第三十八話:未だ認められぬ想いと……
4人は南西へ向かって歩いていた。
アリスの話では一番近い港町はちょうどそちらの方角にあるらしいとのことだ。もちろん盗賊のアジトまでの到達時間と速度から考えた大体の方角なので、もしかしたら真南かもしれない、とのこと。
とは言えレインもサニィもそれを気にしてはいない。もし違えばひとつ遠くの町まで行くことになるがそれでも良いのかアリス達に問えば、彼女達は住み心地の良い場所を見つけるのが目的だそうで、場所は気にしていないらしい。
サニィには4人で移動し始めるようになってから、少しばかり気になることが出来ていた。
「エリー、レインお兄ちゃんに肩車してもらえて良かったわねー」
「うん! おにーちゃん大好き!」
エリーがやたらとレインに懐いている。
子どもがレインに懐くことは微笑ましい。そのはずだ。
いつも暴れまわってサニィにとっては予想外のトラブルを巻き起こしているレインが、村でも余り心を開いていなかったというエリーに懐かれている。それはとても良いことの筈なのに、何故かもやもやとする。
アリスの方はそれを単に微笑ましく見ているが、レインも心なしかエリーに大好きと言われて嬉しそうな気がする。微妙にデレっとした顔をしている気がする……。
実際のところレインはただ子どもが懐いてくるのを微笑ましく構っているだけなのだが、サニィはそれに自分でも気づかぬ対抗心を燃やしていた。
サニィは一人っ子、いつも両親からたっぷりの愛情を注がれていたし、恋に落ちたことなどなかった。
これが人生で初めての嫉妬であることを、彼女はまだ気づいていない。
彼女は5歳にしかならない女児に、自分の相手を奪われないかと心の奥でヒヤヒヤとしていた。
すると、そんなサニィをエリーが見つめる。サニィはそれに微笑みで返すが何を思ったのだろうか、こんなことを言う。
「おにーちゃん。おねーちゃんも肩車してあげて!」
「えっ?」
「なんだ、お前は肩車が羨ましいのか?」
「ふふふ、サニィさん可愛い」
突然の急展開にサニィが戸惑っていると、エリーはレインから飛び降り、サニィの手を取ってを引っ張り出す。
飛び降りた時点からよく意味が分からないが、その腕を引っ張る力がやたらと強い。
サニィはうわっとよろめきながらレインの方に引っ張られると、彼は「よし来い」と背を向けた。
いや、よし来いじゃない。肩車が羨ましいわけじゃない。と言うかエリーの力が強すぎる。
そんないくつものツッコミを同時に脳内でするが、サニィを除いた三人は何故かノリノリだ。
アリスとエリーがぐいぐいと押してくる。アリスはその体並みの力しかないが、やはりエリーの力は強すぎる。既に自分と同じ位はあるのではないか。
いや、それよりも。
「肩車はしませんって! は、恥ずかしいですから!」
必死にそれを拒否すると、エリーは押すのを止め、きょとんとする。
次に彼女から出た言葉は予想もしない言葉だった。
「でもおねーちゃんおにーちゃんとくっつきたいって思ってた」
「え? ……え? お、思ってないし! おも思ってないしぃ!!」
「なるほど。やはりエリーは勇者か」
動揺しまくるサニィに対していつも通りのペースのレイン。アリスもそれに「そうなんですよー」と呑気に答えている。
確かに勇者ならあの怪力も納得だが、そんな場合ではない。
くっつきたいなどと思ってはいない。レインなんか、別になんとも思っていないし。
そんな混乱を見せるサニィに、子どものエリーは追い討ちをかける。
「おねーちゃんはおにーちゃんが大好きなんだねー。あたしも好き!」
「感情が読めるのか。なかなかに優秀な力みたいだな」
「あら、ですってエリー」
「えへへー。あたしもおにーちゃんみたいに強くなれる?」
「ああ、俺の能力に少し似ている。しっかりと鍛えることだ」
そんな会話で戯れる三人をよそに、サニィは混乱の坩堝に陥っていた。
自分が思ってもみないことを幼女に言われ、凄まじく動揺している。意味が分からない。
く、くっつきたいとも思っていなければ、べべべつに大好きでもない。
でも、何故か心臓は飛び跳ね、頭が回らなくなる。
そんなことを思ったつもりなんか全くないのに、思ってもないことを言われているだけなのに。
しかも相手は幼女だ。
なんでこんなに動揺しているのか全く分からない。
た、確かに捕らえられていた所を助けてもらったし? 見た目だけなら好みだけど?
でも、いつもめちゃくちゃなことをして困らせてくるしフグを獲ってくるし。
タマリンとゴリラを間違えるし、ドラゴンに覚えてろとか言われてるし。
抱えてたのを忘れて全力で投げられるし……。
でも、私を強くしてくれてるし、人助けは積極的だし。
はっ、こんなことを考えていたらまたエリーに適当なことを言われてしまう。
サニィはそんな風に焦っていると、気になる会話が聞こえてきた。
「おねーちゃんはおにーちゃんのお嫁さんなの?」
「ああ、そうだ。死ぬまで一緒にいる約束をしている」
(そうだじゃない! 確かに同じ日に死んじゃうけど!)
「いつ約束したんですー?」
「1ヶ月程前になるかな。オーガに襲われている所に偶然にも出会ってな。助けたわけだ」
(そんな白馬の王子様っぽい話じゃなかった! 厳密には私助かってなかったし!)
声にもならずにツッコミを入れるが、三人は盛り上がっている。
アリスも「じゃあ私達も助けてもらったからお嫁さんにされちゃうのかしら」等と言っている。
それはダメ! と言いかけたところを堪えると、レインは「俺はサニィに一目惚れをしてな」と答える。
それを聞いて初めて、サニィは何故か落ち着きを取り戻した。
いや、レインさんが好きなわけじゃないけど。そんな言い訳を頭の中で考える。
そんな心の内は幼女を含めた三人共にバレているとも気づかず、サニィはほっと息を整えた。
――。
「じゃああたしも強くなりたいから歩く。おにーちゃん、教えて?」
「ああ、俺のことは師匠と呼ぶと良い」
「うん、ししょー!」
そうして思わぬところで、レインに弟子が出来た。
短い付き合いではあるが、レインに基礎を教われば、彼女も自分の町を守れるくらいの勇者にはなれるだろう。
適正を見てみるとエリーはサニィとは違い、完全な武闘派勇者の力を持っているらしい。
魔法を扱える者はマナを集める魔法で包み込んでやると反応を示すのだが、それはなかった。
しかし、その肉体の強度は5歳にしてサニィとほぼ同程度。
レインの5歳時より少し劣るものの、勇者としてもかなりの身体能力があった。女子の方が早熟なので最終的な能力は流石にレインには全く及ばないだろうと予想される。
それでも訓練を毎日続けることでデーモン程度なら簡単に倒せるようになる。
レインはそう見込んでいた。
しかしこれから彼女を襲う試練は、とても厳しい物になるのだった。
残り【1795→1794日】【1821】