第四十三話:師弟は言葉少なに約束する
エリーがレインに弟子入りして2週間。
彼女の成長は子どもながら著しかった。
現在はサニィの格闘戦とほぼ同じ程度。とは言えサニィは魔法を使っていないのでただの女性格闘家と言ったもの。しかしサニィ自身、程々にレインに体術を教わっていたのでただの成人男性よりは強い。
力が成人女性程あるとは言え、たった5歳の幼児が成人男性に勝つことなど本来は不可能だ。
それがただの成人男性には普通に勝てる程度まで強くなった。もちろん、まだオーガを倒すことなどできないが鍛錬を続けて少し体が大きくなれば勝てるようになるだろう。
「これで俺の修業は修了だ。一先ずは俺の伝えたメニューを毎日こなせ」
「はい、ししょー。ありがとうございました。……もう行っちゃうの?」
エリーは心底寂しそうにレインを上目遣いで見上げる。その目尻にはほんのりと涙が浮かんでいる。
彼女はレインを尊敬していた。元々レインが盗賊から助けてくれたことを感謝していたが、ドラゴンを倒すところを見てからは尚更だ。
エリーは完全に肉弾戦のタイプだったのでサニィが教えられることはなく、レインの下で二人共が修業をすると言う日々だった。
しかし、レインとサニィは先へと進まなければならない。たった5年しかない命、守るべきはエリーだけでは済まない。レインとサニィには、互いに世界中ですべき事がある。世界を股にかけてできることがあった。
そしてアリスも呪いを受けている以上、エリーを連れて行くわけにもいかない。彼女の残り5年間しかない命は、娘と共に過ごすべきだ。そう考えている。
逆に彼女が呪いを受けていないならば5年間は連れて行っても、とは考えてはいたが……。
アリスは未だにエリーに呪いのことを話してはいない。
しかしエリーはその能力でそのうちアリスの呪いについては気づくだろう。レイン達が連れて行かない理由に気づくだろう。
「ああ、宿の手伝いをしっかりとするんだぞ。そして母親を守れ。いつかはこの町を守れるようになれ。必ずまた見に来るからな。サボってたら怒るぞ?」
レインは優しく微笑みながらエリーを抱き上げる。
まだまだ5歳。甘えたい盛りだ。思いっきりレインに頭を擦りつけながら、寂しそうにしながらも元気に返事をする。
必ず見に来る。その言葉は本心から言っている。それを感じ取れるエリーは安心しきって、そのままレインの胸の中で眠り始めた。
「エリーちゃんは強くなりそうですね」
「ああ、最初から中々図太いしな。俺を前にしても隙を殆ど見せない。5歳でこれとは恐れ入る」
「あはは。ドラゴンの前に立つ位ですもんね。世界を回って戻ってくる時が楽しみです」
「そうだな……」
戻ってくる時、それは殆ど時間が残されていない時。
その時を考えると恐怖も浮かんでくる。楽しみが少しばかりそれを相殺するが、二人はその時をの事を考えてしまう。
しばらくの無言の後、レインはそのまま宿に帰ろうとした。
その袖を、力なく摘む手があった。
「ちょっと、怖くなっちゃっただけですから」
そんなことを言うサニィだったが、それはレインも有難かった。
「ああ、俺もだ」
二人は再び無言になり、宿まで帰って行く。
翌朝二人は砂漠の方面に向けて旅立つ。たった3日間の滞在ではあったが、アリスとエリーの定住先が決まった。エリーはレインの弟子として、これからも鍛錬を重ねその才能を伸ばしていくだろう。
アリスも5年後まで、宿で上手くやっていくだろう。見た目はサニィよりも小さい美少女だ。閑静な宿の看板母娘として二人は活躍すると思われる。尤も、女将は両方を娘として可愛がるつもりらしいが……。
しかしながら、彼女達の定住先が決まった以上、レインとサニィは遅れてしまった道程を取り戻さなければならない。
世界はまだまだ広い。まだ二人が通りかかるのを待っている者たちもいるだろう。
もしかしたら魔王も出現するかもしれない。
最後の日の夜は、5人での最後の晩餐を行った。
たまたま客が俺たちしか居ないとの事で、女将も乱入してきたのだ。
中々に人懐っこい女将で好ましいとレインとサニィは思う。
もちろん、それに救われるのはアリスとエリーだ。
母娘は「これからお願いします」と女将に改めて挨拶し、女将は「客寄せ効果を期待してるわ」となつっこい笑みを浮かべる。
そうしてその日は、夜遅くまで5人で騒いでいた。
寡黙な宿の主人もちょくちょく覗きに来ては一杯やっていったが、基本的にはその騒がしさに慣れていないらしい。そそくさと居なくなっては暫くしたらまたやってくるということを繰り返していた。
「上手くやっていけそうだな。ここは良い町だ」
「そうですね。今度来る時はもう少し長めに滞在しましょうよ」
「そうだな。あっという間の三日間だった」
今度ここに来る時のエリーの成長が楽しみだ。今度ここに来るときのこの町の歓迎が楽しみだ。
再び彼女達に会うのが楽しみだ。
二人はそんな話をしつつ、眠りについた。
――。
次の日、朝早くにレインとサニィは宿を立った。
早起きの女将は二人に弁当を用意してくれており、それをありがたく受け取っていく。
アリスとエリーはまだ寝ていたようなので、起こさない様に静かに立った。
そしていよいよ町を立つという時、門の直前で後ろから声がかかる。
「ししょー!!!」
振り返ると、もちろんエリーだ。アリスの手を引いたエリーが、決意を固めた顔をして叫んでいる。
彼女は宣言した。
「必ず師匠の様に強くなって、師匠の様に人を救います。一先ずはお母さんを必ず守れる様になります。そしてその次にはこの宿を、そして町を。最後には師匠みたいにドラゴンを倒せる様になります」
そんな言葉を、拙い言葉でレインへと伝える。
レインはそんなエリーの言葉に微笑むと、何も答えず門の外へと向かった。
そして、門の外へ出ると宝剣【月光】を抜き放つと、そのまま目の前の大きな弧を描く崖になっている海岸線まで歩いていく。
「見てろ」
そう言うと、レインは対面に見える海岸に向かって【月光】を振り下ろした。
すると、三日月型になっている海岸線に一本の線が走る。大半は海の中に消えていくが、それは5km程離れた対面を縦に抉り、その崖に5m程の高さの亀裂を作った。
「強くなれよ」
レインが言った言葉はそれだけ。
しかしそれは、心を読めるエリーにはしっかりと伝わったらしい。
彼女は「はい!」と元気よく答えると、「修業してきます!」と言って再びアリスの手を引いて町の中に戻って行った。
それを師匠は満足そうに見守る。
この弟子は必ず強くなる。何度も思っていたことだが、やはり確実だ。
そう思うと、どうしても師の頬が緩んでしまった。
それを見ていたサニィはにっこり笑うと。
「あはは、なんか本当に師弟みたいですね」
「本当に師弟だが……」
そんなとんちんかんなことを言う。
せっかくの格好良いやりとりが台無しだとレインは崩折れつつ、二人は再び歩き出した。
残り【1782→1779日】