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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第四章:三人の旅
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第百八話:マヤの力

 ところで、とエリーはアリエルを向き直る。


「ちょっとあのマヤって子、面白い力を持ってるかもしれない」

「面白い力?」

「そうそう。あの子って心の中だだ漏れなんだよね。その透け具合と言ったら、隠すつもりすらないエイミーさんやエレナさんは置いておいて、オリ姉並みの逸材かな」


 心を読む力を持っているエリーは、隠そうとしていることを除き、相手の考えが簡単に読めてしまう。

 村に入った時に自分がエリーだと説明したのだから、普通は恥ずかしい思い出だったり言いたくないことは隠そうとするのが人の本能だ。

 それはエリーを快く迎え入れたミラの村の住人達すら変わらず、何かしら心に蓋をしている部分があった。

 エリーにとってはそれは普通だし、最高の友人であるアリエルですら、隠す部分は隠している。

 そんな中、今まで生きてきて例外は一人だけだった。

 それがクラウスの母で、精神的な姉で、エリーの妹弟子に当たるオリヴィアだった。

 流石に二人が秘密にしていたことだということもあり、レインとサニィが死に向かうことだけは隠していたオリヴィアだったけれど、二人が死んでしまって以来何一つ隠さなくなった。

 最初はそれがエリーに信頼してもらう為にあえて見せている部分なのかと思ったが、よくよく考えてみれば二人のこと以外は何一つ変わらない。

 そんな明け透けな心を持つオリヴィアとマヤは、エリーにとって少し似ていた。


「ほう。それで?」


 エリーが人に興味を持つことは珍しい。

 心が読めてしまうが故に、エリーの人に対する評価速度は非常に早いからだ。

 オリヴィアは明け透けな心がどこまでも純粋だったから、アリエルは心にエリーにとって例えようの無い傷を負いながら頑張っていたから、だからエリーと共に居られる。

 しかし人の二面性をパッと見た瞬間に、エリーはその興味を無くしてしまう。それは、どうしても心を読んでしまうエリーなりの精神力を保つ為に必要な防衛術だった。

 そんなエリーが逸材と言うマヤには、アリエルも流石に興味が湧いてくる。


「あの子さ、多分アリエルちゃんやロベ爺に似た力を持ってる」

「妾達に?」


 アリエルとロベルトは世界的にも珍しい、過程を飛ばして結論を導き出す力を持っている。

 アリエルは正しき道を示すと言われていて、ロベルトは問題点を見抜く力。

 特にアリエルの力は不便で、どんな結果になるのかも分からず、何にとって正しき道なのかも分からない。

 そして更には、人の感情を一切考慮しない。


 そんなエリーの言葉を聞いたアリエルの表情は、曇ってしまう。

 それは、その力の苦労を知っているアリエルならではの反応だった。


 しかしエリーはそれを見て、逆に笑みを浮かべた。


「大丈夫大丈夫。あの子、自分の力を全く分かってないみたいだから。勇者なりの身体能力以外なんも無いと思ってる。英雄エリーの力すごいなぁ、私もああいう力に目覚めないかしら、って思ってたからさ」


 アリエルの力は、自覚しているからこそ恐ろしいタイプのもの。

 何も知らずに、なんの責任も感じずに思ったことを言うだけならば、それを信じるかどうかは相手次第だ。

 それを力を持っている本人が知らないのならば、そう思った、というだけのただの考えに過ぎない。

 

 きっとマヤの力は、エリーが感じた限りではそんな類のものなのだろう。


「そうか。一旅人が無駄な責を負うことを、妾は良しとしないぞ。で、どんな力なんだ?」


 場合によっては自分の力に永久に気づかない様にしてやった方が良いってことすらあるからな、とアリエルが心の中で呟くと、エリーは「多分だけど」と前置きをして話始めた。


「いやーあの子、クラウスが勇者を食う力を持ってるとか、師匠は魔王だけどちゃんと英雄で、お姉ちゃんと最期まで幸せに生きたんだ、なんて記憶があったんだよね。その上私達を見た瞬間、エリザベートとエリーゼ女王だ、なんて気づいてたんだよ。

 今は私の精神介入で、英雄エリーと友達のアリエルちゃん以外には見えないはずなのに」


 今までエリーの精神介入は完璧だった。

 出会った人々は誰一人としてエリザベート・ストームハートと英雄エリーの関連性に気づかず、あらゆるメディアに乗り込み精神介入して別人だと信じ込ませて来た。

 かつては危険だからあまりするなとされていた精神介入も、今ではエリーのものに限っては安全性が確認されている。

 その為アリエルを連れ回すことも多少は出来るわけなのだけれど、それにしても。


 未だかつて、全ての勇者の大元とされているクラウスにすら破られたことのない精神介入が、ほぼ直感に近い形とはいえあっさりと突破されたのは初めての経験だった。


「つまりあの子は、無条件に真実に辿り着く力、ってのを持ってるのかもしれない。ただし、本人は今まで生きてきて全くそれに気づいてない様子だったんだ」


 だからこそマヤ自身は、自分の力を理解していなかった。


「あの子の好きなことって、殆ど英雄レインと聖女サニィの物語だった。それが幸いしたのかな、荒唐無稽な彼女の英雄レイン説を信じる人は、きっと殆ど居なかったんだよ」


 真実は残酷である。

 実際クラウスは母のマナを全て奪って生まれてきたし、レインは魔王だ。

 例えなりたくなくて魔王になってしまったのだとしても、レイニーという騎士を殺したのはまだ死ぬ前。

 そして何より、レインが悪者になったのは他でもない弟子の二人がそれをすることを認めたから。

 オリヴィアはそれが苦しく死ぬことで政治を離れたし、エリーは姿を消して国を離れたけれど、人々が言っていることは、少なくとも表では真実となっている。


「あの子は気づかなそうだから、一先ずはそのままの方が良いかな。私が封印しようとすれば気づかれるかもしれないし、そうでなくとも力を封じるとなるとかなり深くなっちゃうからね」


 エリーはそう言って、かつて力に振り回された親友を見た。

 今はそれなりに折り合いを付けられている親友は、「気づかないなら確かにそれくらいが幸せかもな。隣には魔法使いの友人もいたことだし」とエリーの意見に賛成して、その日の簡単な会議は幕を閉じたのだった。

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