第十二話:ママという一言で出会って
足場も悪く木の密度が高いジャングルでは、常に危険が付きまとう。
魔物は今のところジャガーノートを除けば弱いものしか居ないにしろ、魔物だけではなく猛獣も健在で、むしろ猛獣の方が低級の魔物よりも手ごわいという現象がこのジャングルでは起こりうる。
生きるためとは関係の無い本能で動く魔物が狙うのは勇者が優先だし、子どもを優先的に狙ったり人質に取ろうとするものは少ないのに対して、猛獣は生きるために獲物を狙うからだ。
彼らは密林に潜むことに特化していたり、弱い子どもを優先的に狙う習性がある。食料として捕らえるのだから強い者を相手にして怪我をするよりは、仕留めやすい相手を狙うのが当然だ。
と言うわけで、今もクラウスはマナを左腕に抱え、右手の剣で道を切り開きながら歩いている。
どういうわけか、クラウスは獣に怯えられる。母の影響か『魔法書』もよく読み込んでいたクラウスはそれなりに動物が好きで、犬を飼っている人を見るとテンションが上がってしまうのに、近づくと尻尾を股の間に隠して主人の後ろに隠れられてしまうという体験を、今まで幾度となく経験してきている。
それはジャングルに入っても同様で、凡ゆる生き物はクラウスを遠目で眺めながら、たとえ猛獣であってもしばらくすると逃げるように去っていく。
つまり、抱えていることそのものが猛獣からマナを守ることに繋がる状態だ。
そんな中で、クラウスは野草を採取していく。
野草を採取するにも、注意は必要でそっくりな見た目で毒を持つものと持たない食用のものもあるらしいが、パッと見で見分けることが出来るものだけにターゲットを絞れば簡単だ。
本当に『魔法書』にはなんでも書いてあるなと呆れの様な感心の様な念を抱きつつ採取を進める。
そう、クラウスはどうしても持って行きなさいと、母が大切にしていた『魔法書の原本』の一冊を持ち歩いている。最初は「大切な形見なんでしょ?」と、持って行くなら複製本をと拒否したのだけれど、クラウスの方が大切だからと今一要領を得ない返事を返されて、無理矢理に近い形で押し付けられた逸品。
それが早速役に立っている現状がなんだか少し面白くて、次々に採取を続ける。
「マナ、食べられないものとかはあるかい?」
「んーん、ぴーまんも好き」
そんな言葉を受けて、「ここではピーマンは取れないなぁ」と和やかに会話を続けながら、食事の準備を始めた。
言った通りにマナには好き嫌いもなく、何を出しても美味しそうに食べる様子を見ていると、クラウスにも父性と言うのだろうか、守りたいという気持ちが湧き上がってくる。
なんとなく、あれだけ過保護になってしまっている母の気持ちも、分からなくも無いような、不思議な気分だ。
「これが母さんが僕に抱いてた感情なのかなぁ」
思わずそう呟くと、マナは小首を傾げながら言う。
「まなのまま、いないの」
そんな、確信めいた一言を。
「ママが居ない?」
「うん、きづいたら、森の中にいたの。まま、いたとおもうんだけど、きづいたらいないの」
どういうことだろうと考える。
凡ゆる魔物のデータを参考にして、頭を回転させる。魔物は黒い霧と共に突然生まれる陰のマナ(現在は魔素と呼ばれている)が物質化したもの。
彼らが親を認知したというデータは今まで一つもない。むしろ、親の様な存在であるはずの陰のマナの意思であると思われる『世界の意思』とやらを、煩わしく思っている節さえある場合が大半だった。
英雄ルークがかつて話していた唯一例外の魔物、人間の住む世界で人間として暮らし、友人すらも存在していたと言う『妖狐たまき』もまた、世界の意思に対しては良い感情を持っていない様だったと聞く。つまり、現状人に懐いているマナがそれを『まま』と呼ぶのは、やはり些か不可解だ。
となると、記憶喪失。
親によほど酷い捨てられ方をされたせいで、記憶を閉じ込めているパターンか、もしくは魔法や勇者の力の影響。健康そうな体を見てもマナが虐待を受けて記憶を無くしたパターンは考えづらい。
英雄エリーの様な力を持った勇者になら、それは容易いことだろう。
いやむしろ、英雄エリーならば心の声を読み取ってジャガーノートの居ない隙に子どもを置いて素早く離脱することすら簡単だ。どれだけ警戒していても、心に介入できる勇者が相手では警戒すら意味を成さない。
しかし、英雄エリーがそんなことをする理由がない……。
ただ、それならばどちらにせよマナが捨て子であることは確実となった訳だ。
「……くらうす」
気づけば、マナが心配そうな顔をしてクラウスの袖を引っ張っている。
相手が魔物だったら確実に仕留められている程の油断だ、素振り20万回。と考えるのは一先ず置いておいて、マナに向き直る。
すると、
「くらうすにはまながいるから、さみしくないよ」
と言いながら腕にしがみつく。
どうやら、何処かで勘違いが進んでいたらしい。
マナのことを考えているつもりが、マナにとってはクラウス自身が母親に会えなくて寂しがっている様に見えた様で、自分がいるから寂しくないよと、励まそうとしているらしかった。
「そっか、そうだね。僕はマナが居るから寂しくないよ。ありがとう」
そう頭を撫でてやると、マナも嬉しそうに頭を掌に押し付けようとしてくる。
「まなも、くらうすがいるからさみしくないの」
そんなことを言われれば、流石のクラウスもまだ5歳にも満たない程の小さな少女を守ることを決意せざるを得なかった。
もしもここまでが世界の意思の作戦通りなのだとしたら本当に恐ろしいな、なんてことを呑気に考えながら、マナを引き寄せて抱きしめる。
最初は殺すかどうか悩んでいたはずだったのに、たった半日でここまで打ち解けてしまうことなど予想だにしなかった二人が、やはり必然の出会いをしていたことに気づくのはまだまだ先のことになる。
クラウスがサラにマザコンでロリコンの変態呼ばわりされるのも、まだまだ先の話。
次回、あの人が出ます。