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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第三章:王妃と幼馴染
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第七十四話:勝因

「勝者、サラ・スカイウォード」

「治療をしても良いかい?」

「あ、はい。お願いします」


 今すぐにでも蹲りたく様な痛みを堪えながらエリスの様子を確認しているサラの耳に、そんな会話が飛び込んでくる。

 片方はあまり聞き覚えがないけれど恐らく審判で、片方は聞き慣れた安心する声だ。


「パパ、勝ったよ」

「ああ、見てたよ。よく頑張ったね。傷を見せなさい」

「はい。……うぅ、痛いなぁ」


 拾っておいた手首と切れている部分を見せると、父は「流石の斬れ味だ。これなら合わせておくだけでも治ると思うけど」と前置きをして、丁寧に切断面を合わせるとものの数秒で引っ付けて見せた。

 切断面が綺麗なら基本的には組織を結ぶだけで済むから楽だそうで、それにタンバリンに雇った聖女の再生魔法が合わされば余計なことは何もする必要が無いらしい。

 痛みも魔法で遮断されている様で今一感覚も掴み難く動かしづらいけれど、力を入れようとしてみればぴくぴくと動くので一安心する。


 父はそのまますぐに、エレナの方へと歩いていった。


「彼女は少し重症だ。サラ、見てなさい」

「うん。ごめんなさい、手加減出来なくて……」

「大丈夫。10分もあれば元気にしてみせるさ」


 見ると、木に打ち付けられた顔面は鼻が折れており、父曰く肋骨も何本か折れてしまっているらしい。

 強く背中から押され、木に打ち付けられたことで内臓にもそのダメージは入っているらしく、口から血を流している。


「真剣でやり合うんだから、こういうこともある。まずは直接命に関わる内臓の損傷から」


 そう説明を交えながらテキパキと治療をこなしていく。

 内臓、骨、筋肉、そして裂けた部分の皮膚。後は丁寧に曲がってしまっている鼻や血を綺麗にして、見た目を戻して行く。


「これらはサラにはあまり必要無いかもしれないけど、出来るのと出来ないのとでは随分と違う。よし、これで大丈夫」

「ありがとうパパ」

「次はサラが自ら治せると良いな。さて、エリスさんはどうだった?」

「ギリギリだった。私の方が、今回は覚悟が上だったから勝てたけど、もし同じ覚悟だったら負けてたかも」


 先の決着を振り返る。

 あのタイミングで勝てた理由はたった一つ。

 サラの手首が飛ぶ光景に、エリスが一瞬驚き目を見開いたからだ。極軽度の、ほんの一瞬のパニックとも言えるかもしれない。

 エリスがほんの一瞬だけ、サラの切れて飛ぶ手首に目を奪われてしまった。

 その僅かな時間が背後から迫る蔦を躱せなかった理由。

 そして、それに重なる様にして来た背中からの衝撃に、動揺を重ねてしまったのだろう。

 20m程の距離を、テレポートもせずにそのまま打ち付けられるまで停止してしまった。

 エリスの善意に、これは殺し合いでは無いという甘さに漬け込んでしまった形の勝利。

 しかも、手加減が出来ず全力も全力で打ち付けてしまって、大怪我を負わせてしまったことに、サラはあまり喜べなかった。


 ただ一つ確実に言えることは、もしも素手ではなく武器や道具で安全に天霧を弾いていたとしたら、エリスは即座に突きを放ったことりぺんぎんを返して、敗北で幕を閉じていただろうということ。

 あの状態では、もうサラに回避の方法は考えうる限り残ってはいなかった。

 行動できる速度が、熟練の勇者と魔法使いでは余りにも違い過ぎる。


「私が手を落とさなければエリスさんは動揺してなかったと思う。強かった」

「そうか。じゃあ僕が勧めていた武器は、持たなかったからこそ勝てたというわけだね」


 パニックになれば魔法使いは魔法を使えない。

 それと同様に、例え勇者であっても一瞬目を見開く程驚けば周囲への意識は疎かになってしまう。

 そのほんの一瞬を作り出したのが、サラの直接の勝因。

 つまり、腕を切ってでも勝つという覚悟の差だ。

 これが武器を持って弾いていたとしたら、エリスは冷静にサラを追い詰めていただろう。

 魔法使いながら肉弾戦にかなりの比重を置いているサラにかつてルークが勧めた安全の為にも武器を使うという方法をとっていれば、今回は負けていた。

 それが、サラの結論だった。


 ――。


「サラの勝ちね。ちょっと手が切れちゃったけど」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫。もうちゃんと引っ付いたから。それより、勝利を褒めてあげてね」

「引っ付いた……? ええ、それは当然ですけど……」


 不穏な気配を感じながらも、決着がついたというアリーナの様子が見えないので待つことにする。

 しばらくしてジャングルが引いて元のアリーナが現れると、そこには手を挙げて勝利を喜んでいるサラと、それを讃えるエリスの姿があった。

 互いに怪我の様子は無く、顔色も良い。

 一頻り勝利に喜ぶと、次はサラがエリスの健闘を讃える。

 それに安堵の息を漏らして、クラウスは二人に拍手を送る。


「マナ、おめでとう。お母さまに勝つなんて、サラさんは本当につよいわね」

「うん、ブリジットちゃんのままもすごいとおもう」


 その言葉の後には、見えなかったけど、と続きそうな言い方ではあったけれど、二人の子どもも互いの応援選手の健闘を讃え合う。

 選手同士が互いを讃えているのだから、二人の間に禍根は残らない。

 その戦いがどういうものだったのか知っているのは本人達と、探知の魔法を持っている魔法使いだけ。


 それでも、誰しもがこう思っていた。


 サラ・スカイウォードというあの英雄の娘は、本物なのだ、と。

 彼女もまた、遺伝しないとされる魔法や勇者の力の常識を打ち破った、時代さえ違えば英雄になっていた器なのだと。

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