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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第二章:恐怖を煽る二人
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第三十二話:玉座

 世界を、一体の悪魔が滅ぼす姿が見える。

 幾千もの魔物を従えて、人々の国を蹂躙している。

 

 救世主など存在しない。


 その悪魔は立ち向かう全ての勇者を魔物達と共に、容赦無く殺していく。

 二本の牙を携えた、……の悪魔。


 世界は今、緩やかに滅びに向かっている。

 とてもシンプルな、一つの理由によって。

 世界の多くの人々はその理由を誤解しているけれど。


 真実を知っているのは、世界の意思と同化した英雄レインの心に触れた英雄エリーと、その仲間達。

 それと、世界の首脳陣の極一部。


 この物語の主人公は、世界が緩やかに滅びに向かっていることすら知らない。

 そしてそれは単に、母の愛のせい。


 ――。


「マナ、今から王様に会わないといけないから大人しく待っててくれるかい?」

「おじさんはやだ」


 王城に案内されたクラウスは、謁見の間に辿り着くまでの間、案内をする好々爺に導かれながら歩いていた。

 もうすぐ謁見の間というところでマナに告げると、マナはそんなわがままを言った。

 一体あの村でどんな目に遭ったのだろうと考えてしまうけれど、恐らく人見知りのマナのことだからただ単に怖かったということだけが理由だろう。

 城内を案内してくれている老人を指差しながら明らかな不満顔を見せている。


「ならば、侍女を呼んで参りますので少々お待ちください」


 ふぉふぉふぉと軽快に笑いながら、老人は二人を一室に案内すると出て行った。

 しばらくして、老人の代わりに三人の侍女がやってくる。

 マナが嫌がるからと配慮をしたのだろう。

 そのうちの一人が、「クラウス様、マナ様、よろしくお願い致します」と恭しく言えば、それに倣って二人も礼をする。


「マナ、彼女達に遊んでもらいな。大丈夫?」

「おそわれない?」


 今度は以前の服職店の少女を思い浮かべたのだろうか。

 

「大丈夫。マナが大人しくしてれば何もされないよ」

「……うん」


 恐らく多少暴れても問題はないだろう。

 それでも、侍女のことを考えるとそう言っておくのが最善だろうと思って侍女達の方を見ると、三人は柔らかい笑みを浮かべている。

 恐らく二人は勇者で、一人は魔法使いだろう。

 油断の無い身のこなしの二人と、一見隙だらけの一人。

 隙だらけに見えるのは、常に心に余裕を持とうとしている裏返し。最近の魔法使いに多い傾向だ。


 いずれも若く美人の侍女で、気品を感じる。


 マナが好むのは基本的に堂々としているタイプであるささみ亭の女将の様な人か、目線の高さを合わせてくれる人。

 きっとこの三名ならばどちらも満たすだろう。

 そんなことを考えていると、早速中心の一人がマナにゆっくりと屈みながら歩み寄った。


「マナ様、ジュースなどお飲みになりますか?」

「ジュース?」

「今日は良い林檎が入ってますので、美味しいですよ」

「……いいの?」


 まだ若干警戒しつつ、クラウスを確認する。

 それに笑顔で頷いて見せると、今度は侍女に向かって頷いた。

 この様子なら大丈夫そうだと思って、その頭を一度くしゃくしゃと撫でる。リボンも問題なく角を隠している。

 

「じゃ、行ってくるね」

「はやくもどってきてね?」


 上目遣いで言ってくるマナを見れば後ろ髪が引かれる思いだけれど、それでは仕方ない。

 王とはどちらにしても、一度話をしておきたかった。

 かつては恨んでさえいたグレーズ王国に会う為、謁見の間に向かうことにする。


 上目遣いのマナを見て侍女達の顔が心なしか緩んでいたので、すぐにマナも馴染むことだろう。


「では、参りましょうか」


 部屋を出ると、先程の老人が待機していた。

 その人に案内され、謁見の間へと向かう。


 ……。


 扉を開けると、王らしき赤髪の人物は玉座から立ち上がる。

 そして突然頭を下げながら言う。


「クラウス、この国での不当な扱い、済まなかった」

「っ! やめてください!」


 驚いた、玉座にの隣控えていた女性が慌てて静止しようとするが、止まらない。

 謁見の間はパッと見た限りでは人払いが済んでいる様子で、先程の老人も入り口までしか案内はしなかった。

 部屋の中に居るのは現在五人。

 クラウスに、王、そして静止しようとしている女性と、ジャムの二人。恐らくジョニーとサム。

 なんのことだか分からず混乱していると、王は続けた。


「レインは、紛れも無いこの国の英雄だ。しかし俺にはそれを正しいとする力が無かった」

「仕方の無いことです、やめて下さい!」


 尚も止めようとする女性が王の正面へと向かうと、王を抱くように玉座に押し返す。

 勇者でも魔法使いでもない王に対して、女性は勇者なのだろう。

 それに王が言いたいことを言って落ち着いたということもあるのかもしれない。あっさりと玉座に戻されると少し息を整え、ふぅ、と一息吐いて言う。


「すまない。取り乱した。君は以前王都の民に悪魔めと罵られたと聞く。それは、俺の力が足りなかったせいだ」


 流石にそれはもう、クラウスも分かっている。

 納得している。

 当時の情勢を考えれば仕方ないことで、まだ幼かった王が支持を得るにはそれしか無かったのだと。

 しかし王の方がそれに納得していなかったらしい。

 仕方ないとはいえ、王にとっては仕方ないでは済まされない程の葛藤があったのだろう。

 初めて会う赤髪の王は、それはもう、オリヴィアの弟と言うのに相応しいのかもしれない。

 だから、クラウスに言える答えは一つだ。

 自分を責めている王を納得させるには、こう言う他あるまい。


「分かりました。許しましょう」


 そう微笑めば、当然ながら付いていた女性はクラウスを睨みつける。

 王に対して上から許すと言えば、そんな反応が当然だ。

 しかし王は一言「ありがとう」と安堵の息を漏らすのみだった。


「ようやく、あの時の後悔を清算出来た気がする。エリスも済まない。俺のわがままだ」

「いえ、あなたがそう言うのでしたら……」


 隣にいるエリスという女性は王妃だ。

 流石に王妃の名前くらいはクラウスでも知っている。


 その容姿は何処かエリー叔母さんに似ていて、もう少し小さくした感じ。

 身長は155cm程で帯剣している金髪に栗色の瞳の女性。

 一般人である王の護衛も兼ねているのかもしれない。


 それはともかくとして、一つ気になることがあった。


「陛下、つかぬ事をお伺いしますが、何故あの時のことくらいで僕に?」


 クラウスにとってはくらいと言うには酷い出来事だったとはいえ、王にとってそのくらいでもおかしくはない。

 そしていくら姉の息子だとはいっても、そのくらいで開口一番王が頭を下げるには、余りにも弱い理由だ。


 しかし、くらいと言ったことで王妃は再びクラウスを睨む。

 王が頭を下げることが"そのくらいで"あって良いはずが無い。


 それでもクラウスが敢えてそう言ったのには理由があった。

 王は母の弟だ。

 許してあげて欲しいと母が言った王の器を、単純に知りたかった。

 少なくとも母なら、笑顔で答えられることだろうから。

 そしてその思惑は正解だったらしい。


「ははは、なんでか分かっても無いのに王に許しを与えるとは、流石は英雄の息子だな」


 やはり、母と同じ様に、無邪気に笑う。

 隣の女性には全く動じていない大物の様に見えているだろうけれど、クラウスには別の見え方だ。

 王は、単純に楽しんでいる。

 それは母と全く変わらない笑顔だ。


「しかし、姉上はまだ何も言ってないのか……」

 一言呟いて、言葉を続ける。


「それなら俺から言えることは限られてくる。まあ、ともかくクラウス、よく来たな。ただの叔父だと思って楽にしなさい」


 相変わらず王妃はクラウスを敵視している様だけれど、優秀な勇者でもあるのだろう。

 クラウスに敵意を覚える者の傾向としては、やはりそれなりに優秀な者が多い。

 それを宥める様に肩に手を置くと、王はそのまま玉座を立ち上がる。

 そしてクラウスの所まで歩いてくると、肩をぽんぽんと叩いて言う。


「それにしても、姉上はいつも君の話ばっかりだ」


 その最中、二人の護衛、ジョニーとサムが立ったまま寝ていたことをクラウスだけが気付いていた。

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