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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第二章:恐怖を煽る二人
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第二十一話:嵐の少女

「すまないが、何かの縁だと思って手伝ってはくれまいか」


 門番の一人が村の中を案内すると言って来たので頼むと、村長の家に通された。

 恐らく最初から通りかかった冒険者に助力を請うつもりだったのだろう。

 その流れに、まんまと乗せられたという訳だったが、特に急ぐ旅でもない。


「ええ、構いません」


 クラウスはマナを膝に乗せながら、そう答える。

 数人の大人に囲まれるという状況に慣れていないマナが不安そうにしていた為、その様な処置を取ったところ、包まれていたことに安心したのだろうか、きょろきょろと周囲を見回している。


「近頃の勇者不足は深刻でな。近くにオーガの集落が出来てしまったのだが、それを片付けられない。

 このままでは我が村は滅ぼされるのみだ。

 その前に移動出来れば良いのだが、やはり生まれ育った村を離れられないと言う者が多くてな……」


 村長は真剣な面持ちでそんなことを言う。

 ここまで来る間に見た限りでは、この村は若い者が非常に少なかった。

 村長の話の通りなら、若い者達は既に移住しているか、オーガとの戦いでやられてしまっているか、どちらかだと予想出来る。

 そんな折にデーモンやジャガーノートを倒せる勇者が来るということは、彼らにとっては本当に切実な、希望が見えたということだろう。

 もちろん、それを断れるクラウスではない。


「分かりました。愛着のある町を捨てられないという想いは確かに。オーガなら僕一人でも問題ありません」

「すまんな。大した礼も出来ないが、よろしく頼む」


 そう言って村長を始め皆が頭を下げる。


「では、その集落の場所を教えて下さい。直ぐに片付けて来ますから」


 そう言って、クラウスはマナを膝から下ろすと、いつもの様に頭を撫でる。


「それじゃマナ、少しだけ待っててくれるか?」

「や」


 まるで当然とばかりに拒否するマナに、流石に苦笑いしてしまう。

 しかし、流石に連れて行くわけには行かない。

 今からすることは、マナにとって必要なことではないのだから。

 クラウスがオーガを相手にすると言うことは、言ってみればただの虐殺だ。

 襲い掛かって来た魔物を相手に戦うのはまるで訳が違う。

 自ら敵地にわざわざ乗り込んで、敵に一切の抵抗を許さず斬り刻む行為。

 それが、マナに良い影響を与える様には思えなかった。


 師匠であるエリー叔母さんは甘いと怒るかもしれない。

 母もまた、子どもの頃からクラウスに戦闘を見せていた。

 それでも何故か、クラウスはそれをマナに見せたく無かった。

 その理由が、三人の英雄の残滓であると気付くこともなく。


 しがみ付くマナを泣く泣く引き剥がすと、勇者だと言う門番に預ける。


「やだ! やだぁあ! くらうすぅう!」


 まるで今生の別れの様に暴れ泣き叫ぶマナを見ていると心が痛むが、危険が無いわけでもない。

 もしもオーガロードが居た場合、マナを連れていれば目測を誤った場合大怪我を負わせかねないのだ。

 腕力に特化したオーガロードが振るう丸太の様な腕は、マナの様な子どもであれば掠っただけで致命傷になり兼ねない威力を持っている。

 それが虐殺になるのとは別に、連れて行きたくない理由だった。


「マナ、いい子にしてたら後でなんでもしてあげるから、ね?」


 流石に勇者の身体能力からは逃れられないマナのそう言って頭に手を置くと、泣き叫んでいたのがゆっくりと治って行き、「ほんとに?」と半べそで問う。


「もちろんだ。必ず帰ってくるから安心して。僕は強いんだ」


 そう答えると、「ぜったいだよ?」ともう一度念押しをされて、思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら、村人の一人に案内を受ける。

 大暴れした時に少しリボンがズレたのが心配だったが、頭に手を置くついでに直しておいたから、大事は無いだろう。

 そう考えて、オーガの集落へと歩を進めた。


 ――。


「おじさんやだ!」


 クラウスを見送るまでは大人しくしていたマナだったが、ちょうど村を出たくらいの時間になってからは凄かった。

 まずはそんな事を言って預けられた門番の手から逃れようとする。

 門番は現在二十一歳。

 まだおじさんと言うには少し早い。


「お、おじさん……」


 そう言って力なく項垂れれば、その隙にともぞもぞ動いて、マナはその手から逃れる。

 しかし約束は覚えている様で、村長の家から出る様子は無く、家の中を走り始めた。

 それを慌てて追いかければ、マナは恐怖の表情を浮かべて本気で逃げ始める。

 村長の家にある凡ゆるものをなぎ倒しながら、小さい体で大暴れをする。

 そして最終的に、門番の青年よりはマシだと思ったのだろう、村長の娘の後ろに回り込むと、小動物の様に丸まって拒否の姿勢を見せた。


 それを見て村長含めその場にいた村人達は殆どが苦笑いをしながら、頼む相手を間違えたかな、と思ったらしい。


 しかしそれがマナに出来る、最大限のいい子だった。


 ――。


 親馬鹿は知らない。

 もうほぼ愛娘と言っても良いほどに可愛がってしまっているマナが村長の家で大暴れして、村の秘蔵の酒を何本もダメにしたことなど。

 それを見て何故か母性本能をくすぐられた村長の娘が、ひっそりと娘に好意を持っていた門番の青年を振ることになるなど、親馬鹿の愛を受けて育った親馬鹿には、知る由もなかった。


「可愛い子ですね」

「ええ、本当にいい子なんですよ。少しだけ人見知りなんですけど」


 親馬鹿は、呑気にそんなことを言っていた。

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