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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第二章:恐怖を煽る二人
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第三十話:勇者の特殊個体

 二人の英雄の墓参りを済ませると、再び王都へと向かう。

 狛の村跡地にも興味はあるが、流石にそこまで観光を重視するのは違う。

 表面上の目的はあくまでマナの母親を探すことで、本当の目的はアルカナウィンドへ向かうこと。

 マナの母親が見つからないと、マナ自身が理解するのをきっかけに観光に移行すれば良いだろう。

 それまでマナに希望を持たせてしまうのは酷な気もするが、確実に来るその時のためにもマナの為に動いてやりたい。いざという時に助けになれる人間なのだと証明しておきたい。

 クラウスはそう思っていた。


 まだ五歳にも満たない少女にしか見えないマナに、ママは居ないんだよ。なんてことをストレートに言える人間ではない。

 クラウスにとっては母の愛情程大切なものは無いと言えるし、ママという言葉助けようという気分になったのだから、尚更。


 幸いなことに関係も良好。最初の怯えが嘘の様にすんなりと懐いてくれたおかげで、寂しい思いは全くしていない様子のマナを見ていると、随分と安心する。

 正体がなんなのかという不安はあるものの、あの母親が何も連絡を寄越さないというだけでその不安も随分と和らいでいた。


 それが墓参りで一度気持ちを落ち着けた成果だろう。

 二人の英雄の墓参りの後には、マナも随分と興味を持っていた。


「そう、隙を見るとされるその力が、戦いじゃ最強の力だったって言われてるね」

「いわれてる?」

「うん。僕のお母さんや師匠曰く、本当の力は別だったみたいなんだ」


 意外とマナは聡い。

 ほんの少しのニュアンスを敏感に感じ取って、的確な疑問をぶつけて来ることがある。

 クラウスもそれが面白くて、つい話してしまう。


「ほんとーはなんなの?」

「叔母さんが言うには、英雄レインの力は絶対勝利なんだって。対峙、レインが敵だと認めた者には絶対に勝つってのが、叔母さんが言うには本当の力らしい」


 曰く、レインの母が亡くなったオーガ戦でも、助けさえしなければ必ず勝っていた。

 曰く、呪いにさえ罹っていなければ魔王戦で致命傷を受けることは無かった。

 実は全ての事柄が、レインを殺す為の世界の意思の布石だったのだ。

 クラウスの師匠エリーはそう説明していた。

 英雄レインは完全なイレギュラーで、世界の意思にとってはどうしても生きていては困る存在だった。

 だから、聖女サニィを使って殺したのだ、と。


 月光という宝剣が偶然にも生まれてしまったことで、レインが生まれることが決まってしまった。

 何処まで先を読めるのかは知らないが、世界の意思はその対処の為に黒の魔王を生み出し、世界に呪いを振り撒いた。

 

 最初は眉唾だったその説も、母が頷くなら納得してしまう。

 流石にマザコンが過ぎるかなとクラウス自身思いながらも、愛弟子だったオリヴィアがそう言うのであれば、それは間違いないだろう。


 もちろん、それをマナに説明することはしないけれど。


 ところが、マナはじわじわと涙目になった。


「そんなつよくてもしんじゃうんだ……」


 そう言ってクラウスを上目遣いで見つめる。

 

「大丈夫、僕は死なないから。英雄レインが死んだのは、世界を救う為にその体を使ったからなんだ。レインの特殊な肉体が世界を救う為に必要だった。

 でも、僕には今のところそういう特殊なのは無いからさ」


 何も知らないクラウスはそんな風に言いながら、マナの頭を多少くしゃくしゃと撫で付ける。

 随分と撫でてばかりの様な気もするけれど、マナの灰色の髪の毛はふわふわとして柔らかい。いつも動物に逃げられることを考えると、クラウス自身も心地よかった。

 マナも、それが良いらしい。

 いやいやと首を振る様子だけ見せながら、振り解くことはしない。


 しばらくして、涙も治まってくると、別のことが気になったらしい。

 

「くらうすのゆーしゃの力ってなに?」


 ちょうど聖女とレインの力について話したところだった。

 世界に満ちるマナに語りかけるサニィと、曰く絶対勝利のレイン。

 勇者は必ず何か超常の力を持っていると教えてしまえば、それを今のところ使った様子が無いクラウスの力が気になるのも当然かもしれない。


「んー、僕の力はまだ分からないんだよね。普通は五歳から十歳くらいで自分や周りの人がその力に気づくものらしいんだけど、僕は自分でも分からないし、誰も何も言わなくて」


 勇者の力は、基本的には自己申告だが、アリエル・エリーゼの【正しき道を示す】様に他者がその異変に気付くこともある。

 その勇者にとっての当然が、他人にとっては当然では無いというパターン。

 しかしクラウスに、その辺りの心当たりはない。

 何かを忘れている様な気はするけれど、何を忘れているのかが分からないし、大したことではない様に思っている。


「今のところは、勇者にとって理想的な肉体ってだけかな。力も強いし頑丈だし、僕なら針の穴を通す様に弓を射ることも出来るよ。

 でも、英雄オリヴィアみたいに必中じゃないけどね。100回射ったら2回位は少しズレるかな」

「おりびあ?」

「言ってなかったっけ。僕のお母さんの昔の名前。レインの弟子で、何かに阻まれなければ絶対に命中する力を持ってたんだ」

「へえぇ。いいなぁ」


 聡いと言っても無知な子ども。

 マナは今の重要な言葉には気付ず目を輝かせる。

 勇者は生まれてから死ぬまで勇者なのが原則だ。

 聖女サニィならばもしかしたら可能かもしれないが、基本的に細胞に練り込まれたマナが減ることは死ぬまであり得ない。


 クラウスが自身の特殊性に気付くのは、まだ先のこと。


 そしてあまりにも楽しそうに英雄について話すクラウスの影響を受けて、マナも英雄になりたいと言い始めるのは、この五分ほど後のことだった。

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