第四十二話:大地の果てで救われる
4人は確実に修行を重ねながら歩き続け、海に着いた。
アリスもエリーも海を見たことがなかったので、港町に入る前に先に海をしっかり見られる岬をサニィが見つけ、そこから4人で眺める。観光も旅のメインだ。
未だかつて見たことのないその広大な風景はサニィとレインをも感動させる。
270°程を見渡せる突出したその岬は世界の果ての様で美しい。
その水平線は若干の弧を描いており、いくつかの島がそれを崩すアクセントになっている。
「ほおええぇぇぇえ……」
サニィは再び感動のあまりアホな歓声を上げているが、アリスとエリーは最早口を開けたまま声を無くしている。そのうちアリスは大粒の涙をぼろぼろと流し始めた。
レインはその様子を平然と眺めていたが、エリーは当然それに狼狽える。
心を読めるエリーも、それがどういう感覚なのかは分かっていない様だ。
「お母さんどうしたの?」そんなことを聞けば、「大丈夫。感動しちゃって」そんな風に答える。
その理由を答えるつもりは無いようだったが、レインは何かに気づいたように真剣な顔で一度頷いている。
サニィもその理由を聞くほど野暮なことはないと考え、そっとしておくことに決めた。
しばらくその場を堪能しアリスの様子も元に戻った頃、西を見ると微かに港町が見えることに気づく。
そうしてしばらく歩いた後、遂に港町へと辿りついた。
「滞在予定は3日間だ。アリス達はどうする?」
そのレインの言葉に、アリスはうつむく。そしてしばらく考えた素振りを見せると、エリーの方を見つめ、再びレインとサニィの方に向き直り口を開いた。
「あの、レインさんサニィさん。お願いがあります」
「聞こう」「なんでしょうか」
「エリーを、この娘を、この先も一緒に連れて行ってくれませんか?」
「……お母さん?」
アリスは不安げなエリーの頭を撫でると娘をサニィに任せ、レインと二人で少し離れた位置へと移動していく。サニィその様子に少し動揺するものの、レインはアリスの意図が理解できているようでサニィにアイコンタクトを送ると、それに納得したサニィはエリーを抱きかかえあやし始めた。
その後二人は10分程話し込むと、サニィ達の元へ戻ってきた。
レインはやはり動じていなかったが、アリスは涙で顔を濡らしていた。彼女はそのままサニィの下へと駆け寄ると、エリーを抱きしめて泣き出した。
エリーはよしよしと母親の頭を撫でている。
「サニィ、ここで二人とは別れることになる。しかし、そのうちもう一度ここに来よう。エリーの師として、彼女の成長は見なければならん」
「え? はい。よく分かりませんけど、レインさんがアリスさんを泣かせたわけではないですよね?」
「ああ、それに関しては後で説明する」
アリスが落ち着くと、彼女はレインの袖を掴む。それが少し気になるサニィではあるが、一先ず四人は同じ宿へと泊まることになった。
その宿は素朴で平屋建て、しかし主人と女将はとても人当たりの良い夫婦でとても居心地の良い宿だった。料理も新鮮な海鮮をふんだんに使ったものでとても美味しい。
流石にフグは出なかったものの、四人ともがそれに満足していた。
「ところで、4人はどんな関係? この子はお二人の子どもで、彼女はあなたの妹さん?」
すぐに仲の良くなった女将は俺達にそんなことを聞いてくる。
二日間泊まる部屋は大部屋にしてもらうことにした。
盗賊団を壊滅させた分の給料は昼の間に受け取り、ドラゴンの素材はまだ持ち歩いている。
しかし、アリス達は現在金品になるものを持ち合わせていなかったので、彼女達の当分の生活費を盗賊団の討伐費用から出してやることにした。
その為少しでも節約する為に素朴な宿と大部屋をとることにしたのだ。
そのせいか、女将には四人の関係を誤解されたわけである。
「俺とサニィが夫婦と言うことは合っているが――」
「合ってません」
「この小さいのはこの娘の母親だ。俺達より年上だ」
レインとサニィの会話はいつも通り。素早くツッコミを入れるが、既に嫌ではなさそうだ。
少しばかり頬を赤く染めている。
女将はそれにほほ笑みかけながら更に深く踏み込んでくる。
「あらあらそうなの。お友達?」
「この娘が俺の弟子だ。まあ、色々あってな。この二人はこれからこの町で暮らすことになる。気にかけてやってくれると助かるが」
「もちろん。私たち子どもが出来なくて寂しかったから、こちらこそ仲良くしてね」
サニィが動揺している間にレインと女将は話を進める。
アリスは子どもと言われつつも差し出される女将の手に笑顔で応えているし、エリーは首を傾げている。
サニィが平静を取り戻した時には女将は部屋を出てエリーは眠そうにしていた。
それからすぐ、エリーを寝かしつけると大人三人は部屋を出て、宿の広間に集まった。
「さて、昼の話をサニィにもしようか」
「そうね。なんで私があんなことを言ったのか……」
「はい。教えて欲しいです」
そうしてアリスは語りだした。
自分は村が襲われた日、逃げ出した所で視界に数字が見え始めた。
それが最初はどういう意味なのかは分からなかった。
しかしゴブリンに追いかけられて逃げる際、足に一撃を食らってしまった。
もう終わりなのかと絶望に暮れたが、その傷はみるみる治っていく。
そこで、一つの呪いが世界には振りまかれていることを思いだしたのだ。
それならばと必死に逃げ続けた所、レインとサニィに出会い、エリーと村の女子供を助け出すことに成功した。
しかし、5年後に自分が死ぬと決まってしまった以上村にはいられない。
アリスとエリーに対してあまり良くない気を抱いている村人達の所に娘を一人残してしまうわけにはいかない。そこで二人と共に旅に出て、受け入れてくれる場所を探すことにしたのだ。
その道中、今まで少し意図を汲んでくれたり力が強いとは思っていたものの、エリーが勇者であることが発覚した。
そしてエリーはレインにも懐いている。
それならばと二人にエリーを任せ、自分は感動の余り泣いてしまったこの地で最期を向かえようと考えたのだと言う。
「しかし、俺達はアリスよりも前に死ぬだろう」
そう。アリスはレイン達が呪いに罹っていることを知らなかった。
しかも二人はアリスよりも先に死んでしまう。
アリスが二人にエリーを任せたいと考えた理由は、二人がアリスよりも長生きすると思っていたからだった。そういう苦肉の策だった。
それが成り立たないと聞いた時、アリスは訳も分からぬ不安と、エリーと離れなくても良いかもしれないという喜びとで泣き出してしまった。エリーのこの先がどうなるかも不安だった。
その為レインは旅を終えたらもう一度戻ってくる、その時にエリーの成長を見に来ると約束したという。
「なるほど。そういうことだったのね」
三人が話を終えると同時に女将がひょっこりと顔を出す。
レインは恐らく気づいていただろう。わざと聞かせていた様にも思える。
そしてレインの思惑通り、女将は口を開いた。
幸せになる呪いを受けている者が三人も揃っているのだ。
この答えは最早必然と言えるのかもしれない。
「それなら二人共住み込みでうちの宿で働きなさい。歓迎するわ。ちょうど人手が欲しいところだったの」
「え……、良いんですか? 私5年で……」
「もちろん。ここを居場所にして良いから、ね?」
そうしてアリスは本日三度目の号泣をした。
女将の手を取り、感謝の言葉もかけられずひたすらに泣いた。
ただ、ひたすらにその日は泣き続けた。
残り【1787→1782日】 アリス【1809日】