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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第十章:鬼の娘
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第百四十三話:一対一の戦い

「サニィ、俺はオリヴィアとエリーを殺して、世界を滅ぼさなければならない」


 グレーズ王達との戦いが決着して数日後、レインはたまきにそんなことを告げていた。

 魔王は、世界の意思の通りに動く操り人形。

 たまきはそれを深く知っている。

 元の意思は残っているともいないとも言えず、時折魔王になる前の言葉を口にすることがある。それはまるで、夢を見ている人が寝言を言うかの様に。


「ええ、分かっています、レイン様」


 相変わらず全力でチャームをかけ続けたままに、たまきは答える。

 魔王になったレインと共に過ごしている内に、たまきは気付いたことがあった。

 チャームが効いている間は、レインは生前のことをよく話すのだ。


「エリーは本当に才能がある。オリヴィアはどこまでも努力家だ。殺さなければならないことが、どうにも勿体ない」

「ナディアとライラは、なんだかんだで仲が良い。殺すのは俺の手でやる。手を出すなよ」

「サンダルの女好きはきっと、殺しても治らないだろうな」

「ルークとエレナはお前が相手をするのが良いだろう」


 そう、嬉しそうに話すレインを、たまきはずっと見ていた。

 魔王となって尚、この人はかつて仲間だった者達を大切にしている。それが何故か、たまきにはとても眩しく見えた。

 ただ魔物であった以前なら、嫉妬で容赦なく英雄候補達を殺していたのだと思う。

 しかし、人々と触れ合って生きた数年間の間に随分変わったものだと、自らの変化を噛み締めていた時に、ふとレインが言った「エリーとオリヴィアを殺して、世界を滅ぼさなければならない」という言葉。


『勇者側に回り、俺を殺せ』


 それはきっと、そんな意味だったのだろうと、すぐに理解した。

 しかしたまきに、そんな選択は出来はしなかった。

 魔物はどこまで行っても魔物だ。

 一度魔王側に付いてしまった以上、もう人には戻れない。周囲では常に斥候達が睨みを利かし、下手な動きをしない様にと見張っている。もちろんそんな包囲は簡単に突破することも、チャームしてしまうことも出来る。今まで生き延びてきた手管を使えば、信用を勝ち取ることすら可能だろう。


 それでもたまきは、それをやらなかった。


 レインを魔王にしてしまったのは、安易な考えで生き返らせた自分の責任だ。

 ならば最後まで寄り添うことが、共に討伐されることこそが、自分のすべきことなのではないか。

 たまきは、そう考えた。


 何より、チャームをやめればその瞬間から魔王は世界を滅ぼさんと活動を開始してしまうだろう。

 そうなれば、共に過ごした人々も、少なからず親しくなったまりやアリスを殺す場面にも立ち会わなければならない。

 それが、何故か嫌だった。

 魔物であるたまきに、その感情がなんなのかは理解出来ない。

 だから、たまきは覚悟を決めていた。


「私は、最後の最後までお供させていただきます」


 きっとレインは、彼らを殺したくはない。流石にそれくらいは分かる。

 だからせめて……、二人の時間が少しでも続くようにと抵抗はするけれど。


 ――。

 

 彼女、妖狐たまきは皆を傷付けるつもりがまるでない様に見える。

 冷静になった頭で観察した結果、サンダルが抱いた感想はそれだった。


 強大な攻撃にも穴があり、防御は凄まじく堅いものの、太刀打ち出来ないレベルにはしていない。不死のマルスだけは時折致命傷を与えているものの、実力からしてその数は極端に少ない。

 そして何より、自分達がやられた棘の魔法は、あの時一度きり。


 魔法使いはパニックになれば魔法を使えない。それが、大前提だ。

 それは例えドラゴンだろうが聖女だろうが関係無く、魔法使いのルールと言っても良い程のこと。

 ならばあの棘の魔法は暴走ではなく、手加減を間違えたと考えることが出来るのではないか。

 直前の吐血の隙を突いて襲いかかったことで、手加減することを考えられなかった一撃なのではないか。


 サンダルの頭の中で、そんな結論に至る。

 現に、魔法使い二人対たまき一人の状態になっても、戦況が不利になってはいない様だ。

 今までと何も変わらず、魔法使い達は善戦している。


 一方、魔王側は今正に、イリスが強烈な蹴りを食らって吹き飛んでいる。

 盾は凹み、腕がおかしな方向に曲がっている。治療にも多少の時間がかかるだろう。

 あちらに、魔法使いの二人が割り当てられて居なくて正解だと、それを見て思う。

 あのレインを相手に平静を貫ける魔法使いが居たら、それはもう魔王と同格だ。流石は聖女様が唯一恐れた勇者の成れの果て。

 そんな感想を抱きながら、現状を整理する。


 残るは、エリー一人。


 臓器の修復は粗方終わったものの、まだ身体が痺れて言うことを聞かない。


「クソッ! 動けよ!」


 こんな時に回復するのが聖女様だったのなら、もうとっくに戦線に復帰出来ていたのだろう。

 そう歯噛みするも、身体は動かない。

 見る間にエリーの宝剣は、遂に残すところ二つとなっている。


 その二つと、その奥の一人を見て、サンダルはつい、レインに何度目か分からない嫉妬をしてしまう。

 ともかく、決着は後、ほんの数秒のことなのだろう。


 ――。


 ここまで来て、ようやく一対一になれた。

 元気過ぎる師匠には殆ど意味が無かったけれど、今なら少しは効いている。

 腕が一本無くなった師匠と、満身創痍に近い私ではあるけれど、ようやくこれで、一対一。


 精神介入すら殆ど効かなかった師匠だったけれど、今は完全に私一人に集中し始めている。

 転がっていったイリス姉に見向きもしていないことから、それが効いていることが分かる。


 今は、師匠対弟子の一騎打ちだ。

 残った宝剣は、師匠の名前を貰った【長剣レイン】と、師匠の愛剣【不壊の月光】

 偶然とは言えこの二本が残ったことが、何処か嬉しかった。

 他の、師匠がプレゼントしてくれたおもちゃ達はみんな壊れてしまったけれど、それにもきっと、理由がある。


 あえて子どもとして挑んだ私は、この二本で師匠を超えることでようやく大人になるのだ。

 きっと、これは師匠からのそんなメッセージ。

 だから、私は私に出来る全力を尽くす。


 そう、これは一対一の戦いだ。


 ……。


 互いに肩で息をしている戦いも、終盤。

 いつの間にか、その光景を皆が見つめていた。

 たまきとルーク達も、いつの間にか手を止め、師弟の戦いを見守っている。


 それ程に、極限の戦い。


「あの子は本当に、レイン様の弟子なのね」


 そう呟くたまきに、ルークも思わず頷く。

 その光景は、絶対に介入などしてはいけない聖戦の様で、しかし泥に塗れた血生臭い戦いで、見ている者達を惹きつける。


 ガッと音がして、エリーが躓く。

 前のめりに倒れた体はそのまま倒れ、月光が宙を舞う。

 決着かと思われた瞬間だった。

 エリーが逆の踵で柄を蹴り、その剣で、レインを貫かんとした。


 意識は完全にエリーの方へと行っていた。

 相手がこの男でさえ無ければ、これで決着が付いていたかもしれない。


 レインはその剣を、月光を、左手一つで白刃どりする。既に踵からは離れてしまった剣はもう推進力を持たず、胸の寸前の所で停止する。

 転がったエリーと、それを見下ろすレイン。


 一対一の戦いは、ここで決着を迎えた。


 ――。


 負けちゃったけれど、後悔は無い。

 この戦いは私の負けだけれど、私達の勝ちだ。

 一対一では勝てなくても、師匠にはもう一人の愛弟子が居ることを忘れてるよ。忘れさせたのは、一対一だと思い込ませた私なんだけど。


「オリ姉!」


 エリーが叫ぶのとほぼ同時、全速力のオリヴィアがレインの間近に迫る。

 直前でハッと気付いたレインが月光を僅かにずらそうとするが、相手はその自慢の弟子だった。

 必中の蹴りがその速度域でもその柄を正確に捉え、月光をレインの胸へと突き入れる。


 どうあがいても回避不可能な必中の蹴りを出せたのは、レインがエリーに止めを刺そうと集中していたからに他ならない。

 しかし、最強の姫の相手もまた歴戦の、最強の勇者で、魔王だった。

 己の肉体を貫かれることを理解した魔王は月光を手放すと、一瞬遅れてオリヴィアの腹部を貫かんとする。

 そしてそれは、そのままオリヴィアに当たってしまって……遂に魔王は倒れた。

 その剣は確実に、魔王の心臓を貫いていた。心臓の奥深く、魔王の結晶を確実に砕く様に、オリヴィアは命を賭して月光に必中を付与して。


「相手を確実に仕留められると確信した瞬間はどんな生き物であっても一瞬の隙が生まれる」


 かつてレインが言っていたその言葉を、二人は共に体現した形となった。

第二部はまだしばらく続きます。

とは言え戦闘そのものはほぼ終わりです。

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