第三十一話:ジョニー
まだ素振りの残りが14万回程残っている中、遂に最初の目的地に到着した。
「着いたよ、あそこが王都だ」
「わー、おっきい!」
グレーズ王国の王都は周囲を外壁が覆っている。
他の街でも覆っている所は数多いが、王都のものは規模が違う。
暮らす人の数が違うので当然と言えば当然ではあるものの、王都は王都であらねばならないという見得の様な見られる程度には、無駄に壮大な城壁だ。
どうしても王都にいい思い出の無いクラウスは、そんなことを思ってしまう。
それでも、無邪気に喜んでいるのを見ると連れてきた甲斐があるなと思ってしまう辺り、成長して割り切れてきたのだろう。
「一応検問なんかがあるんだけど、英雄レインは壁を飛び越えて自由に侵入してた、なんて噂もあるよ」
「まなたちもやる?」
「流石にやらないよ……。捕まるから」
王と顔見知りで自由を出来ていたレインとクラウスでは流石に立場が違う。
当時の王や王妃は聖女様を讃える会なんていう謎の組織を運営していた様だし、レインは自由すぎると当時の公務員は大抵が理解していたらしい。
流石にドラゴンを軽く倒せる勇者に見限られるのも問題だしと、当時の騎士団長が手配して泣く泣く特例を認めていたとかなんとか。
つまり、同じことをクラウスがやれば普通に捕まる。
「良いかいマナ、王都では英雄レインの名前を出すのは良くない。本当はこの国全体でなんだけど。気をつけてね」
「うん。わかった」
今まである程度誤魔化しつつ経緯は説明してきた。
聖女の話は好きなだけしても良いけれど、レインの話はあまりすべきでは無い。
クラウス自身がかつて嫌な思いをしたことも含めて、マナには嫌な思いをして欲しくないと説明すれば、流石に理由はともかくマナも注意する様になる。
幼くともそれなりに賢いマナは、それに素直に頷いた。
「それじゃ、並ぼうか」
「うん!」
王都のチェックは、それ程厳しいものではない。
魔物と勇者を完全に見分けることは不可能なのだから、不審物の所持や明らかな殺意がない限りは入れてしまう。
疑い始めればキリがないのだ。
殺意を感じない敵の一部、サキュバスは平然と外壁を超えてくるだろうし、ヴァンパイアにチャームされればそもそも門番の意味すらなくなってしまう可能性がある。
その為、王都では特に軍に力を入れ治安維持を行なっていた。
どうしたって、未然に防ぐことは出来ないのならば、せめて瞬時に片を付けるという作戦。
幸いにも王都の軍人はエリート揃いで、現在ならばデーモンロードくらいまでなら十分に対処可能だ。
人型の殺意を感じられない魔物で最強のものは特殊な妖狐を除けばヴァンパイロードまで。
そしてヴァンパイアロードであっても、勇者と魔法使いの連携を強化した今の軍の敵ではない。
そんな理由から、門には常に数人のエリートが目を光らせている。
……もちろんそれに、クラウスは引っかかってしまうのだけれど。
「お前、名前は?」
クラウスに向けられる視線は当然、若干の恐怖を孕んだ敵意だ。
殺意とまではいかないが、エリート程に違和感を感じるその性質に、早速止められてしまう。
母ときていた時には王家の紋章を象った特別通行手形が威力を発揮して疑われることなどまるで無かった。
しかし、今は違う。
母オリーブが元王女オリヴィアだということは極一部の者しか知らないし、軍に指導を行う時のオリーブは常に軍のトップであるジャムの誰かによって姿を偽装している。
一般人の特別顧問。
その戦闘能力が一流の勇者並みとこれば、姿を変えている限りそれがオリヴィアだとは誰も気づかない。
尤も、一般人ながら一流勇者並みの戦闘能力を持っているオリーブは言ってみれば勇者たちにとって可能性の塊で、軍でも特別尊敬を集めていることに違いは無かった。
ところが門を通る時にはオリーブは金髪のオリヴィアの姿だ。
初老を過ぎて尚絶世の美女だと言えるオリーブは嫌でも注目を集める。
それが逆に今回は仇となった形で、皆がオリーブに注目してしまうが故に、彼らにとっては目を逸らしたい対象であるクラウスの姿を覚えている者は殆ど居ない。
つまり、一度クラウスにしっかりと目を向ければ、一流の勇者は皆がソレが異常な存在だと気づいてしまう。
とは言えこんなことが想定されていないわけではない。対処方法は予め聞いていた。
「クラウスです。グレーズ王国軍特別顧問オリーブの子です。なんなら、ジャムのどなたかに確認を取って頂ければ」
特別通行手形と共にそれを伝えれば、兵士は訝しげな顔をしながらそれを受け取ると、きっちりと上層部に確認を取りに行ったらしい。
退屈そうなマナの頬をむにむにとしながら待つ。
マナ自身も人の多さに圧倒されつつ暇な様で、大人しくそれを受け入れていた。
結局1時間程も待たされることになって、その人物はやって来た。
片手を上げながらだるそうな顔でのしのしと歩いてくる。
グレーズ王国軍トップの一人にして世界最高クラスの魔法使い、ジャムのジョニーだ。
「久しぶりだな、クラウス坊」
「お久しぶりです。ジョニーさん」
「俺はジョンだ。まあ良いや。来ることは聞いてた。陛下が待ってるから城まで行くと良い」
ジョニー改めジョンは、そう言って城を指差す。
年に一度漣にやって来て騒いでいく四人の変なおじさんの内の一人。
昔はそう認識していた変なおじさん。
それが実は軍のトップだと聞いた時には随分と驚いたものだったが、実際に目にした魔法は流石の一言。
クラウスに坊を付けて呼び、いつもお前のお袋さんはお前の話ばっかりで困るぜと愚痴を漏らしてくる変なおじさんがクラウスにとってのジョンだった。
「お前達、クラウス坊はオリヴィア姫の隠し子だ。顔覚えとけよ」
「ちょっ……」
やはりこの変なおじさんは突然とんでもない事を言い出す。
オリヴィアは公式には死んだことになっている。
いくらなんでもその言い分は通らないし、不敬だろう。
例えそれが、紛れもない事実だとしても。
ところがジョンはけろっとしている。
「なんだ?」
「母さんのことは……」
「ああ、問題ねえよ」
周囲を見てみると、兵士達は皆何故か微笑んでいる。
「ははは、オリヴィア姫の隠し子なら仕方ないですね」と、皆がそんな様子だ。
流石にその様子は異常に思えたて尋ねる。
「……どういうことですか?」
しかし、どうやら彼らにとってはそれは当然の様なことだったらしい。
「皆、オリヴィア姫には生きてて欲しいのさ。幸いにもお前は特別通行手形を持ってる。それなら信じたくなるのがグレーズ軍人ってもんだ」
「ん?」
ちょっと端的過ぎて分からないと首をかしげると、更に説明してくれる。
「オリヴィア姫と騎士団長ディエゴは軍人としての目標そのもの。己の命を顧みず魔王に立ち向かった大英雄だ。その想いはともかくとして、少なくとも、俺たちの中ではそうなってる。そんでこいつらは俺をそれなりに尊敬してる。ってことは、俺が言ったことはこいつらにとっちゃ冗談じゃないのさ」
そんな風に変なおじさんらしからぬ優しい笑みを浮かべると、言う。
「だからお前は、オリヴィア姫の息子として陛下のところへ行って来い」




