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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第二章:恐怖を煽る二人
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第二十四話:青い花

「おねえちゃん、ままじゃなかったね」


 村を出発して直ぐに、マナはそんなことを呟いた。

 やはり母が何者なのかすらも分かっていない様子で、クラウスを見上げる。


「そうだね。マナのママはどこに居るんだろうな」


 取り敢えず当たり障りのない返答をしておくと、「わかんない」と答えが返ってくる。

 しかしそれは特に落ち込んだ様子でもなく、そのまま笑顔になると言葉を続ける。


「でも、くらうすがいるからさみしくないよ。くらうすもまながいるからさみしくない」


 そしてそのままクラウスの手をきゅっと握る。

 それは、だから居なくならないで、と続くような、そんな笑顔。

 大暴れしていたマナはやはり随分と寂しかったらしい。

 右手は素振りを続けていたので、マナの手を握った左手離して片手で器用にマナを抱え上げると、その頭に頬を擦り付ける。


「そうだね。マナが居るから寂しくない。それはこれからもだ。僕は決して居なくならない」

「んんー、やめてぇー」


 頭を頬で撫でられて、あまり嫌では無さそうに首を振りながら言うと、「おろしてー」と手足をばたばたさせ始める。

 子供扱いが好きじゃないのだろうか、アイリの影響なのだろうか、難しい時期らしい。


 そのまましばらく歩いていくと、よく見覚えのある風景が広がっていた。

 それはサウザンソーサリスの出入り口でも見かけていたもの。

 南から入った時にはそれほど反応していなかったものの、北から出た時にはマナが随分とテンションを上げていたものだった。


「あ、あおいはなだ!」


 通称『聖女の川』や『花の川』と呼ばれる決して枯れることのない青い花の絨毯。 

 聖女が通ったという印で、熱心な聖女の信奉者は危険をおかしてでもこの花の川に沿って世界を回るという観光スポットにして、転移のポイント。

 世界中に張り巡らされているというこの川を、マナはささみ亭の女将と服飾店の少女が青で彩ってからというもの、随分と気に入ってる様だった。

 

 言うが早いか、マナはクラウスの手を振りほどいて走って行く。


「ちょっと待ちなって。一人じゃ危ないぞー」

「だいじょーぶ! くらうすがまもってくれるから!」


 と叫んだのも束の間、マナは木の根っこに足を取られて転びかける。

 

「ほら、魔物だけじゃないからさ」


 それを間一髪で首根っこを捕まえて持ち上げると、マナはだらんと手足を垂らしたままに振り返る。


「えへへ、だめだった」

「森では足元に気をつけな」

「はーい」


 通称大樹の森と呼ばれるここ、古代の森では、直径2mを超える樹ばかりが生えている。

 花の色はサウザンソーサリスよりも随分と彩度が落ちるが、それでもそれなりに美しい。

 鬱蒼と茂った森の中に青い花はよく目立っている。

 そんな中で子どもが走ればそれは転びもするというもの。


 とは言え、クラウスにとってその程度のカバーはお手の物だった。

 直ぐに助けるのは若干甘いかなと思いつつも、オーガ戦で寂しい思いをさせてやった分だと思えば仕方ないとも思う辺り、クラウスにも親馬鹿の片鱗が現れている。

 どっちにしろ、ただの一度としてマナを魔物と戦わせるつもりが無い以上は全てから守ってやる覚悟を決めていたのだから。


「ねえくらうす、せいじょさまってどんなひとなの?」


 花の川まで連れていくと、マナはそんなことを言い出した。

 サウザンソーサリスの北でテンションを上げていたマナにそれを作ったのは聖女様だという話を既にしてある。


「うーん、僕は直接会ったことないからな……。でも、母さんが言うには素晴らしい人だってさ」

 人格的な部分は、母の補正が多分に入っていることが予想出来るのであまり言えない。

「すばらしいの?」

「うん、世界を救った救世主だよ」

「へえー」

「レインって言う英雄と一緒にね、悲しんでた人達を沢山守ったんだ」

「くらうすといっしょだね!」

「ん?」 


 目を輝かせるマナに、どういうことだろうと一瞬考えてしまったものの、直ぐにそれはつい最近のことだと思い至る。

 きっとマナからしたら、マナ自身を保護したここと、村人達をオーガの侵略から守ったことは、たくさんの人を守ったことになるのだろう。

 確かにオーガ三百匹の殲滅は誰にでも出来ることではない。

 しかし、誰にでも出来ることではないとは言っても、たかがオーガの三百匹だ。

 それは少なくとも、聖女サニィと鬼神レインに比べたら。


「ははは、一緒にしてもらえるのは光栄だけど、聖女様とレインは僕とは比べ物にならない人を救ってるよ」

「くらうすよりすごいの?」


 やはりマナにとっては村人、たった40名程の彼らは凄く沢山だったらしい。

 そんな微笑ましい疑問に対して、分かりやすく示してやることにする。

 まず、親指と人差し指の隙間でちょっとを表現して言う。


「僕が救ったのはこれくらい」

「えー、そうなの?」


 それを見てマナは不満そうに漏らすが、仕方ない。

 

「ははは、聖女様達の凄さが直ぐに分かるようにね」


 そして次は、手近な樹を指差す。

 幹の直径は5m程。

 高さは優に30mを超える。


「聖女様達が救った人々はこのくらいだ」

「…………」


 それは蟻と象よりも尚差があって、マナが見上げてもそのてっぺんは見える気配がない。

 マナはしばらくその樹を呆然と眺める。

 どうやらその差を処理するのに、少し時間がかかっている様で、出てきた言葉はこうだった。


「……ぜんぜんわかんない」

「ははは、そっか。そうだな。僕も全然分からないよ」

 そう答えると、マナは急に不安そうな顔で口を開く。

「くらうすはすごくないの?」

 確かに絶対守ると言っておいて、それだけの差があると言われれば、不安にもなるかもしれない。

 もう少し自分を誇張しておくべきだったかとも思ったけれど、クラウスは生憎、もっと良い手札を持っていた。


「大丈夫だよ、マナ。僕だって実は英雄の子どもなんだ。聖女サニィと鬼神レインは僕の目標。負けっぱなしでいるつもりも無いさ」


 そう言って頭を撫でると、マナは再び目を輝かせた。


「ままがえいゆうなの!?」

「お、鋭いな。そうだよ。僕のママは英雄オリヴィアって言ってね、20年前には世界で一番強かったんだ」

「おおー、いちばん! じゃあくらうすはにばん?」

「いや、僕はまだまだかな。その為にも修行中なんだ。でも、マナを守ってる時には一番強いかもしれないな」


 そんな風に冗談を交えつつマナを安心させると、マナを抱き上げて古代の森を進み始める。

 そろそろ騒いだからか眠くなってきたらしくうとうとしているマナを撫でると、素振りを再開し始めた。

 村娘から受けた素振りはあと、59万回残っている。

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