔法。

 ショートソードのサンダルとは、相手の出血量がまるで違う。


「まあ、私の場合は血を弾く魔法とか使ってたり使ってなかったりするんだけど」


 クラウスが無言で見つめたことが効いたのか、サラは誤魔化そうとし始めた。

 サラが適当に誤魔化そうとするのは割といつものこまなので、いつまでも付き合う必要は無い。

 何より、サラの打撃で出血する程に傷付く魔物は数少ない。あの打撃は、『何故か効く』以外の効果は特に無いのが特徴だ。

 だからこそ大会では得体の知れない強者を演じることに一役買っていたもの。

 実際にサラの戦いで相手が出血するとしたら、それは蔦で絞め殺す時が最も多い。


 魔法使いも含めれば、サラの両親は遠隔の魔法使いだ。

 返り血など浴びるわけもなければ、そもそもエレナの方は血を流すことなく絶命させることも得意としている。


 ここは素直に、質問を変えるに限る。


「……勇者では、他に誰がいる?」


 クラウスは、英雄全員の戦いを見たわけではない。

 しばしば漣にやってくる英雄の中でもクーリアとマルスの戦いは見たことが無いし、母の物語では血みどろの話は出てこない。

 その点英雄の娘として幼少から両親に付いて回ったサラは、存命の英雄を全員知っている。


 ところが、最初に出てきた名前はサラも会ったことがない、英雄達の間では鉄板中の鉄板の人物だった。


「有名なのはやっぱりレインだよね。あんまり気にしないってだけで、返り血すら避けられるって話だけど」


 それは母から最もよく聞く二人の英雄の内の一人、かつては史上最強の勇者にして現在では最弱の魔王と呼ばれている男。

 真実を知る英雄達は今も尚その影を追い続け、それでも追いつけないと言う別格の存在。


「全てを回避し、全てを斬り刻む最強の英雄か……。やっぱりレインは別格過ぎるよな。

 レインと言えば、弟子の母さんは血染めの鬼姫だし、今は勇者じゃないのもあって比較的返り血は浴びてる所を見るんだよな。姉弟子の英雄エリーはどうなんだ?」


 オリヴィアが血染めの鬼姫と呼ばれる様になった事件は、協力なドラゴンを相手に返り血を気にかける余裕が無かったのが理由。

 あえて返り血を浴びることなど一度もしていないにも関わらず、たった一度の真っ赤な姿が、当時の髪の毛の赤さと相まって強烈に大衆の印象に残ってしまっただけの話。


 そして実はその二つ名を付けた黒幕は、何を隠そうエリーだということを、クラウスは知らない。


「英雄エリーはその辺り全く気にしない。でも血に毒があるやつは避けてたらしいよ」

「時雨流は個人の力に応じた最適化だと聞いたし、師弟でそこが似ることも無いんだね」


「まあ、そもそもサンダルさんが返り血を浴びないのは、英雄は無敵だって印象を大衆に印象付ける為だからね。今のご時世、魔物に怯える人々の為に一番尽力してくれてるのがサンダルさんなんだよ」


 勇者の出生率が下がっている今、勇者が強いことはそのまま人類の存続に影響する大切な要素となる。

 英雄達は力無き民衆達に、世界は大丈夫なんだと希望を持たせる為に動いている。

 グレーズ王アーツに勇者の出生率の話を聞いてから、改めて英雄達の存在理由を認識したクラウスは、サラの言葉に深く頷いた。


 それを見て、思い出した様にサラは人差し指を立てる。


「あ、返り血を浴びないと言えばイリスさんもだね。まあ、半分魔法使いみたいなものだけど」

「イリスさんは確かにいつも綺麗な印象だ。勝てる気がしなかったな」


 万能者イリスは、英雄達の中でも特殊な力を持っている。

 現在では言霊を操ると言われているその力は、言葉で魔法と同等の事象を引き起こし、尚且つ生来優れた勇者の肉体を持つウアカリの英雄。

 稀に漣に顔を出すことからクラウスとも面識もあって、そんな時には鍛錬を見てもらったこともある。

 クラウスにとって、サラの父ルークと同等に英雄らしい英雄だと尊敬している人物だ。


 彼女は英雄の中で唯一、戦える女王だと言っても過言はない。


 その強さはサラが打ち勝ったエリスを優に上回り、その戦い方もサラの上位互換と言っても良い様なもの。

 毎年行われる大会でも、一番盛り上がるのはイリス対ルークのど派手な大激戦になっている程、人気もある英雄。


 そんな英雄が治める国が、これからの旅の目的地。


 ふと、クラウスはサラからのじっとりとした視線を感じた。


「どうしたんだ?」

「いや、ウアカリのこと考えてるのかなって」

「考えてたけど」


 サラはクラウスから目を背けて、言う。


「……えっち」


 ウアカリは、女しか生まれない国だ。

 皆が褐色の肌に黒い髪、筋肉質で大柄ながら、抜群のスタイルを誇る美女戦士だけの国。

 全員が勇者で、イリスを除いて全員が強度の差こそあれど、同じ力を持っている。


 そして、ウアカリの女戦士はその力の影響で、大の男好きだ。


「……いや、いや、違うぞ。大体行きたいって言ったのはマナだし、僕じゃないからな」


 突然の幼馴染の言葉に、思わず動揺してしまう。

 そんなことは全く考えていないのは事実にも関わらず、何故かわざとらしくマナのせいにしてしまう辺り、確実な悪手。

 相手が相手なら、ここからねちねちと鬱陶しく責められることだろう。


 ただ、相手はサラだった。

 相手は、幼少からクラウスのことをよく知っている、幼馴染。

 そんなサラはクラウスの動揺を横目で見て、耐え切れず吹き出した。


「んふっ、あはははは。何それ期待してるみたいじゃん! だいじょーぶだいじょーぶ、クラウスがウアカリに行ってもそんなラッキーイベントは起こらないから。みんなクラウスが怖くて近づいてこないだろうからさ」


 クラウスは勇者に恐れられる性質を持っている。

 それは意思次第で我慢出来る程度だとしても、初対面の印象は確実に良く思われない。

 それくらいは、分かっている。


 しかしクラウスはついつい、幼馴染のそんな発言に馬鹿にされた様なものを感じて、こう返すのだった。


「それは……分からないじゃないか。僕だってウアカリなら……」


 そしてそれは、当然ながら幼馴染の術中で。


「ほら、えっちなこと考えた」


 サラは確実に悪夢の娘だ。

 口喧嘩では勝てそうもないことを悟ったクラウスは、速やかにベッドへと逃げ込むのだった。


 自称近接で返り血を浴びないサラは、確かにクラウスが新たに尊敬の念を抱いたサンダルと同等の強さを持っているのかもしれないと、どこか妙な納得をしながら。

ここのところ不眠症で24時間疲れっぱなしという感じです。

頭も回りにくいので更新は少し緩めにしていこうと思います。

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