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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第四章:三人の旅
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第八十五話:事件

 その日、事件は突然やってきた。


「すみません、お助けを……」


 一人の男性が、息も絶え絶えといった様子でクラウス達に話しかけてきた。

 話しかけると同時に安堵からか力が抜けたように倒れる男性を見て、二人はようやく事態を正しく把握する。


 前方からふらふらとしながら歩いてくる男にサラはとっくに気づいていて、クラウスもまた視線が通ってからは気づいていたが、二人は互いどちらも自分からその男性に話しかけることはしなかった。

 何も無い場所で話しかけてくる人間の多くは魔物の擬態か、何かの宿主になってしまっている場合、もしくは盗賊の一人だというパターンが9割以上を占めるからだ。

 マナを守ることが一番大切な以上、不要なトラブルに巻き込まれることは避けねばならないというのが二人に共通した認識だったし、サラはサラで知らない人は放っておけという母エレナのとても英雄らしくはない教育を受けてきたことが強くそれを後押ししていた。

 クラウスもクラウスで、盗賊相手には逃げろという教育を受けている。

 その為、一先ずは様子を見守っていたのだった。


 勇者や魔法使いの冒険者なら何かしらの装備を身に付けてそれだと分かる格好をしているのが常だし、盗賊もその殆どが冒険者に近い身なりをして警戒心を緩めようとする。


 ところがいざ話しかけてきた男を見てみると、その腕には深々と生傷が口を開いており、化膿し始めている。

 他にも多くの生傷が出来ていて、その一部は治り始めているものすらある。

 その上で、体は熱を持ちながらも意識ははっきりとしている様だった。

 そんな状況は魔物の擬態や宿主となっている場合には報告されていない。


 寄生するタイプの魔物は殆どが思考力を奪うか、もしくは寄生されていることを気づかせない様なカモフラージュを行う。

 つまりは、ふらふらとしている場合は意識が無く、魔物にただ動かされ内から食われている場合。

 もしくは一見健康体に見える人物で、何故か一人何も無い所を歩いている人物で、突然話しかけてくる場合が、寄生された宿主の可能性の高い人物。

 例えばブラッドスライム等は、本体の動きが遅い為に人間に寄生して脚を得る。

 その場合負傷したままに放置していれば違和感を隠せないし、途中で壊れて動かせなくなってしまえば再び鈍足の粘液状で移動しなければならなくなる為、体だけは健康に保っておく。

 例えば内から食う魔物の場合、あまりの苦痛に自ら焼身自殺や入水自殺を図られてしまえば、宿主という生存能力を失ってしまい死に至る為、まずはその脳を支配する所から始める。


 つまり、サラとクラウスは最初、その人物は動きからして内から食う魔物に寄生されている可能性が最も高いのではと考えていた。

 それならば、申し訳ないが宿主ごとサラの業火で焼き尽くして終わり。

 となるはずだったのだが、どうやら違うらしい。


「村が……、村が盗賊に……」


 と何度も二人に伝えようとする男性の目には光が満ちていて、ようやく出会えた子連れのカップルを、まるで救世主にでも出会ったかの様に両手を合わせて仰ぎ見る。


「少し落ち着いて。まずは治療をするから」


 サラが言いながら魔法をイメージし始めると、「オレなんぞよりも早く村を……」と未だ落ち着かない様子。

 しかし傷口の化膿や、治り始めのかすり傷を見るに、つい先ほど受けた傷だとはとても思えない。


「まずあなたの治療が最優先。言い方は悪いかもしれないけど、確実に生きてる人間を救わずに生きてるかどうかも分からない人を助けに行って、結局あなたまで死んだらなんの意味も無いわ」


 サラがそう伝えると、まだ言いたいことはありそうだったものの、ようやく状況を把握したのか力を抜きその場に横たわった。

 それまで大人しくしていたマナは、そんな様子で力を抜いた男を見て言う。


「だいじょーぶだよ。くらうすもさらも、えいゆーの子どもだもん」


 ――。


「ありがとう。オレはボドワン。実は……確か、二日程前のことだと思う」


 10分程後、治療を終え血色も良くなってきた男に事情を話す様に伝えると、男は一度よく考えてから話始めた。

 

 村が襲撃を受けたのは、恐らく二日程前のこと。

 余りにも必死で逃げてきた為ここが何処なのか、どの位の時間が経ったのかは曖昧で、道中何度か魔物に襲われたこともあったが、弱小ながら勇者ということで逃げ延びることが出来たらしい。

 いきなり死にかけで現れて申し訳ないが、気配から察するに相当な手練だと見えるクラウスに希望を感じ、不躾な願いではあるが助けては貰えないだろうか。

 といった内容。


「当然ながら、謝礼はオレに出来ることならなんでもする。いや、オレの村で出来ることならなんでも。だから、助けてはくれないだろうか……」


 その言葉に、クラウスは一瞬悩んだ。

 サラの言うとおり無駄な希望になる可能性が高いのはもちろんのこと、人を殺すなと指示を受けているクラウスにとって、盗賊団を不殺で殲滅することは難しい手段だったからというのもある。

 一度間違いを犯した盗賊団は、基本的に殺す他無い。

 魔物蔓延るこの世界で、更生の時間を待って驚異を増やすことは得策ではない為だ。

 一度道を外した以上、再犯率は非常に高い。

 となれば、サラ任せるのが不殺だろうがなんだろう最善の手段になろうが、だからと言ってサラより強い自分が後ろに居て、魔法使いであるサラを前線に立たせるのは心理的に難しいことだった。

 しかし、そう考えた所で、それが無駄なことは知っている。

 退路は10分程前に既に絶たれていた。


「ええ、お受けします」


 マナが、二人は英雄の子どもだから大丈夫だと言ってしまったからだ。

 村の人達には申し訳ないが、なんて言おうものなら、マナがどう思うか。

 それを考えただけでも、クラウスの中で答えは決まっていた。


 何より、英雄に憧れた自分が、かつてのレイン達の様に村々を救うという行動は、非常に惹かれるものがあった。


 以前の未然に防げたオーガとは違い、今回はどうなるのかは分からないという心配はあるけれど……。

 見ると、サラも頷いている。マナも、何故か胸を張っている。

 それを確認して、クラウスは続けた。


「それで、あなたの村はなんという村ですか?」


 その答えはクラウスにとって、意外と言えば意外で、求めていたと言えば求めていた答えだったのかもしれない。


「ミラの村」


 それは、英雄エリーが生まれた村だった。

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