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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第三部第一章:英雄の子と灰色の少女
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第十八話:裁縫の勇者

「ありがとうございました! また来てくださいね! ほんとに!」


 服屋の少女は元気に言う。

 どうやら灰色のマナが随分と気に入った様で、色を問わず似合うことに様々な服を着せる想像が膨らんでいるらしい。

 今回マナの為に作った服はリボンと同じ青で、儚げな幼い少女が強そうな勇者に守られている様子が堪らないと興奮していた。

 クラウスの怖がられやすい雰囲気は、裏を返せば強そうだということだろう。

 そう言われて悪い気がすることもなく、少しのデザイン違いの三着を購入する。それは本当に格安で、流石にもう一度位は連れてきてマナの服を作ってもらわないと悪い気になってくる程だった。


 肝心のマナは、その少女に相変わらず怯えていたが……。


「ありがとう」

「いえいえ、次いつ頃来るか分かってれば一年以内なら成長に合わせた服を予め作っておけますよ」


 少女の力は、採寸に限っては未来予知すら出来るらしい。

 正しく本人の興味も相まって、服職人になる為に生まれてきた様な少女だ。

 ところが、そう言って力を使ったのだろう少女の眉間には皺が寄る。


「あれ? マナちゃんの未来の寸法……分からないな」

 それが、再びマナに感じた異常だということは言うまでもない。

「どう見えるの?」

 そう問うクラウスに、少女は「えーと、大きくなってるようにも、変わらないようにも見えます」と答える。

「大きくなる? どの位に?」

「五尺位に……」

「……それは一年で?」

「……一年で、ですね……」


 今のマナの身長はちょうど100cm程。それが一年で五尺、150cmにまで成長するというのは異常だ。

 そこまで大きくなってしまえば、それは小柄な大人の女性と変わらない。

 五歳にも満たない少女の身長では有り得ないと言っても良い。


「うーん、マナはやっぱりまだ目覚めてない勇者なのかな?」

 

 一先ずそうごまかすことにして、クラウスはその話を打ち切ることにした。


「あぁ、まだ小さいから力も分からないですしねー」


 と納得する様子の少女を見てみれば、それを疑う様子もないことが分かる。

 勇者の力は千差万別、巨人化する者が居てもおかしくはない。

 幸いなことに、仕上げを兼ねて着せ替え人形にされていたマナは少女に怯え疲れて眠っている。

 今はその内の一つ、簡素なドレスに身を包んでいて、本当に人形の様だ。

 クラウスの言葉を今疑える者は居ない。


「じゃあ、またこの子の服が必要になったら来ますね」


 そう告げて、店を出ることにした。


「お待ちしてますね」


 満面の笑みで答える少女に見送られながら、マナの次の服は何色が良いだろうかと考えてしまう辺り、あの少女に毒されている様ではあるけれど、また来ようと決心する。

 もちろん、マナには再び着せ替え人形になって貰うけれど、少し位はそれも良いだろう。

 ささみ亭の女将の紹介なだけあって、良い服屋だったと言えると満足して、少し街を散策しながら考える。

 

 このサウザンソーサリスに入って分かったことの一つは、意外なことにマナに殺意を抱く者が居ないということだ。そうであれば良いと思っては居たけれど、実際に魔物を相手にした時の様に緊張感を覚える様子の無い勇者達を見るとどうにも拍子抜けしてしまう。

 もちろん、人間界に溶け込むのが得意な一部の魔物は殺意をほぼ抱かない様に出来ている。

 マナがそれでないと言う可能性は、今でも捨てきれないのは当然だ。

 それでも、少なくとも即時的な効果のある魔物性を有していないということはクラウスにとっては喜ばしいことだった。


 それなら本当に勇者なのかと考える。

 しかし、それも今のところは違う可能性が高い。

 魔素、陰のマナは実体を持って魔物となるが、陽のマナが魔法以外で実体を持ったという文献は存在しない。陽のマナはあくまでイメージに応え実体化するに過ぎず、それが自ら実体を持つことはないとされている為だとされている。

 もしもこの小さな少女が、陽のマナが直接実体化生き物であるのならば、陽のマナも世界の意思の様な意思を持っていることになってしまう。

 そうなると、魔物が魔法を使える理由はなんだ、ということになる。


 現在の研究では、人間を勇者と化して魔物と殺し合わせるのが陽のマナの本能だとしても、それは無意識的なもので、魔物にすら求められれば応えてしまうのが陽のマナとされている。

 つまり、本能的なものは持ち合わせているが意思はない。


 となると、こうまで人に近い少女が陽のマナの塊だという可能性はやはり低い。

 当然ながら、妖狐たまきの様に例外はあるだろうけれど。


(うーん。でも、マナの不定形、成長の度合いが見えないというものは、魔物よりもむしろ勇者の力に近い)


 魔物は、生まれてから全く変化しないものと、生きているだけで自然と成長するものがいる。

 前者が圧倒的多数で、後者はドラゴンや妖狐、ヴァンパイア等知性の高いものが目立つ。

 しかし後者も、急激に成長することは有り得ない。連中は生きているだけで陰のマナをゆっくりと取り込んで成長する為だ。

 陰のマナにすら命令の様に語りかけて纏うことが出来たサニィ以外に、陰のマナを制御出来る者は存在しない。そのサニィすら、完全には制御しきれずに凶暴性が増してしまったと言うのだ。

 この少女にその才能があるかと言われれば、些か疑問。

 何故なら、今も怯え疲れて眠ってしまっているのだから。


「全然分からない」

 結論はやはり出る様子もなく、思わず声が漏れたらしい。

 それが聞こえたらしいマナが起きてしまう。

「んぅ、んんぅしたの?」


 そろそろ眠り始めてから一時間半、昼寝には随分と良い時間が経過していた。

 軽く握った小さな拳で目をこすりながら、呂律の回らない言葉をかけてくる。


「おはよう、次はどっちに行こうかと思ってね」


 ちょうど、手紙を出してから三日。

 返事が届くこともなく、次の町を目指して出発する日だった。

 目指すはアルカナウィンド。

 しかし、体裁上はマナの親探しも兼ねている。

 最初に会った時以来一度として言わないママという言葉と、状況から考えて、見つかる可能性は間違いなくゼロだけれど。

 小奇麗な少女がジャングルの奥地に一人でいた、というだけで有り得ないこと。

 それに、アルカナウィンドには別に早く行かなければならないというわけではない。

 だからクラウスは、あえてこう問うことにした。


「マナの行きたい方角を指さしてみな」


 マナが指した方向は、紛れもなく王都の方角だった。

Q:採寸娘の強さは?

A:ウアカリの平均より少し下。

 その手先の速度はオリヴィアの踏み込みにも匹敵するのではともっぱらの噂。

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