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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第三章:王妃と幼馴染
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第三十八話:エリス・A・グレージア

 エリスは子どもの頃から頭角を表していた。

 当時グレーズ軍の再編で強い勇者や魔法使いを集めていたグレーズではすぐに目を付けられ、手厚くもてなされた。

 テレポートという力も強力で、身体能力も高いエリスは実際に軍に入ってからも直ぐに上り詰め、それは王であるアーツの目にも止まることとなる。

 それを見て、アーツは一目惚れをしたらしい。

 実際にはアーツはエリーを好いていて、彼女に似ていたエリスに目を付けたのではという噂も立っていたが、年頃だったエリスは眉目秀麗なアーツにそう思われて悪い気もせず、そのまま婚約に至った。

 

 ちょうどその頃からだった。

 

 勇者の出生率が下がっていることを危惧した世界の首脳は人々の不安を拭うために、各国の代表者達で強さを競い合う、武闘大会が開催される様になった。

 その第一回大会のグレーズ代表がエリスだった。

 エリスは次々にトーナメントを勝ち上がり、準々決勝で遂にその相手との対戦となる。


「世界最強の勇者、エリザベート・ストームハートですか」

「あなたはエリスね。アーツ王との婚約おめでとう」


 微笑むエリザベートに、真剣な顔で対峙するエリス。

 若干の蔑みを含んだその表情に、当時のエリスは随分と馬鹿にされた様に思ったらしい。

 実際にはエリザベートのそれは全く違う感情だったわけだが、受け取る側のエリスには全く関係が無いことだった。


 試合開始直後、エリスは即座にエリザベートの背後にテレポートして横薙ぎに剣を振り回そうとした。

 ところが次の瞬間には、エリスは医務室に居た。

 後から聞けば、横薙ぎにしようとしたエリスは、転移など気づいていたかの様に行動していたエリザベートに一瞬で投げられ気を失っていた、ということ。


 その大会は一位がエリザベート・ストームハート、二位はベラトゥーラのルーク、三位がスーサリアのサンダル、四位がウアカリのイリス。

 準決勝のサンダル、決勝のルーク共にエリザベートは30秒以上の試合を続け、一瞬で勝負が決してしまったエリスは己の力の無さを深く実感することになった。

 しかも結局、エリザベートは全ての試合を素手と盾で行い勝ってしまった、とのこと。

 後から聞いた、「エリスは強かったわね。アーツ王を宜しくと言っておいて」というグレーズそのものを侮辱したような伝言だけを残して。


 それ以来八年間、その大会で一位から四位はその四人から全く動くことがない。

 トーナメントのシードを無くせばまた違う順位になるかもしれないが、結局のところその四人に勝てる者が一人も居ないのだから、強い四人を後半で当てる方が盛り上がる。それは例え、毎回同じ結果になったとしても。


 エリス自身が大会に出られたのは最初の一度だけだった。

 その年の内にアーツと結婚してしまったエリスは軍を引退し、戦場からも遠のいた。

 それでも、グレーズの人々は準々決勝までは圧倒的な力で勝ち抜いたエリスのことを『生まれる時代が違えば英雄になっていたかもしれない』と称え、新しい王妃の誕生を祝った。


 それでも、最早顔も覚えていないエリザベートに完敗した記憶を、エリスは忘れることなど出来なかった。


 ――。


「は、ははは、あれから八年も経ったのに、私は全然成長していませんね……」


 エリスの涙は止まらなかった。

 あの時の記憶から、一手は直接斬り付けてからの不意打ちを試みたけれど、それも全くの無駄。

 聞いていたエリザベートにやられた時と殆ど同じ負け方をして、言われたことまで殆ど同じ。

 それはエリスにとって、まるであの時の再現だった。


 エリザベート・ストームハートという英雄に、魔王擁護の英雄もどきに、徹底的に馬鹿にされたあの時の様な。

 もちろん、アーツと結婚した今となっては魔王擁護の意味を全く違うものとして理解している。

 それでも、その時に抱いていた感情が、エリスには再び溢れ出していた。


 騒然とする侍女達。「負けず嫌いは変わってねーな」と苦笑いするジャム達三人。

 厳しい視線を向けるアーツと、それにビクッと怯えた様子を見せるエリス。

 そして、クラウスは手を伸ばす。


「良い試合でした。ありがとうございました」


 それは、ただの挨拶のつもりだった。

 しかし、それに対してエリスは「ひっ」と恐怖の声を漏らした。

 クラウスの本質が、不意に油断していたエリスに突き刺さってしまった形だった。


「くらうす! おねえちゃんをいじめちゃだめーー!!」


 突然そんな声が響き渡る。

 次女の一人に抱かれていたマナが、もぞもぞと暴れて地面に降り立つと、エリスを背にクラウスに向かって両手を広げた。

 どうやら、何かを勘違いしたらしい。

 戦いをするのは分かっていたらしいが、泣かせたのはやりすぎというところだろうか。

 エリスの前に立ったマナはクラウスの足にしがみつくと、ぐいぐいと押す。


 それを見ていると、エリスも次第に笑顔を取り戻した。


「あはは、マナちゃん大丈夫ですよ。私はクラウスさんに虐められてません。ただちょっと悔しくて」


 そう言って、クラウスの足を押すマナの頭を撫で付ける。

 それにマナが「ほんと?」と返せば、「ほんとですよ」と笑顔で答えた。

 目元はまだ赤いが、マナの様子に和んだ様で、立ち上がるとクラウスに「完敗です、ありがとうございました」と握手を求めた。


 そうしてエリスとクラウスの試合は終わりを迎えた。

 その後、クラウスは少し切れていた背中をジョニーに治療してもらうと、エリスが驚いた様な顔をする。


「ははは、完勝とは言えませんね」


 そんな笑顔を向けられて、エリスは再び涙腺を少しだけ緩めた。


 ……。


「あなた、申し訳ありません。勝てませんでした」

「あのクラウス相手によくやったね、エリス。格好良かったよ」


 戻ったエリスを、アーツは抱擁で迎えた。

 アーツは全てを知る極一部の首脳陣の一人だ。

 そんな中で、もしもクラウスが事故で死んでしまったのなら仕方が無い。

 そう考えていたのは事実だった。

 エリスをけしかけたのは、本当にクラウスを殺したかったわけではない。

 それでも、もしも世界がクラウスのことを知った時に、エリスを跳ね除けられない様ではどっちにしろ死んでしまう。

 そんな中で、エリスはよく頑張ってくれたというのがアーツの本音だった。

 厳しい目を向けていたのは別にエリスを責めるためではない。

 その姿を、よりよく見たいと思っていただけの話。


 最初は確かに、見た目がエリーに似ている所に惹かれたものだった。

 しかしその人間性は、実はまるで違う。


「久しぶりにエリスの戦いを見られた。うん。君を嫁に貰って良かったよ」


 人前で悔しさを爆発させて涙してしまうその可愛さを見て、アーツはやはりとエリスを見直した。

 だからこそ、アーツは覚悟を決める。


「エリス、君には全てを話そう。ストームハートの正体、クラウスとマナの秘密、そして、世界の向かう先と、理想的な決着を」

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