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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第三部第一章:英雄の子と灰色の少女
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第二話:漣の食堂にて

「やっほークラウス、お父さんに似てきたねー」


 クラウスが食堂に入るなり、エリーはそんなことを言いながら頭をぐしゃぐしゃと撫で付ける。

 叔母であるエリーは身長165cm程で、金髪にワインレッドの瞳が母であるアリスや姉のオリーブと似ていて、不思議な感覚に陥る人物だ。

 小柄で最も若く見えるアリスが最も年上で、真ん中であるオリーブが最も長身、流石に元王族と言うだけあって気品に満ち、一番下のエリーは常に左の腰に二本の剣を佩き、母アリスを成長させた様な、そんな不思議な金髪赤眼の三姉妹。

 どこか自分の中にくすぶる違和感を感じつつも、クラウスはその三人の関係を、そう納得していた。


「もう叔母さん、僕ももう18なんだから頭を撫でるのはやめてよ」


 そんなことを言えば、「私に勝てる様になるまでは子どもだから」と意味の分からないことを言いながらぐしゃぐしゃにされるのがいつものパターンだった。


 エリー叔母さんは強い。突然『漣』にやって来ては「稽古をつけたげる」と有無を言わさず東の広場にクラウスを引っ張っていくと、母とはまるで違うのに何処か似ている感じのする剣術でなぎ倒される。

 それも毎回、クラウスはエリーの一言によって町の門番から借りた真剣なのに対し、エリーはその辺で拾ってきた木の棒を得物にして。

 母にはようやく勝てる様になった今でも、エリーにはまるで勝てる気がしない。しかしそう思っていると、いつもエリーは最後に「私もまだまだ師匠にはまるで及ばないんだよなぁ」としんみりと漏らす。

 一度、師匠とは誰のことなのかと聞いたことがある。

 その師匠と言う人物が、何故かクラウスは心当たりがあるような、ないような、何やら途轍もなくもやもやとする感覚を、エリーが師匠と口にする度に抱いてしまっていたから。

 そんな時、エリーは必ず唇に人差し指を当て、いたずらっ子の様な表情で「内緒」とごまかす。

 それに対して、クラウスも負けじと「それは叔母さんが良い女だから?」と問えば、「私の場合は悪い女だから」と悪びれた様子も無く言ってのける。

 それが、クラウスとエリーが会う度に行われる恒例の行事だった。


 そんなクラウスは最も新しい英雄であるエリーに会ってみたいと、今でも思っている。

 母であるオリーブ、その以前の名前であるオリヴィアと姉妹の様な関係性だった女英雄エリーは、とても小柄な少女だったと言う。いつも強い意思を秘めてオリヴィアと切磋琢磨した女英雄エリーが目の前のエリーだと、クラウスは、何故か(・・・)気づくことが無かった。


 そんな風にエリーにぐしゃぐしゃにされているクラウスを見て、「妾も混ぜろ」と一緒になって髪の毛を撫で回してくるのがアリエル。

 クラウスにとっては完全に謎の存在であるアリエルは、必ずエリーとセットでやって来ては「ただいまー」と、まるで生家の様にこの『漣』へとやってくる。恐らくはアリスと同じ様に身寄りがない所を女将に拾われて成長したのでは思うのだが、それにしても尊大な態度を取っていても誰も注意しないどころか、それに対して皆が優しげな顔を向けるのがまた不思議な存在だ。


「お、今日もやってるねエリーさんにアリエルさん。どれどれ」


 二人にもみくちゃにされていると、今度はそんな不穏なことを言いながら手をわきわきとさせつつ近づいてくる者が居る。


「サラ、止めろ、助けてくれ!」


 英雄ルークとエレナの子どもで幼馴染のサラに、クラウスはそう懇願する。

 流石に世界一二の魔法使いの娘だけあって、この幼馴染は昔から途轍もなく強く、クラウスをからかってきた。真剣勝負で勝てる様になって来たのは、ついここ1年のこと。15年程は、ずっと負け続けてきた因縁の相手でもあった。

 そんな相手に懇願が通じる訳もなく、バインドをかけられた上にエリーの馬鹿力で押さえつけられ、三人が飽きるまでクラウスは延々と耐えるしか無かったのだった。

 

 と言うのも、いつもそれを母もルークもエレナも微笑ましそうに眺めていて、決して救い出そうとしなかったからだ。

 助けを求めると、三人は揃って「クラウスなら大丈夫」と根拠の分からない信用を見せ、笑顔になるだけ。いつしかクラウスは、これも悩みを飛ばすための儀式の一つなのだと思う様になっていた。


「ふう、楽しんだー。やっぱあれだね、クラウスの性格はどっちかって言うとお母さん似だよね」


 エリーは一通り楽しみクラウスを開放すると、かいてもいない汗を拭う様に腕で額をこすりながら言う。

 それに答えたのは、母オリーブだった。


「ええ、そうね。お父さんならエリーさんごと吹き飛ばしてたはずだもの」


 懐かしいものを見るように視線を上にあげながら、オリーブは言う。

 母親似と言うには随分と好き放題やられている気もするが、確かに女性だろうが関係なく吹き飛ばす様な父だったのなら母親似なのだろう。しかし、少しだけその会話に違和感を感じる。

 いつもはオリ姉と呼ぶエリーが、お母さん似と言うことの珍しさが、妙な違和感を醸し出しているのだ。


「あれ? エリー叔母さんっていつも母さんのことオリ姉って言ってなかったっけ?」

「ん? あぁ、そうだね。クラウスはオリ姉に似て丁寧な剣筋と立ち回りだ。精進すると良いよ」


 どうにも聞いたことと違う答えが返って来た気もするが、エリーがこういう風にごまかそうとするのはいつものこと。いつも掴みどころがなく、それでいていつも悩んでいる時にやって来ては狙いすましたかの様に悩みをどうでも良いことだと思わせてくれる立ち回りをしてくれるのが、なんだかんだでエリーの尊敬出来る所。

 そんなエリーがごまかそうとするなら深くは追求しまい、それもまた、クラウスとエリーの関係が続く中で思い始めていたことだった。


「なんかはぐらかされた気もするけど、まあ良いや。ちょっと気になってることがあるから」

「ああ、ルーク君とエレナ姉ーちょっとこっち来てー」


 そう、エリーはいつもの様に狙いすまして二人を呼ぶ。

 

「どうしたんだいエリーちゃん?」

「クラウスが気になってることがあるんだって」

「へえ、私たちになんて珍しいね」


 呼ばれるがままに来た二人に向けて、クラウスは気になっていることを聞いてみることにした。


「お二人は聖女サニィの教え子なんですよね?」

「そうだよ」「ええ」

「これは単純な興味なんですけど、今マナと魔素って呼ばれてる二つ、どうしてお二人は陰陽のマナから名前が変わるのを止めなかったんですか?」


 そう尋ねると、食堂中の視線はそこに集中した。

 オリーブ、エリー、アリエル、アリス、当時を知る人達はそのことを懐かしむ様に困った顔をしながら、サラは興味しんしんと言った様子で両親に視線を送る。

 

「まあ、確かに止めようと思えば止めることも出来たんだけど」


 ルークは最初にそう前置きをしてから、話し始めた。

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