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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第二章:恐怖を煽る二人
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第二十八話:捕食者なら

 焦る気持ちを抑え、マナに対してどう伝えるべきかを考える。

「魔物は毒だから食べてはいけないんだ」

 スライムの時にはその一言で済んだ。

 確かにスライムは魔物であることさえ除くのであればゼリーに似ていて、見方次第では美味しそうに見えなくもない。

 ジャガーノートも見た目は肉食獣の一つで、猛獣達が食べられるとすれば、あれも食べられると感じてもおかしいものではないのかもしれない。

 魔物を食べられないと知っている人間であるという前提さえ除けば、それくらいの勘違いはしてもおかしくはない。


 しかし今回はまるで違う。

 ゴブリンキングという醜悪な魔物を前にして、マナはスライムを前にした時とまるで同じことを言い放ったのだ。

 ゴブリンキングは完全な人型で筋肉質。更には悪臭に醜悪な見た目。

 何をどう勘違いしたところで、美味しそうには見えない。

 あの魔物の不快さは強烈で、勇者であれば率先して殺したい魔物の一つだ。

 少なくともクラウスはそう聞いていた。


 しかしそれも、人間からの観点でしか無いとしたら。

 もしもヒョウがゴリラを食す様に、マナにとっては魔物がただの餌にしか見えないとしたら?

 だとしたら、マナになんと伝えれば良いのか。

 今は顔を胸に押し付けて周囲を見えない様に処理しているが、周りで魔物を殺していると分かっているにも関わらず、マナに動揺の素振りは微塵もない。

 人間に対してあれだけ怯えるマナが、魔物に対しては本当に、ただの餌以上の感情が無いのだとしたら。

 そうだとすれば、魔物がマナを恐る理由すら説明がついてしまう。


 クラウスはどう伝えれば良いのか分からなかった。

 だからだろう。

 ひとまず、いい加減なことを言って誤魔化す他無かった。


「マナ、魔物は毒だし、あれは硬くて臭いし、不味いよ」

「そうなの? うーん」


 頭を胸板に押し付けられたまま、マナは悩む。

 もしかしたらそのせいでゴブリンキングの悪臭が嗅げなかった可能性もある。

 それを試せれば良かったが、流石にそれを試す勇気はない。

 もしもマナがその臭いを嗅いでも悪臭だと感じないのであれば、流石にフォローのしようが無い。


 角を始め色のない不思議な少女を既に本当に、娘の様に思い始めているクラウスにとって、マナを殺めることだけは、既にどうしようもなく避けたくなっていることだった。


 だからこそ、クラウスは現状、問題を先延ばしにする以外の方法が思い浮かばなかった。


「マナ、臭いがうつる前にここを離れよう。王都はもうすぐだ」


 本当はまだまだ長い距離がある王都までは、マナが眠った隙に大きく移動することで時間を短縮する。

 王都まで行けば、世界で最も頼りになる人に手紙を出せる。

 一先ず、それで判断を仰ごう。そう考えた。


「うん。我慢する」


 頭を押し付けられながらもぞもぞと頷くマナを見て、言ってやれることは、一つだけだった。


「偉いぞマナ。王都まで着いたら好きなもの食べさせてやるからな」


 そう言って頭を撫でる。

 そのままその場をすぐに離脱してしばらく経つと、マナはそのまま眠りについてしまった。

 ほっと安堵の息を漏らすと王都へ急ぐべく、足を早める。


(結局サウザンソーサリスでは返事が来なかったけど、母さんはマナに対してどう思ってるんだろう)


 そんなことを考えながら、マナを起こさないギリギリの速度で森の中を走り、森を抜ける。

 そこから更に少し進むと、どうしても行きたい場所があったことを思い出した。

 アルカナウィンドからの帰りでも良いかなと思っていながら、せっかく近くに寄ったのなら、行っておくべき場所。


 母曰く、オリヴィアに続く物語の全てが始まった場所。

 

 そしてクラウス自身の最も好きな英雄の物語が始まった悲しい地にして、最も重要な聖地。

 花の町フィオーレ共同墓地。

 かつての町民達と一人の聖女、そして一人の抹消された英雄の墓がある場所。

 聖女サニィが眠る場所とは違いながらも世界で唯一、聖女の声が聞こえることがあると噂される場所。


 世界に満ちるマナを感じ取ることが出来た聖女の眠る聖地にこの不思議な少女を連れていけば、もしかしたら何かが分かるかもしれない。

 そんな、少しの期待を込めて。

 ついでながら、焦っている気持ちを落ち着かせる為という理由も含めて。


 それを思い出したことで、クラウスはゴブリンキングを倒してからペナルティの素振りを忘れていたことも思い出す。

 そのままではきっと、冷静な判断すら出来なくなってしまう。

 人によって最高の能力を発揮させる状況はまるで違う。そんなエリー叔母さんの言葉を思い出す。

 少なくともクラウスにとっては冷静ではないということは、最悪に近いコンディションだということを、ようやく思い出した。

 今はマナもいるのだから尚のこと。

 

 幸いにも、墓地に寄った所で、クラウスの静かな全力で王都までは一時間程のロスにしかならない位置にそれはあった。

 だからこそ少しの寄り道が、今はきっとベストに働くと信じて。

 そしてそれは正解だったと知るのは、王との面会を果たしてからだった。

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