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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第四章:三人の旅
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第八十二話:その頃の漣

「ただいまー、オリ姉」

「ただいま、オリーブさん」

「あら、おかえりなさいエリーさん、アリエルさん」


 漣には、一仕事を終えたエリーとアリエルが帰宅していた。

 エリーもアリエルも他国に住んでいるが、漣はエリーにとっては故郷、アリエルにとっても第二の故郷と言っても良い場所。

 来た時には必ずただいまと言うのが習慣になっていた。

 宿の仕事をしていたオリーブもまた、いつもの様におかえりと迎えると、すぐに仕事へと戻っていく。

 オリーブの本業は軍事顧問の方にあるので宿屋の仕事は手伝いと言った方が正しいのだが、流石に二十年も続けていれば慣れたもの、優雅に仕事をこなしていく。

 それを邪魔しない様に気を付けながら、エリーはいつもの様に報告を始めた。


「今年も相変わらず、ストームハートの優勝だったよ。何一つ危なげなくね」


 ふう、とつまらなそうに息を吐きながらエリーが言うと、オリーブはその手を一瞬止めて言う。


「不満そうね」


 理由は分かっているけれど、とでも言いたげにエリーの方をちらりと見ると、また何事も無かった様に仕事を再開する。


「そりゃ不満だよ。ストームハートの決まりきった優勝なんて誰一人喜ばないじゃん」

「本人も?」

「本人こそ不満だらけだよ。ほら、血塗れの鬼姫とか出てこれば良い戦いが出来るだろうにさ……。ごめん」


 一息に言ってから、しまったとしゅんと俯く。

 オリヴィアがオリーブになってから一年程で、その身にあった勇者の力は全て消失してしまっている。

 今もまだ自分を罰するかの様に戦うオリーブが、力を失ったことに少なからずショックを受けていることを、エリーが知らないわけは無い。


「気にしないで良いわ。私だってもう決闘出来ないことは寂しいんだから。それを望んでくれるだけで嬉しいもの」

「だからって無茶はしないでよ?」

「ええ。あの子の為にもそれは守るわ」


 オリーブがただの人の身になっても戦い続ける理由の一つは、その寂しさだった。

 その青春を全て戦いで過ごしたオリーブに戦うことを辞めることは難しい。

 いつも何だかんだ言って楽しく決闘していたエリーと、もう二度と互角に戦うことが出来ない寂しさの一部を魔物にぶつけていることをエリーは知っている。

 そしてその戦いの激しさは、クラウスが旅立ってから増していることも。

 だからこそエリーはクラウスが旅立ってからは、少しでも暇があれば漣に帰りオリーブと絡むことを決めていた。

 決闘は出来なくとも、ただ側にいるだけでオリーブの寂しさは紛れていくことを知っているからだ。


「でもオリーブさん、最近は特に寂しそうだからな。そのうちまた妾の家に療養に来ると良い。持て成すぞ」


 同じくそれを気に掛けているアリエルも、そんな風に慰めにかかる。


「アリエルちゃんと私もずっとここで暮らせたら良いんだけどそうはいかないしね。クラウスも居ないことだし、おいでよ」


 それに便乗してエリーも言えば、オリーブは少し悩んでから「そうですわね」と嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、クラウスが着く頃に行きますわ」

「それは良いけどさ、相変わらず安定しないね、口調」

「あら、どうにもお城を思い浮かべたらそうなってしまって」

「あはは、まあ良いや。その口調が出てくるのは何だかんだで元気になった時だしね」


 と、そこまで話してふと思い出す。

 やって来た目的はオリーブの現状確認もあるが、クラウスについての報告が主だったこと。


「で、クラウスで思い出したんだけど、今クラウスはウアカリに向かってるよ」

「ウアカリに……? それはまたなんで?」

「なんかマナが行きたいって言ったんだってさ。サラにも付いて貰ったから問題は無いはずだけど、私は一応この後サンダルさんやイリス姉に注意勧告してくる予定」


 クラウスが世界を周ることは、オリーブは知っている。

 つまりこの質問には今答えたこと以外にも欲しい答えがあるはずだ。


「大丈夫だって。ほら、クラウスは勇者に怖がられるから」

「……それが良いって言うウアカリは居ないかしら…………」

「それは知らないけどサラが居るからさ」


 つまりそれは、愛息子が悪い女に引っかからないかという余計なお世話だ。

 一人自ら向かったのなら、きっとオリーブは意地でも止めに出向こうとするだろう。

 それもあって、サラを付けたのは正解だったと安堵する。

 彼女の想いを利用してしまう様で悪いけれど、人間関係は微妙に複雑だ。


「全く母に幼女に幼馴染と、クラウスは身近な人にはやけにモテるんだから」

「ははは、女難と言うか、その辺はレイン兄と同じだな。血は争えないということか」


 呆れ気味なエリーに、微笑ましそうなアリエル。

 それに対してオリーブは、「ということは第二のナディアさんが……」とおろおろし始める。

 全くこの子離れ出来ない親は仕方ないなと溜息を吐いて、エリーは本題へと突入した。


「それでマナなんだけどさ、確実に片割れだね。同じだったから」


 会場で心を覗いたエリーは、マナからそれを感じとっていた。隠せもしない本能。

 もしかしたら心を覗けないのではという不安は実際に見れば解決で、見た目通りに純粋な心を持っていた。


「そう……。なんで人の姿なんてとってるのかしら」


 ところでオリーブは別のことが気になっていた。所謂片割れが取る形態が人だとは思いも寄らなかったから。

 魔物である可能性は考えていたが、人型の魔物は幼子の形態を取らない。

 ヴァンパイアもサキュバスも、皆大人の姿で生まれて来る。

 幼少期を通るとすれば、それこそ人が魔物になって狛の村の人々くらいのもの。

 しかし彼らは食糧も必要な上、意識がある内は魔物と敵対していて、幼い内に一人でジャングルを歩けるわけがない。


「分からない。本人も何も分かってないみたいだから」

「一応妾の予想だと、幼子に宿ったのではないかと思っている」


 エリーの言にアリエルが補足を入れる。

 エリーに分かるのはあくまでも心の内だけ。考えるのはそもそも苦手だ。

 少なくともエリーからすれば、マナは片割れとしての条件以外はただの幼い子どもだった。

 ただ、やたらと可愛いことを除いては。


「なるほど、それなら記憶の混濁があってもおかしくないわね」


 現在は幼子の心が大半を占めているというのなら、理由が分からなくともおかしくはない。


「ちなみにオリ姉がしそうな心配は無いはずだから」

「私がしそうな心配?」

「ほら、サラとの三角関係」

「どうして言い切れますの?」


 エリーの言葉に、オリーブは即座に食いつく。その余りの勢いに若干引きつつ、答えることにした。


「口調。んー、とね。サラがあの子にとってはママなんだってさ。だから、あの子はクラウスとサラの子どもの様になりたいと思ってる」


 それは純粋な願いだった。

 クラウスを父とは見ていないが、エリスとサラが戦っている時のブリジットとマナが抱いていた感情は全く同じ。

 それにはエリーも驚いたものだった。


「成長したら分からないじゃない」


 しかしそれを知らない、まだマナに会ったことも無いオリーブは食いつく。


「それこそ心配無いと思うけどなぁ」

「なんで?」


 相変わらず鬼気迫る表情で。


「ほんと、必死過ぎだから。アリエルちゃん」

「それは、マナは人間じゃないから。と言うか、片割れだから。と言うべきかな」


 それは有無を言わさぬ口調で。

 アリエルは未来に何を見たのか、そう言い切った。

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