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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第三章:王妃と幼馴染
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第六十九話:良い男も大変だ

「面白い」


 その戦いは、思わずそう漏らしてしまうものだった。

 世界最速の英雄サンダルが持つ武器はショートソードで、対するウアカリのナンバーツーカーリーが持つ武器は3m程もある斧槍。

 その相性は、絶妙なものだった。


 槍は剣よりも強い。


 その理由は単純で、リーチの差にある。長い得物に近づくことは困難だ。

 近づけば小回りの利く武器の方が有利と言う者もいるが、今回はそれは全く参考にならない。

 近付いたからと言っても金属で出来た柄の部分を棒術の様に使われれば、鉄でも切れない限りは斬りつけることは殆ど意味を成さないからだ。

 ましてやサンダルの持つ武器は片手持ちのショートソードで、その柄は両手で持つ様にも作られていない。

 打ち合えば斧槍の遠心力には力負けしてしまうし、かと言ってそれを避けても怪力で振るわれた斧槍は即座に切り返し石突きが飛んでくる。

 2mを超える身長のカーリーに相対してしまえば、180cmを超えるサンダルも小さく見えてしまう。武器が長いから小回りが利かないとはとても言えず、リーチの長さは槍の部分だけではなく、その懐の深さにも影響を与えている。


 つまり、武器に関して言えばカーリーの圧勝の状態だった。


 かつては同じく3mもある巨大な斧を操っていたというサンダルなのだから、今回もその様なものを使えば勝負は一瞬でついただろう。

 サンダルの最高速で巨大な斧を振るわれれば体格が大きいことが災いしてそれを避けるのは困難を極めるし、いくら金属製の柄を持つ宝剣だろうが、へし曲がってしまう可能性が高い。

 しかしサンダルの武器は、片手持ちのショートソード一本だけだった。


 しかし、戦いは拮抗していた。

 その理由は簡単で、サンダルの戦闘技術がカーリーを圧倒していたからだ。

 振るわれる刃も柄も石突きも、その全てを両の瞳で捉えて回避し、受け流し、時には打ち合うことで凌いでいる。

 更には一瞬の隙を捉えては懐に潜り込み、カーリーの手が遅れた瞬間に一撃を放とうとするが、しかしカーリーの懐は異常に深い。

 後少しというところで撤退を余儀なくされ、再びカーリーの間合いでの戦闘が始まる。


 それでも少しずつ、少しずつ、戦局は変わっていった。


「あのリーチでは一撃必殺は厳しいと目論んでのあの戦法ですか」

「なんだかんだで、あの人は魔人様のファンだもの」


 少しずつ、少しずつサンダルの打ち合いの数は減っていき、次いで受け流しの数も減っていく。

 打ち合いや受け流しは、つまり回避は出来ないと感じた時の対抗手段だ。

 それが徐々に減っていくということは、普に考えれば徐々に相手の攻撃を見抜いていっているということ。

 ところが、その様子はそれだけではない様だった。


「一歩違えば致命傷に至る様な攻撃も平然と回避する英雄、ですか」

「うんうん、なんだかんだで新しい武器を用意することも無く、ウィッチスレイヤーしか使わないし。

 本人は、斧は攻撃する為の武器で、あの剣は守る為の武器なんだって。

 今は妻も子どももいるからあの武器しか使う気は無いって、面白いよね」


 エレナの言葉を聞き流しながら二人の白熱した戦いを見守ると、遂にはサンダルが全ての攻撃を回避するに至った。

 サンダルは、加速している。

 走れば走るだけ加速する力だと聞いていたし、実際に前三試合はそれを利用した戦いだった。

 ところが今回は、最初の一撃を簡単に止められて以来、カーリーのリーチ外から出ること無く戦い続けている。


「結局魔王戦でナディアさんを守れなかったことが、奇襲しか出来なかったことが、しかも殆ど意味無く動かなくなってしまったことが、凄く悔しかったみたいだから。

 本当の危機を乗り越えてから力の限界を超えるなんて、本当に、なんていうのかな、ナディアさんにめろめろね?」

「なんで疑問系なんですか……」


 ほぼ足を止めているにも関わらず加速する英雄は、遂には剣を鞘に納める。

 そしてそのまま懐に踏み入ると、足と腰を取り投げる素振りを見せると、優しく地面に仰向けに転がした。


「あーあ、今日はご飯抜きね」

「どういうことです?」

「ほら、ナディアさんは意外と嫉妬深いから。叩きのめすくらいしなさいよって言いながらナイフが飛ぶはずよ」


 どういうことかと思いながらサンダル達の方に目を向けると、試合は終わり倒れたカーリーにサンダルが手を伸ばし、起こされたカーリーが頬を染めているのが見える。


 ウアカリは呪われている。

 その国では女性しか産まれず、男の強さを見抜く力を持つ。

 戦士であるために大柄で筋肉質ながら、力によって男に好かれる為の容姿になる為、皆美人でスタイルが良い。


 そして何より、力の精度が高くなるほどに好みは強い者によるが、異常に惚れやすい。

 それが与える影響が、ウアカリの力が呪いだと言われている理由。


「ああ、そういうことですか……」


 戦闘中はあれだけ勇ましく、マナ達も目を輝かせていたカーリーも、今やサンダルを前にもじもじとしている。

 そこに戦士である様子は微塵も無く、完全に女の顔をしている。

 と言うよりも、雌と言った方が近いかもしれない。


 これは教育上よろしくないと思い、クラウスは無邪気に「おー、さんだるつよいー!」と喜んでいるマナを抱きかかえて顔の向きを変えさせた。

 ブリジット姫は両手で顔を覆い指の隙間からしっかりと覗いているが、それは王家に任せることにして、周囲に軽く挨拶を済ませると逃げる様に会場を後にすることにした。


「あーん、ブリジットちゃんともうちょっと遊びたかったのにー」

「お昼はハンバーグにしようか」

「わーい」


 子育ては難しい。

 それを改めて実感すると共に、次の日頰に割と深めの生傷があるサンダルを見ると、良い男も大変だなとその苦労を偲ぶのだった。


 ちなみに風の噂では、その後もサンダルにアタックを続けたカーリーは、立ちはだかったナディアにあっさりと撃退され諦めることにしたとかなんとか。

 生傷と併せて、サンダルよりも現役を退いたナディアの方が遥かに強いのではという噂が立ったことは、間違いがない。

ナディアは無事とは言えないまでも意識を取り戻しました。

ちなみに子どもは12歳。

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